第599話 恐ろしい女と恐ろしくない女

※近況に新しい扉絵を投稿しました。


 ティーナがこのカローラ城に来て俺の秘書をしながらマグナブリルの手伝いをするようになって数日が経った。自分から仕事をすると言い出した事はあって、中々の仕事ぶりだ。マグナブリルが俺に提案してくる案件を横で聞いて、その案件について、それはこれこれこういう意図を含んで行うものですねと注釈をつけてくれる。

 ティーナの事は冒険に夢見るお姫様だと思っていたが、いやいや仕事に関してはかなりのリアリストだ。『そんな事では民が可哀相ですぅ~』などと生温い事は一言も言わず、生かさず殺さず、それでいて領主として統治者として民たちに俺が慕われるような意見を言ってくる。


 あれ…もしかしてティーナは為政者として有能なんじゃないかと思い始める。


「あら? そろそろお茶の時間ですね、イチロー様」


「おっ、もうそんな時間か」


 ディートが作ってくれた置時計に目をやると10時のお茶の時間を指し示している。


「それでは私がお茶の準備をしてきますね♪」


「ティーナ様、そちらは私が致しますので…」


 お茶の準備してくると言うティーナにメイド姿のアルファーが進み出る。


「いえ、イチロー様に是非とも召し上がって頂きたいお菓子があるのよ」


「なるほど、分かりました。私もお手伝いします。ティーナ様」


「ありがとう、アルファー、では一緒に付いてきてもらえるかしら?」


 そう言って二人は仲良さげに執務室を退出し、部屋の中には俺とマグナブリルと…そしてカローラが取り残される。


「なぁ…マグナブリル」


「なんですかな? イチロー様」


 マグナブリルに呼び掛けると退出する二人に目を向けていたマグナブリルはくるりと俺に向き直る。


「ティーナって意外と有能だよな…」


「ほぅ、イチロー様もそうお思いですか」


「あぁ、なんだかんだ言って上手く秘書に収まったし、アソシエ達癖のある連中とも上手く取り入って仲間に入っているしな… その上で、政務の仕事も、夢見る少女の様な事は言い出さずに、的確で分かりやすい説明をしてくれる。それでいてより効果的な提案までしてくれるしな有能過ぎるだろ」


「私もティーナ様の能力に関しては、見誤っていたというか嬉しい誤算ですな、カミラル王子がまだ少年だったころ、カミラル王子にべったりだったティーナ様が政務の勉強中にやってきて、隣で話を聞いているだけかと思っておりましたが、ちゃんと自身の知識として身に付けられていたようですな… 正直な所、政務能力に関してはカミラル王子よりかは優れておられるかも…」


「えっ? そうなの? マグナブリルまでそんなにティーナの政務能力を買っているのか?」


 俺はカミラル王子よりティーナの方が優れているという言葉に少し驚く。


「はい、カミラル王子はああ見えて温厚な方ですので、民が苦しむような決断は出来ない御方です。しかし、ティーナ様は締める所は締めて、その上で支持を得られるような提案をなされますので、為政者としては有能でしょうな」


「…俺も自分一人でやっていたらカミラル王子のような決断しか出来ないな… ティーナが恐ろしいのか、それとも女が恐ろしいのか…」


「女性と一括りにするのはどうかとは思いますが… しかし、イチロー様がティーナ様に夜這いをかけた件で、カミラル王子とティーナ様の性格が逆であれば… 今頃、イチロー様はこの世にはおられないでしょうな…」


「恐ろしい事を言い出すなよ…」


 マグナブリルの言葉を頭の中で想像して、性格だけでなく姿まで入れ替えたものを想像してしまったり、ティーナを怒らせてその手腕を俺を痛めつける事に向けた姿を想像して、少し身震いする。


「あ…今から思えば…」


「どうした? マグナブリル」


 マグナブリルが何かに気が付いたような声を上げて、俺に顔を寄せ耳打ちをしてくる。


「先程の夜這いの件…あれはただ単にイチロー様に憧れて身体を許したのではなく、ティーナ様の思惑があったかもしれませんな…」


「え? ティーナの思惑? 一体なんだよ…」


「イチロー様も国王の事はご存じでしょう? あの国王の元にいれば、年頃になったティーナ様は政略の為に、どこの男の元へ嫁がされるのか分かりませぬ… そもそも籠の中の鳥状態でしたからな… そんな状態から抜け出す為、一か八かの賭けに出られたのかも知れませぬ… まぁ、その賭けは上手く当たり、イチロー様はこうして領主になり聖剣の勇者となられたのですから、ティーナ様の慧眼は恐るべきものですな…」


「………」


 美味しい獲物を盗み食いしたと思っていたら、俺の方が釣られたくまー!って感じだったのか…


 ある程度は分かっていたが、改めて女って恐ろしいな…と思いつつ、呆然に視線を正面に向ける。するとたまたま正面にいたカローラと目が合って、カローラがどういう訳かキョドりだす。


「なっ! なんですかっ! イチロー様! 私が優秀な秘書では無いって言いたいんですかっ!」


「いや、ただ単に視線の先にカローラがいただけだが…」



 カローラを見て思い出したけど、カローラの母親のセリカも夫を転生させる為に、夫を殺した俺に身体を許したんだよな… 



「わっ! 私だって! 仕事で緊張した空気を和らげる為に、休憩の時にこうして皆とカードゲームをして空気を和らげているんですよっ!」


「だから、別にカローラが無能って考えている訳じゃないし、まだ何も言ってないだろ? 何にそんなに脅えているんだよ…」


「ティーナが有能過ぎるせいで… このままでは第一秘書としての私の立場が…」



 カローラがわなわなと震えながら本音を漏らす。



「第一秘書って… そんな決めてなかっただろ? そもそも、今までも仕事に関しては特に何もしてこなかったのに今更秘書を辞めさせられるって事はねぇよ… それよか、なんでお前までクリスみたいな事を言い出しているんだよ…」


「えっ!? クリスと一緒!? 私、クリスの所まで堕ちちゃったんですか!?」


 カローラは青ざめた顔で大きく目を見開く。


「クリスを堕落度の底辺指標みたいな言い方をするのはやめて差し上げろ… アイツの耳に入ると後で面倒だぞ? ただ、俺はクリスと似たような事を言っていると述べただけだ…」


「くっ!」


 フィッツが来た時のクリスの門番やら門番長の話も面倒だったが、カローラも似たようなところがあるな…


 そこへ部屋の扉がノックされて、ティーナの声が響く。



「お茶の準備が整いましたよ」



 ティーナとティーワゴンを押したアルファーの姿が現れる。そしてティーナはすぐにカローラの様子がおかしい事に気が付く。



「あら?カローラ様、どうかなされましたか?」


「…いえ…なんでも…無いわ…」



 カローラは伏し目がちに答える。



「そうですか… それよりもお茶のお菓子にカローラ様のお好きなイチゴシュークリームをご用意したのですよ」


「え!? イチゴシュークリーム!! わぁいイチゴシュークリーム!カローラ、イチゴシュークリーム大好き!」


 先程の第一秘書の立場の事を忘れて、カローラはイチゴシュークリームの事で子供のように喜び始める。


「ウフフ、カローラ様がおられると場の空気が和らぎますね」


 そんなカローラを見てティーナは笑みを浮かべる。


 いや、確かに場の空気は和らいだ…それはカローラの言っている秘書の仕事通りだ…


 でも、先程、空気が凝り固まったのはカローラの所為だよな…それをカローラ自身が和らげるって、完全にマッチポンプじゃねえか…


 そんな事を考えている俺にティーナが笑みを浮かべて声を掛けてくる。


「もちろん、イチロー様も召し上がりますよね?」


「たべゆ~」


 そんな話、イチゴシュークリームの前ではどうでもよくなった俺であった。







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