第588話 冒険者の常識、イチローの非常識
使い慣れた馬車の中、俺はシュリとカローラに挟まれて膝の上にはポチを載せてソファーに座り、目の前の座席には未だに作戦内容に納得していないブラックホークが仏頂面で俺を睨みながら座っている。
もう一人の同行者であるヤマダはウロチョロと馬車の内部を物珍しそうに見て回っている。
いつもの馬車の旅なら、読書をして時間を潰したり、カローラ達ゲームをして楽しんだり、皆とたわいもない会話をしたりとか、そんな事をして移動中の時間潰しをしているが、ブラックホークが無言で睨みつけている状況では、そんな事をする気になれない。
そんな中、シュリが身を寄せてこそこそ話をしてくる。
「なぁ、あるじ様よ… この男、馬車に乗ってからずっとあるじ様の事を見ておるぞ… もしかして、あるじ様に気があるのではないか?」
「そんな事あるか! 俺はまだあの作戦に納得していないので怒っているだけだ!」
俺からの返事ではなく、当の本人から怒声を浴びせられたのでシュリはビクリと身体を震わせる。
「俺もそう思うよ、なんせお前は…」
「あぁ… 俺は妹のルミィー一筋だ! 男などに興味はない!」
ブラックホークは腕を組んでフン!と鼻息を鳴らす。
「だそうだ… わかったか? シュリ」
「あぁ…そうならばそれで良いのじゃが… それで話は変わるのじゃが…」
「なんだよ、まだ何かあるのかよ?」
俺は隣に座るシュリを見下ろす。
「馬車の旅は馬車の旅でいいのじゃが、急ぐのなら、わらわがドラゴン化して移動した方がよかったのではないのか?」
「その事か… ドラゴン状態のシュリで飛んでいたら目立ってすぐ見つけられるだろ? それじゃあ奇襲にはならんし最悪逃げられるだろ」
「ふっ! 何を今更! カローラに奴らと話す時間をやるというのに、奇襲もへったくれも無いだろっ!」
ブラックホークがマジおこの様子で横から突っ込みを入れてくる。
「だから、その事は説明しただろ~ 話す時間をやるといってもカローラは囮になって敵を足止めの役目をするって…」
「囮や足止めなどをせず、最初から次の作戦を実行すればよいのだ!!」
「だから、ちゃんと敵が全員いるのかと効果範囲にいるかの確認するためにカローラが囮になるんじゃないか… その役目を引き受ける代わりに少し話をする時間を与えるって話だろ?」
ブラックホークには何度も説明したが再び説明を繰り返す。
「私もちゃんと家族全員がいるかどうか確認し、効果範囲に足止めします!」
カローラも真剣な顔でそう述べる。
「ふんっ! どうだかな!」
そう言ってブラックホークは顔を逸らす。どうやらブラックホークは最後までカローラの家族の会話に時間を割く事を納得して無い様だ…めんどくせ…
そこへシュリが再び声を掛けてくる。
「まぁ、わらわのドラゴン状態で移動すると、見つかってしまってカローラが会話する暇なく、逃げられてしまう可能性がある事は分かったが、時間的には大丈夫なのか? 馬車でちまちまと何日も時間を掛けて移動していては、辿り着いた時にはねぐらを代えておる場合もあるじゃろ?」
「その辺りは大丈夫だ」
先程、むくれて顔を横に向けていたブラックホークがシュリに向き直る。
「今までもそうであったように、昨夜の戦いで手痛い負傷したヴァンパイアどもは、傷が完全に癒えるまでねぐらに引き籠るようだ。その証拠に…」
そう言ってブラックホークは懐から鶏卵大の魔道具を取り出して、コトリとテーブルの上に置く。
「ヴァンパイアの一人に取り付けた追跡魔道具の反応は昨日からずっとこの方角と距離だ」
魔道具を見てみるとガラスの中に方位磁石の様な物があり、距離はどう読むのか分からないが、方角はずっと一点を指し示している。
「ほぅ、これが奴らの居場所を指し示しておるのか… して、どのあたりの場所になるのじゃ?」
「正確な場所か、少し待ってろ」
シュリが魔道具を見てブラックホークに尋ねると、ブラックホークは今度は地図を取り出し、テーブルの上に広げる。
「現在地はこの辺りだ。そこでこの魔道具を地図の上に置く」
ブラックホークは東西南北の方角を方位磁石使って地図の方角を合わせて現在地に魔道具を置く。
「すると魔道具の距離測定から、この辺りの位置が奴らのねぐらになる」
ブラックホークは魔道具の指し示す方角に定規を当てて、距離測定から算出される位置にバツ印を示す。
「ほぅ、その場所なのか…して、そこまでの移動時間は?」
「今回使うのはこのルートだ。そしてこのコンパスに馬車の移動速度を合わせて…」
ブラックホークは文具の方のコンパスを調整すると、地図の上の現在地から移動ルートに沿って、台風の天気予報図のように円を描いていく。
「この様に夜通し移動すれば、明日の朝から遅くとも日中に奴らのねぐらに到着できる」
この様に道具を使って目の前で説明してくれる。
「ほぉ~ こうやって道具と地図を使えば到着時間が計算できるのか…たいしたものじゃのぅ~」
「いや~ 俺もこんなの初めて知ったわ、めっちゃ便利だな」
シュリと俺が感心していると、ブラックホークが眉を顰めて俺を見る。
「ちょっと待て、イチロー… そこのドラゴンの娘なら兎も角、冒険者のお前が何故、この方法を知らないのだ! 地図も読めず、到着時間も分からないのであれば、旅に必要な数の旅糧を準備できんだろ! 今までどうやって旅をしていたんだ!」
「いや…その…ロアンと一緒にいた時はロアンがやってくれていたし… ロアンと別れて以降はこの馬車を手に入れたし…そこらの獲物を捕まえて食べてたし…」
「つまり行き当たりばったりだったということか…それでよく今まで冒険が出来たものだな… 仮にも勇者認定を受けた冒険者だろ…」
そう言って溜息をつかれて、俺は気まずい気分になる。そんな時、厨房の方からウロチョロしていたヤマダの声が響く。
「まぁ~ この馬車を使っていたら、地図で到着時間計算をイチローが覚えないのもわかるなぁ~」
「どういう事だ?」
「だって、この馬車に冷蔵庫もあって、戸棚の中にはこんな物まであるんだぜ?」
ヤマダは厨房の戸棚を勝手に漁って中から猪の肉で作った生ハムの原木を取り出す。
「冒険者の馬車にそんな大きな生ハムの原木!?」
ブラックホークは肩眉を上げて驚きを露わにする。
「ビックリするだろ? 俺も前に見かけた時にこの馬車の中が気になっていたけど…ここまで凄いとは思わなかったよ、ここにトイレとか、ブラックホークが座っている上にはロフトの寝床まであるんだぜ? こんな馬車があれば行き当たりばったりでも旅に困らないだろ」
「イチロー… お前、城でも非常識な生活をしているが、冒険でも非常識な冒険をしていたんだな…」
ブラックホークはしみじみとした顔で俺を見る。
こんな時、俺はどういった顔でどう答えれば良いのだろうか… 引きつった顔で考えていた。
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