第586話 愉悦の独立記念日ごっこ

 ヴァンパイアたちの襲撃から一時間後、城の大浴場には、臭水の臭いを洗い流す為に領民たちが芋の子を洗うようにごった返していた。この大浴場に身体を洗いに来ている者たちは全員、あの臭水を身に付いた者たちなので、あの臭水の臭いが充満していたが、この臭いを嗅ぎなれて鼻が麻痺している事と、俺が現代日本から持ち帰ったふぁぶりーずや消臭パワーを浴槽に注ぎ込んだことで、我慢できる状況になっていた。


 俺はそんな裸の領民がごった返す中を、領民たちに「こんばんは、こんばんは」と声を掛けながら進んでいき、浴槽の側に設置にされたフェンリル型の給口の上に昇り、皆を向き直る。


 ポロン♪


「こんばんは、こんばんは。皆、そのまま身体を洗ったり、湯に浸かりながら聞いて欲しい」


 皆の視線が俺に注目される。



「明日、俺たちは様々な仲間と共に、人類史上空前の規模のヴァンパイア追撃戦を行う事となる」



 俺の声が浴場内にエコーして響き渡り、領民たちは固唾を呑んで俺の演説を聞いている。



「人類と言葉は、今日以降、新しい意味を持つ。

 些細な種族の違い乗り越えて、我々は一つの目的の為に結ばれるのだ」



 時折、領民たちの中から小声でデカいだの長いだの聞こえてくるがそんな事は無視だ。



「明日が奇しくも7月4日であることも、何かの運命だ」



 領民たちは7月4日の今日が何か特別な日であったのかと首を傾げる。俺もノリで言っているだけなので、7月4日のアメリカの独立記念日などこの異世界には関係がなく意味が無い。



「我々は再び、この領地の為に戦う。

 戦火や魔族から逃れる為ではなく、生き延びるために…そして、

 人類がこの地に生きる権利を勝ち取る為にだ!」



 領民たちが昨年の魔獣の侵攻を思い出し、うんうんと頷く。



「明日の戦いに勝利すれば、7月4日はただの平凡な一日ではなく、

 領地全員の人類が確固たる決意を示した人して記憶される一日となるであろう!」



 臭水の臭いでうんざりしていた領民の目に希望の光が灯り始める。



「我々は戦わずして、滅びはしない!!

 我々は勝利し、存在し続ける!


 明日こそが、我々を讃える、人類の勝利記念日だ!!!」



 俺が演説を終えると同時に、領民たちが皆、拳を天に突き上げ、大浴場全体を揺るがすような大きな歓声が湧き上がる!



「「ジーク・アシヤ! ジーク・アシヤ!」」



 その歓声は暫くの間、大浴場に木霊したのであった。


………


……



「いや~ さっぱりした~」


 俺は風呂上がりの火照った身体で談話室の扉を潜る。するとマグナブリルが拍手と共に満面の笑みで俺を迎え入れる。


「いや~!! 素晴らしかったですぞ! イチロー様!! 城中にアイリス殿の嬌声を響かせるのではなく、あのような素晴らしい演説でしたら、毎日でも響かせてもらいたい所ですな!」


「おっ、おぅ… そうか… 努力するよ…」


 風呂上がりで身も心も気分さっぱりしていた所に、まだあのアイリスの事を言われるのか… まぁ、演説自体は喜んでもらえたようだが…


 そんな所にシュリが俺の所に駆け寄ってくる。


「あるじ様よ」


「どうした?シュリ」


「あるじ様からもカローラに一言言ってもらえぬか? さっきから風呂上がりで身体が冷えて風邪を引くぞと注意しても、ずっとソファーに座ったまま悦に浸っておるのじゃ」


 シュリはそう言って談話室の一つのソファーを指差す。俺もその指先に視線を向けると、カローラが白いバスローブ姿で片手に赤い液体の入ったブランデーグラスをゆらゆらと傾けハバナの子供の一人を侍らせながら悦に浸っている姿が見えた。



「カローラ、お前、何やってんだよ?」


「フフフ、イチロー様ですか? 私はあの小憎らしい妹たちに勝利したことで、強者の立ち振る舞いで愉悦に浸っていたんですよ…」


 そこに食堂側の扉が開き、ヤマダ・タロウが姿を現わす。


「カローラ姉ちゃん! 頼まれた物を持って来たよ!」


 ヤマダはそういうとカローラの元へ駆け寄り、片膝をついて茶色の細長いものを差し出す。


「あらタロウ、ありがと… 貴方は良い弟だわ…」


 カローラは気取った仕草でヤマダに礼を述べると、差し出された茶色の細長い物を中指と人差し指の二本で挟み口元へ運ぶ。


 

 パクリ、モグモグモグ…



 葉巻だと思ったらサラミ? しかも食うんかいっ!


「カローラ…お前… バスローブにブランデーグラス、それに猫を侍らせて、葉巻のかわりにサラミって… どこでそんな悪趣味な強者の姿を憶えたんだよ…」


 俺も先程まで浴場で映画独立記念日ごっこをしていたので、あまり人の事は言えないが、カローラのこれは余りにも悪趣味すぎる…


「ウフフ…イチロー様…そんな事…どうでもいいじゃないですか… それよりもこの芳醇な香り…シャルドネ…いえ、ピノ・ノワールかしら… そしてこの奥深い味わい…25年ものね…」


「いや、それはわらわの菜園で今朝取れたトマトで作った新鮮なトマトジュースじゃぞ、25年も寝かして居ったら腐って腹をこわすぞ」


 シュリがカローラの言葉に突っ込みをいれる。すると今度はカローラが膝の上に侍らせているハバナの子供が声を上げる。


「カローラにゃん、クロ、もう眠たいにゃん… ハバナママの所へ帰ってもいいかにゃん?」


「フフフ…気ままな子猫ちゃんね…いいわ、帰って眠りなさい…」


 カローラがそう答えると、クロはカローラの膝の上からぴょんと飛び降りて、二本足でパタパタと歩いて帰っていく。そして残されたカローラは葉巻代わりのサラミを齧って口をモグモグと動かす。


 カローラ自身は強者の仕草が決まっているように思っているんだけど、端から見ているとなんだかシュールで笑いが込み上げてくる。


 そんな俺が笑いを我慢していると側にいるシュリが俺の袖を引っ張って小声で話しかけてくる。


「なぁ…あるじ様よ、 カローラの事をこのままにしておいてよいのか? 風邪をひかぬか心配じゃが… 見ていて痛々しいぞ…」


「いや… 今まで散々自分の事を見下していた妹たちに、初めて勝てたんだ… 今日ぐらいカローラの好きにさせてやろう…」


 しかし、俺もちょっとだけしか見てないが、今日のカローラはかなり強かったな… 

 あれは恐らくFIGHTシリーズのギル様の真似をしていたんだと思うんだが、ちょっとした思い付きであそこまで強くなるとは思わなかった… あっ…だから、今愉悦に浸っているのか…


 そこへ再び談話室の扉が開き、今度はブラックホークが姿を現わす。



「イチロー、迎撃の後処理が終わったぞ」


「おぅ、ありがとなブラックホーク」


「いや、構わん、俺はヴァンパイアハンターと名乗りながら、真の力を目覚めさせた奴に抗う事が出来ず、遠征から返ってきたイチローに救われたのだからな…」


 ブラックホークは自重気味にそう述べる。


「そんな風に自分を責めるなよ、それよりも明日の作戦について話をしようか」


「あぁ、そうだな」


 こうして、俺たちは明日の作戦について話し合うのであった。

 

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