第587話 掃討作戦とカローラのお願い

 この談話室に明日の作戦についての会議に参加するものが集まり、それぞれソファーに腰を下ろす。


「イチロー様、本当にこれだけの参加人数でよろしいのですかな? ヴァンパイアどもの滅ぼすつもりなら、全軍を擁してもよろしいかと思いますが…」


 先に参加メンバーについて知らせていたマグナブリルがそんな懸念を尋ねてくる。


「いや、このメンバーで十分だよ。逆に大人数を動かして敵に察知されて逃亡される方が面倒だ。それよりも明日の作戦の前提条件である、ヴァンパイアのアジトは分かったのか?」


 今日の襲撃前にヴァンパイアのアジトを追跡する手段があると言っていたブラックホークに尋ねる。


「その点は大丈夫だ。なぁ、ヤマダ」


 ブラックホークは色の良い返事で答え、どういう訳かヤマダの方に向き直る。


「あぁ、俺はブラックホークに言われた通り、ヴァンパイアで、カローラ姉ちゃんのもう一人の弟であるデミオとかいう奴に追跡魔道具とやらをつけてやったぜ」


「ヤマダが追跡魔道具をヴァンパイアにつけてくれたのか、ってかお前はカローラの弟のデミオと戦っていたんだな」


 俺もヤマダに向き直る。


「あぁ、戦ってたぞ、戦う前に追跡魔道具を取り付けろって言われたから、倒さずにそのまま逃がしてやったけどな…」


 軽口で言っているのではなく、特別勇者のヤマダなら、本当に倒せたのであろう。なんせ、本気を出していなかったとはいえあのノブツナ爺さんと互角に戦ったんだからな。


「ヴァンパイアどものアジトはちゃんと把握できているが、明日の実際の掃討作戦についてはどうするのだ? 参加するメンバーが少ない様だが、そのメンバーで部屋の一つ一つを探索していくのか? それとも少ないメンバーを更に分けて同時進行でアジト内を探索するのか?」


 ブラックホークもメンバー構成の少なさに懸念があるのか厳しい表情で尋ねてくる。



「やはり、ブラックホークもメンバーが少ない事に懸念を抱いているのか?」


「あぁ、当然だ。余りにも少なすぎる。参加メンバーが俺とイチロー、そしてヤマダ…それにカローラとシュリ、そしてここにはいないがポチと調理要因にカズオだけだろ? 周辺警備に蟻族を10名程つけるようだが余りにも少なすぎる…」


 そしてブラックホークは悔しさを顔に浮かべて視線を落として話を続ける。


「昨日までの俺ならこのメンバー数でも納得していたであろう… だか…先程の戦闘で、奴の真の力を解放した姿を見て、俺は奴の力を見誤っていた事に気づかされた… 真の力を解放した奴らは決して侮れる様な存在ではない…」


 そう言って、俺の顔を真っ直ぐと見る。


「うーん… 俺としてはそこを含めた上での判断だ。考えても見ろ、生半可な仲間を連れて行ったら、例えあの臭水を使っていようとも必死になった敵は仲間を捕まえて、その血をすってポーション代りにされちまう。だから、敵に捕まらないような精鋭メンバーで望まないとダメなんだよ」


「確かにそうではあるが、余りにも少なすぎるメンバーでは敵を討ち取る事が不可能ではないか!」


 ブラックホークが前のめりになって声を荒げて俺を睨みつけてくる。すると、今まで話を他人事の様に聞いていたヤマダが口を開く。


「俺はイチローの意見に賛成だ」


「なに!? ヤマダ! お前もか!」


 ブラックホークはギョロリとヤマダに目を向ける。すると、今までソファーの上に足を上げ、背もたれに身体を預けていたヤマダは、ひょいと身体を前に移して足を降ろしブラックホークに答える。


「イチローの言う通り、弱い…この場合攻撃力とかの話でなく、近接戦闘での立ち回りの弱さの事だ。そんな弱い奴を連れて行ったらあっという間に掴まってポーション替わりにされてしまう。蟻族の連中にしてもイチローの嫁さんたちにしても、悪いがありゃ奴らに捕まる… あっでも、ネイシュって人なら近接戦の立ち回りが上手そうだけど…なんであの人は参加メンバーに入れてないんだ?」


 ヤマダは子供がするようなどうして?って顔を俺に向けて聞いてくる。


「あぁ、ネイシュか…ネイシュなら確かにアイツらには掴まらないだろうな… でも、ネイシュを連れていくと他の連中も自分を連れていけって五月蠅いから、残しておくしかねぇんだよ…」


 俺は困った顔をして鼻頭をポリポリと掻きながら答える。


「嫁さん一杯いるハーレムって羨ましいなって思っていたけど、実際に維持するのは大変なんだなぁ~」


 ヤマダの言葉にマグナブリルがクスリと笑う。するとブラックホークが再び口を開く。


「確かにヤマダの言葉もイチローの意図も理解したが、それでもメンバーが少なすぎるだろう! これでは勝てる戦いも勝てないぞ!」


「いや…ただ無策で少ないメンバーで突入するのではなくて…一応、考えはあるだけどな…」

 

 前々から考えていた作戦があるのだが、有効かどうか確証がないので弱めに伝える。


「ほぅ…どんな考えなのか詳しく聞かせてもらおうか」


 ブラックホークは前のめりの姿勢で俺を直視してくる。


「それはだな…」


「ちょっとよろしいですか? イチロー様」


 俺が口を開いたところに、今まで愉悦に浸って楽しんでいたカローラが割って入る。


「ん?どうしたカローラ、バスローブのままでいたから身体が冷えてきたのか?」


「ほれっ 言ったじゃろ…そのままの恰好では風邪を引くと」


「いえ、違います…別の事です」


 俺とシュリがカローラの恰好の事で突っ込むが、カローラはいつもの様に取り乱すことなく真剣な眼差しで見つめてくる。恐らく真剣で切実に俺に頼みたい事があるのだろう。


「…分かった、言ってみろ、カローラ」


 俺が穏やかな声で答えると、カローラはコクリと目で頷いて口を開き始める。


「イチロー様にこんな事を申し上げるのも何ですが… 出来れば最後に…説得…いや家族と話をする時間を頂けないでしょうか…」


 カローラは胸の内を押し絞る様な小さな声で話し出す。だが、カローラのその言葉を聞いた途端、ブラックホークが憤怒の形相でガバリと立ち上がる。



「お前っ!!! 自分が何を言っているのか分かっているのか!!!



 怒りに身体を震わせ声を荒げるブラックホークにカローラは答えるでもなく、ただ申し訳なさそうに目を伏せる。そんなカローラにブラックホークは怒声を続ける。



「今まで何人の犠牲者が出ていると思っているのだ!! もう100人を越えているんだぞ!! なのに今更説得!? 話し合い!! バカにするのも大概にしろっ!!お前のような奴にはもう一度俺の腹パンを喰らわせてやる!!!」



 そう言ってブラックホークはカローラに殴りかかろうとするが、即座にヤマダが割って入り、ブラックホークを抑え込み羽交い絞めにする。



「ブラックホーク!! おめえ! 俺の大事なカローラ姉ちゃんに何しようっていうんだ!!」


「HA NA SE!! ヤマダ!! そいつのヴァンパイアどもに加担する思いをゼロにしてやんと気がすまん!!」 


 ブラックホークはヤマダに羽交い絞めされてなお、カローラを殴ろうと暴れる。


「…ブラックホーク、落ち着け…元々、カローラには奴らに加担するつもりはもうゼロだ… そうだろ? カローラ…」


 俺がカローラに優しく尋ねると、カローラは小さくコクリと頷く。


「奴らに加担するつもりが無いというならば何なのだっ!!」


「…カローラ…出来れば家族を…自分と同じように俺の仲間に…引き込もうと思っているんだろ?」


 するとカローラは瞳を涙で潤ませながらコクリと頷く。


「なん…だと!? 仲間に引き込むだと!?」


 ブラックホークが驚きに大きく目を見開く。


 俺はポリポリと頭を掻いてから、はぁ…とため息をつき、そしてカローラを見つめる。



「カローラ…それはダメだ…」



 俺の言葉にカローラははっと顔を上げ、大きく開いた瞳で俺を見る。俺はそんなカローラに続けて理由を説明する。



「お前の時と家族では状況が違い過ぎる… お前が殺したのは嫌われ者の王族でその死を悼む者は近くにいない… だがお前の家族は多くの人を殺め、その死を悼む家族がこの城下町で今も暮らしている… とてもじゃないが、お前の家族を仲間として置いておけないんだよ…」

 


 俺の言葉にカローラは、その表情が伺えないように俯き、そしてぽたぽたと大粒の涙を流す。


 カローラが家族を思うように、犠牲者、その遺族も互いに家族の事を思っていた事を… だから、カローラの家族だけが罪から逃れることなど許されない。カローラも分かっているはずだ。だから、それ以上何も言わず、ただぽたぽたと膝の上に涙を零していた。


 そんなカローラを気の毒に思ったのか、シュリがカローラの肩を抱き慰めてやる。そして、これだけでいいのかと言わんばかりに、俺に眼差しを向ける。


「………」


「………」


 俺とシュリで互いに沈黙で見つめ合う時間が一分程流れる。そして、俺は大きく息を吸ってからはぁ…と大きく溜息を付く。


「…分かったよ…最後に話をする時間ぐらいはやるよ…」


 俺がそう零すとカローラははっと顔を上げ、表情と瞳を開き、同時に再びブラックホークとそして今度はマグナブリルまでもが驚いて立ち上がる。


「最後に話をする時間やるとはどういう事だっ!!!」


「そうですぞっ! イチロー様! そんな事をすれば奇襲の意味が! もしかすれば逃亡される恐れもありますぞ!!」


 二人は信じられないといった顔で声を上げる。


「それは…カローラ、最後に話をする時間をやるんだ。それぐらいのケジメはつけるよな」


「はい! イチロー様!! 私の名を掛けて逃がしたりはしませんっ!!」


 カローラは涙を拭って力強く答える。


「と言う事だ。では、カローラが先行することを含めて作戦を立てるぞ!」


 俺たちは夜深くまで作戦を話し合ったのであった。


 

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