第602話 自称皇女

 俺はシュリとカローラを引き連れて、他国の姫君が来たという城の城門へと駆け足で向かう。俺は横に走るシュリの姿をチラリと見る。


「シュリ」


「なんじゃ、あるじ様、わらわの服装がおかしいのか?」


 そう言ってシュリは駆け足で走りながら自分の姿を確認する。今のシュリの姿は普段の横乳が見える若緑のワンピースではなく、他国の姫君の出迎えと言う事もあるので、貴族令嬢が着るようなドレス姿だ。横乳こそ見えないものの白い布で大きな乳を包み込むようなデザインから見える胸の谷間は眩しく見える。しかも走っているのでプルンプルンとプリンの様に揺れているのだ。


 くっそ〜 総排泄腔しかないのに凶悪な乳をしやがって…


「なっ…何じゃ…そんなにわらわのドレス姿が似合っておらぬのか?」


 シュリは少し赤面しながら恥ずかしそうに尋ねてくる。


「いや、すごく似合っているぞ…良い感じだ、これからも公式の場所ではその姿でいる様に」


「わっわかったのじゃ」


 シュリは褒めてもらった事が嬉しいのか少し口角をあげる。まぁ…俺にとっては食えない餅を眺めるよりも、これから食えるかも知れない餅を確認しに行かねばならん。



「マグナブリル、待たせたな」



 城門に到着した俺は先に到着していたマグナブリルに声を掛ける。



「イチロー様、少し時間が掛かったようですな、何か不手際でもございましたか?」


「…いや…特に問題は無い… ちょっとアクシデントがあっただけだ…それももう解決済だ」


 

 マグナブリルにはそう答えたものの、実際に何があったのかと言うと、他国の姫君と対面するために着替えようと自室に向かい、クローゼットを開けた所、その中にシュリから逃げ回っていたカローラが隠れていたのである。そんな状況で見つかってしまえば、流石のカローラも逃げ出す事は出来ずに、みっちりとシュリに絞られたのだ。


 まぁ、おこる立場がシュリだったから短く済んだものの、立場が逆だったらもっと時間が掛かっただろうな…


 そんな事を考えながら出迎えに来ている人員を見る。


「あれ? 主要人物は俺とマグナブリルだけか?」


「はい、ご婦人方には万が一の事がある事を考えご遠慮願いました。私とイチロー様…それとシュリ殿とカローラ殿なら相手が不意を突く悪党であっても対処できるでしょう」


 なるほど、周りにはフル装備の蟻族が控えている。先日のハイエースクラスの敵でも出てこない限り対処は余裕だろ。また、そんな敵が潜んでいたとしても流石に気配を感じ取れるはずだが、そんな気配は感じない。


「では、クリス、この城に来られた他国の姫君の乗る馬車まで案内できるか?」


「はい、マグナブリル様、アレです」


 そう言ってクリスが城門の所でフィッツに制止させられている馬車を指差す。その馬車の姿に俺とマグナブリルは無言で顔を見合わせ、再び二人してクリスに向き直る。


「クリスよ、本当にあの馬車なのか?」


「一応幌は付けているけど、あの程度の馬車ならうちの農夫のおっさんが使っているレベルだぞ?」


「いや…そう申されましても…中におられるご婦人が自分は帝国の皇女だと仰っているので…」


 俺たち二人に言い詰められたクリスはタジタジになりながらもそう返す。この反応は…苦し紛れの嘘を言っている仕草ではなく、本当の事を言っているのに信じてもらえない時の反応だな…


 そのクリスの姿を見て、俺とマグナブリルは再び顔を見合わせて、十中八九、馬鹿な詐欺師が娘を輿入れしようとやってきたパターンだな…と目配せだけで語り合い、お互いうんと小さく頷いて問題の馬車に近づいていく。


 そして馬車の手前まで来たところで俺が一歩進み出て声をかけようとしたところ、マグナブリルがそれを制止して、自分が一歩前に進み出て胸を張って声を上げ始める。



「私はイアピース国アシヤ領の筆頭政務官を勤めるマグナブリル・アルトマイヤーと申します。門を警護する者より報告を受けたのですが、このアシヤ領領主伯爵位のアシヤ・イチロー様に輿入れされにきたとのお話を聞いておりますが、こちらの不手際か、どこの国よりも輿入れのご連絡も先ぶれも届いておりませぬ! 確認を致しますゆえ、御無礼とは存じますが、何卒お許しいただき、所属する国名と輿入れなさる姫君の御名をお教えいただけるでしょうか?」



 そう言ってマグナブリルは洗練された貴族の作法で頭を下げて一礼するが、その目つきは『てめぇ…偽物だったらただじゃ済ませねぇぞ』って感じに瞳に気迫を湛えていた。


 マグナブリルが俺の爵位を伯爵と述べていたが、ティーナとの挙式を上げる際に釣り合いを取るために爵位を伯爵まであげてもらったのだ。


 うーん、俺が伯爵か…貴族の立ち振る舞いも完璧ではないし、貴族のポーカーフェイスも出来ないけど伯爵までなってしまったか…


すると荷馬車の中の人物が反応する。



「あら? 国元から連絡が届かなかったのかしら… おかしいわね…アルフォンソからここに向かう用に言われたのだけど… アルフォンソが連絡を忘れたのかしら?」


 馬車の中に人影が動き、貴族らしい品のある女性の声が響く。その話し方では確かに王族貴族っぽいと俺は感じたのだが、マグナブリルがどう感じているのかチラリと視線を向けると、マグナブリルの目がくわっと見開かれている… えっ? もしかして本物なのか!?


 そして、荷馬車がガタガタと揺れて、荷台の後ろの方からやや質素な感じのドレスを着たブロンドの女性…いや少女か? とりあえず貴族か王族っぽい人物が姿を現わす。


「こちらからのご連絡が届いていなかったようで、突然の輿入れ、大変驚かれた事でしょう… ご迷惑おかけいたしましたわ」


 そう言って、そのブロンドの女性は確かに貴族・王族らしい立ち振る舞いで、スカートの裾をちょんと摘まんでカーテシーで一礼する。そして、立ち上がって物怖じしない瞳を俺たちに向けて話し出す。


「私はカイラウル帝国、皇帝カスパル・シーサレ・カイラウルが娘…第39皇女…シャーロット・プリンセッサ・カイラウルですわ… これからこちらでお世話になりますわ」


 そう言ってフフっと俺たちに微笑みかけてくる…


 おいおいおいおいぃぃぃ~! カイラウルって…あのカイラウルなのか? 魔獣の侵攻でボロボロになって、その後のアンデッドの大軍で踏んだり蹴ったりになって、その上でアンデッドの発生を一言も俺の所に連絡しなかったカイラウルなのか!?


 しかもカイラウルって王国だろ! いつから帝国になったんだよ! 俺の所、お隣さんだけど聞いた事無いぞっ!!


 しかも…第39皇女って… 一体何人子供作っているんだよ!!  この皇女が39人目って事は下にもまだいるかもしれないし、女性だけで39だろ? 男も入れたら100近く子供がいるんじゃないのか!? 先日、新婦100人を越える大結婚大会を行った俺でもビックリだよっ! その俺ですらまだ子供は…えっと…何人だったっけな? …あ…軽く20人はいるわ…あんまり人の事は言えねぇわ…


 俺が頭の中でぐるぐるとそんな事を考えていると、ふいに俺の目の前に手が差し出される。なんだと想い顔を上げると自称皇女のシャーロットが俺に手を差し出していたのだ。



「貴方が私の婿となるアシヤ・イチロー様でしょ? 私を城の中まで案内してくださるかしら?」



 …確かにこの立ち振る舞いだけは皇女そのものであった…






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