第600話 貴方にはまだ早い

「うぃ~ よっこいしょっと」


 昼食で腹を満たした後の俺は、談話室のソファーに腰を降ろす。昼食を些か食い過ぎたのは、食堂にやってきたイグアナのミュリが俺に這い上がってきて食べ物を強請るので、与えていたら俺の分が少なくなったので新たに食事を注文したら、すぐにミュリが満足したようで食わなくなったので俺は普段の1.5倍の量を食う事になったのだ。追加注文した途端に満足するなよ…


 そんな訳で腹が膨らみ過ぎて動くのがキツイ俺は、談話室でマグナブリルとティーナが纏めてくれた報告書に目を通す事にした。


「さて、どれどれ…」


 俺は報告書のページをぺろりと捲る。報告書にはヴァンパイアの襲撃によって止まっていた領外との交易について記されていた。結構な期間、交易が止まっていたので、うちの領地から他の領地へ取引先を換えてしまった商人もいるが、相変わらず人気の交易品もあるようだ。その一つがヴィクトル爺さんの作る乳製品。元々美味いと人気があったが、俺が現代日本から持ち帰ったチーズを参考にして新たに作ったチーズが人気の様だ。


 次にガラス。うちの領地ではヴァンパイアの襲撃があったが、それ以外の場所では対魔族戦の戦線から遠く離れており、生活が安定してきているので、貴族の住居や温室に使うだけではなく、一般家庭でも普及し始めている様だ。燃料費は掛かるが元は砂だと考えると濡れ手に粟状態だな。


 後は…対ヴァンパイア用に過剰生産した聖水であるが… これはそのまま対ヴァンパイア・対アンデッド用の聖水として売り出す様だな。特に広告をしなくてもヴァンパイアの襲撃を最小の被害で凌ぎきったという実績があるので、市場の反応はそこそこ良いようだな。特に一部では緊急時の手段ではなく、日常的に飲食として使うものまでいると言う話だから、これも元々がただの水だと考えると美味い話だ。


 とは言ってもその聖水を入れて保存する容器について考えないとダメだな。以前、城内でも余った聖水を飲食で使って見たが、それに気が付かなかったカローラが口に含んで大変な事になった。まぁ、すぐに吐き出して大事には至らなかったが、始めて激辛料理を食べた人のようにひぃーひぃー言ってたな。


 俺は報告のページを更に捲って次の内容を確認しようとすると、部屋の外からけたたましく走る音が聞こえてきて、荒々しく扉がバーンと開かれる。



「カローラ!! カローラはおるかっ!」



 そこには本を片手に激おこぷんぷん丸のシュリの姿があった。



「シュリか、どうしたんだ?」


「あるじ様よ! カローラを見かけなかったか?」


「いや、見てないけど…カローラがシュリに何かしたのか?」



 俺が尋ねるとシュリは説明するために口を開き始めるが、途中でぐっと口を閉じる。



「…いや…その…あるじ様には…関係のない話じゃ…」



 シュリはなんだが気まずそうに目を逸らす。そんなシュリの足元から、イグアナのミュリがのっそのっそとやってきて、俺の足を這い上がって膝の上に乗ってくる。



「ミュリか…さっき餌は与えたじゃないか… ん? ミュリ…さっきに比べて少し重くなってないか? しかも少し丸くなったような気が…」


「いや…あるじ様…それは気の所為じゃろ…」


 

 シュリがどういう訳か目を泳がせながら言ってくる。



「そうか? ついさっき食堂で膝の上に載せていたんだぞ? 気の所為じゃないと思うぞ」



 俺はミュリを抱えてその姿を確認する。やはり先程と比べて重いし、腹周りもぽっちゃりしている。



「きっ…きっと、あるじ様が食堂で餌を…与えた後に…何か拾い食いでもしたんじゃろ…」


「あー確かに拾い食いじゃないかも知れないけど、子供たちがミュリに餌をよくやっているからな、食堂の後で誰かに餌を貰ったかも知れんな…」



 最近、急速に成長して太り出したのも、子供たちがせっせと餌を与えている為だ。



「そうじゃ! そうじゃろ! きっとそうじゃ!」


 シュリは顔色を良くして肯定する。


「うん、まぁ…そういうことなんだろ… ところでカローラがシュリに何をやらかしたんだ? 俺がカローラを見つけたら注意しておいてやるぞ?」


「うっ…それは…」


 話をカローラの事に戻すと、再び顔色を悪くして焦り始める。



「あ~ それは私の所為じゃないかしら~」



 すると、シュリの後ろから今度はハルヒさんがワゴンを押す肉メイドを引き連れて姿を現わす。



「おっ! ハルヒさん珍しいなっ! 自室以外でハルヒさんに会うのは久しぶりだな! どうして談話室に?」



 ハルヒさんはずっと自室に引き籠って執筆活動を続けているので、城の中で見かける事は殆どない。こち亀の日暮巡査のような存在だ。



「イチローさんがお土産にくれた漫画を読み終えたから、約束通り談話室に持ってきたのよ」


 ハルヒさんが連れてきた肉メイドの押すワゴンの上には、俺が現代日本から持ち帰った漫画が積み込まれていた。



「あぁ、済まないなハルヒさん、お土産と言っておきながら城の公共物にするような事を言って」


「良いのよ、こういうものって一人で読んで楽しむだけじゃなくって、皆で読んで話をするのも楽しみの一つでしょ?」


「そう言ってもらえると助かるよ、それで… シュリがカローラに怒っている件がハルヒさんの所為ってどういう事なんだ?」


 俺がハルヒさんに尋ねると、ハルヒさんはフッと笑みを浮かべて俺の質問に答えず、傍で服の裾を握り締めて視線を落とすシュリの姿を見る。



「私の新刊が原因なんでしょ? シュリちゃん…」


「いや…わらわはハルヒ殿を責めている訳では…」


「ごめんね…シュリちゃん… 私がカローラちゃんから聞いた話を小説にした所為で怒っているのよね?」



 ハルヒさんを見上げるシュリを、ハルヒさんは身を屈めてそっと抱き締める。



「ん? ハルヒさんの新刊? 俺がホラリスから戻った時には『初恋、はじめました』の新刊は既にあったから、別の新刊が出ているのか? ちょっと、本棚の中に入っているか調べるか」


 そう言ってソファーの上で後ろに身体を捻らせて、後ろの新刊を入れる本棚を見てみると、その中にハルヒさんの『小さなシュリのものがたり』の新刊が収められていた。


「これか…そういえば、このシリーズ、まだ一度も読んでなかったんだよな… この際だから一度目を通して見てみるか…」


 そう言ってハルヒさんの『小さなシュリのものがたり』の新刊に手を伸ばそうとすると、その手をぐっと掴まれて制止させられる。誰だと思いその手の人物を見てみると、真顔のハルヒさんの姿があった。


「えっ? ハルヒさん!?」


「イチローさん… 貴方にはまだその本は早すぎるわ…」


「えぇ? そんな中坊がエロ本に手を出すのを止める様な言い方をされても… 俺はもう成人しているし、この本もエロ本じゃないんだろ?」


「そういう事じゃないのよ… どう例えればいいかしらね… そうね、化粧をする前で身なりを整える前の女性の姿を覗こうとする行為に近いわ… それは男性には許されざる行為なのよ…」


 確かに化粧中の女を見ちゃいけないのは分かるけど…なんでその例えなのか意味がわからん…


「でも、その例えじゃ一緒に住めばすっぴんの姿も普通に見る事になるだろ? なんでダメなんだよ」


「確かに夫婦になって一緒に住めばそういう事もあるけれど…まだお付き合いの段階ではダメなのは分かるでしょ? だから、イチローさんにはまだ早いって言っているのよ」


「分かる様な…分からないような…とりあえず、俺は読んじゃいけないって事だけは分かったよ…」


 そう言って本から手を引っ込めるとハルヒさんも俺の腕から手を離す。その後ろでシュリがほっと胸を撫で降ろす仕草をするが、すぐに更にその後ろから誰かが談話室に飛び込んでくる。


「イチローどの~!!!」


「なんだよクリス、お前も珍しいな、ちゃんと門番長の姿をしているじゃないか」


 姿を現したのは、ちゃんと門番の仕事の鎧を着ているクリスの姿であった。


「いや、私は門番長ではなく騎士団長だ! そこを忘れないでくれ! イチロー殿!」


「そういえば、そんな話もしていたな… それよりどうしたんだ? クリス、誰か騎士団長になりたい人物でも現れたのか?」


「いや、そうではない! 城門の所にイチロー殿に輿入れするための他国の姫君がやってきたのだ!」


「はぁ!?」



 俺はクリスの報告に目を丸くした。


 

連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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