第585話 挟撃?

「ククク…神に等しき我らの力… 下等種共にその身を持って知らしめてやるわっ!!!」


 力を解放したハイエースが今まで無駄な抵抗をしてきた下等種共に、その神罰の制裁を下そうと手を振り上げた時、城に向かわせた娘たちの悲鳴が響き渡ってくる。


「キャァァァァァァァ!!!!!」

「ウギィィィィィィィ!!!!」


「貴方!」


「むっ! 何事!? これはレヴィンとトレノの悲鳴!?」


 ハイエースは振り落とす腕を止め、悲鳴の聞こえてきた城に視線を向ける。するとそこには、もう一人の娘であるカローラによって打ち負かされているレヴィンとトレノの二人の娘の姿があった。


「よくいつも私の事をバカにしてくれたわねっ! それと私とゲームする時に二人でイカさましてたでしょっ!!」


「ヒィィィッ! してない! してないわよっ!!」

「カード交換しただけで イカさまなんてしてないわっ!!」


 カローラの繰り出す無数に斬撃に打ちひしがれながら、二人は必至の言い訳をする。


「それをイカさまって言うのよ! カードを交換していたなんて、どうりで私が勝てないはずだわっ!」


「一緒に遊んであげたんだからいいでしょっ!」

「そっそれに… ゲームの勝ち負けぐらいっ 別にいいじゃないっ!!」


「良い訳ないじゃない! その後私が…どれ程の涙で枕を濡らしたと思っているのよ!!」


 些か見た目の激しさはあるが、会話の内容だけ見れば、壮絶な姉妹喧嘩にも見えなくはない。


「それとあんたたち! 私に内緒でママからあの香水を貰ったでしょっ! 私ですら貰ってないのに!!」


「だって! カローラは外に出ないから香水なんていらないじゃないっ!」

「ずっと部屋で引き籠ってたくせに!」


「家族みんなが外出した時に、私は自室で一人寂しく、自宅を警備していたのよ!」


 どういう訳かカローラの攻撃の激しさが増す。

 

「あと、あんたたちだけ、パパから生レバー食べなくていいって許可貰ったでしょ!! そのせいで、私があんたたちの分まで嫌いな生レバー食べさせられたのよ!!!」


「しっ 知らないわよっ! そんなのっ!」

「そうよっ! それなら直接パパに聞きなさいよっ!!」


 二人は涙目になって言い訳をする。



「いっ…一体…どういうことなのだ!? ヴァンパイアとして落ちこぼれだった、あのカローラがレヴィンとトレノを圧倒しているだと!? なっ何が起きているのだというのだっ!! あの時…カローラがあれほどの力を持っていたとすれば…私は…カローラを追放する事など… いや! そもそも私は何故、家族を…!?」


 ハイエースは目の前で繰り広げられている光景に動揺し、激しく困惑する。そして動けずにいた。そんな呆然とする夫のハイエースに妻のセリカは、身体を揺らして声を掛ける。


「貴方! 貴方! 何をなさっているのっ! 見ていないであの子たち止めないとっ!!」


 妻セリカの声に夫ハイエースはハッと我に返る。


「あ…あぁ…セリカ… そうだな…姉妹三人の喧嘩を止めてやらんとな…」


「…貴方…一体どうしたの?」


 我に返って反応するハイエースであったが、まだ上の空のような反応を返すので、気掛かりに感じて夫を見上げる。

 その妻の顔を見て、自分がまだ上の空であった事を自覚したハイエースは、目を覚ます時のように頭を左右に振り、今度こそ我に返る。


「いや…大丈夫だ…問題ない… それよりも二人を助けに行くぞっ!」


「えぇ! 貴方!」


 そして二人が娘たちの元へ向かおうとした時、二人の前に人影が立ちはだかる。



「行かせねぇよっ!!!」


「!!!!!」


 二人はこの場にいないはずの者の姿に驚愕し目を見開く。


「イチロー!!! 貴様!どうしてここに!? アンデッドどもの所へ行ったはずでは!?」


「あぁ、行って来たぞ、お陰様でビックリするぐらいの数のアンデッドを見てきたぞ」


 イチローは聖剣を肩で担ぎながら答える。


「まさか! あの数のアンデッドどもを全て滅ぼしたというのか!?」 


 ハイエースらのヴァンパイアたちは、今回の陽動の為、家族総出でカイラウル全土の死体を操ってアンデッドを作成した。それもほぼ一国の全人口に近い数だ。その処理には軍隊を使っても数日どころか一週間は掛かるはずなのに、目の前の聖剣を持つ下等種のイチローはアンデッドの侵攻から僅か半日で城に戻ってきているのだ。


 何故、奴は半日ほどで城に戻ってきているのだ!? もしかしてアンデッド達の処理を放棄したのか? そんな事をすればアンデッドどもに田畑を踏み荒らされて収穫が出来なくなる… 畑の収穫を失うという事は下等種共にとって死刑執行書にサインするぐらいの愚かな行為なはずだ。この下等種はそんな事も分からない愚か者だったのか!?


 様々な思いがハイエースの頭の中でぐるぐると回り始めるが、下等種が愚かにも自身の死刑執行書にサインをするような愚行よりも、今はカローラに虐げられている自分たちの娘の事が重要である。


 ハイエースは瞳だけをキョロキョロと動かして周りを確認する。すると目の前のイチローだけではなく、奴の女たちも自分たちを囲っている事に気が付く。



 どうする!? 奴らは一般の下等種より強敵とはいえ、やはり下等種であることには変わりない。自身の解放した力をもってすれば、一掃することなど息をするぐらい容易い事だ。しかし、目の前の聖剣を持ったイチローなる下等種だけは訳が違う…

 奴が手にする聖剣はこの私ですら滅ぼす事が可能な代物だ。迂闊な手出しは出来ない…だからといって、時間を掛けていては娘たちが討ち取られてしまう…


 ハイエースは側に身を寄せる妻のセリカにチラリと目配せを送る。するとセリカはそれを察してコクリと頷く。



「ハァァァァッ!!!!!!」


 ハイエースは気合の掛け声と同時に自身の身体全体から、漆黒の魔素をまるで煙幕の様に噴き出し始める!!


「ちょ!! お前! イカかタコかよっ!!!」


 一瞬のうちに、周囲を暗闇に覆う魔素に、イチロー達は不意打ちを警戒するが、ハイエースたちの目的は不意打ちではない。この暗闇に乗じて家の中にいる一般の下等種を肉壁にして娘たちの元へ駆けつけるつもりなのだ。


「セリカ! 肉壁を捕まえる事は出来たか!!」


「えぇ!! 貴方! この通り、闇の触手を家の中に伸ばして手ごろな… えっ!? ちょっとなに!? これ!!」


「どうした!! セリカっ!!」


「肉壁を掴んでいる闇の触手がピリピリするというか痺れてくる… それになんだか…うわぁっ! ちょっと!! なにっ!? なによ!この臭い!! 信じられない臭さだわっ!!」


「臭いだと? 今はそんな事を言っている場合では…うぉっ!!! なんだ!! この臭いは信じられない臭さだ!! こんな臭いがこの世にあって良い物なのか!?」


 ハイエースとセリカは漆黒の中に身を隠しながら、凄まじい臭いに咳き込み始める。


「ちょっと、どこにいるか分からないが…俺がお前たちの為だけに作った香水はどうだ? すげーいい香りだろ?」


 嘲笑うようなイチローの声が響く。


「貴様! 我らの為だけにこの様な悪臭を作り上げただと!? しかも下等種どもがその臭いを身に纏うとは… 貴様ら下等種なりの誇りや自尊心はないのかっ!!!」


「ちょっと! この臭い… 私が渡した香水も混じっているんじゃないのっ!? どうしてくれるのよ!! もう二度とあの香水を使えなくなるじゃないっ!!!」


 今まであまり馬事雑言を飛ばしてこなかったセリカですら怒りの声を上げ始める。


「それは正直すまんかったと思うが、その前に俺たちに喧嘩を売ってきたお前たちが悪い」


「くっ! 貴方! どうするの!! こんな臭いもの持ち続けられないわ!」


 セリカが夫ハイエースに対して悲壮な声で尋ねてくる。


「こうなれば仕方ないっ!! この悪臭の張本人に投げ返してやれ!!」


「貴方! 分かったわ!! ほら! 受け取りなさいっ!!」


 セリカは闇の触手で掴んでいた一般人をイチローの声をする方向へ投げつける。


「領主さまっ!!! お助け下さいっ!!!」


「ちょ! なにしやがる!!」


 イチローは領民の声を頼りに投げ飛ばされた領民を受け取る体制をとる。


「よっと! 大丈夫か?」


「はっはい! 領主さま!! ありがとうございます!!」


 イチローは声を頼りに見事領民を受け止める。


「しかし、あぶねぇ所だったな、もう少しで奴らの肉盾… くっさ!!! めっちゃ臭い! なんて臭さなんだよっ!!」


「ひでぇ… 領主さまがヴァンパイア除けになるからつけろって言ったのに…」


「でも臭ぇもんはしょうがねぇだろっ!! うぉ! マジで臭ぇ!!! うぼぉっ! 吐き気が…」


 イチローは臭水をつけた領民をモロに受け止めた為、その猛烈な臭さにえづき始める。


「セリカっ! 今がチャンスだ! この隙に子供たちを回収して撤退するぞ! 私から離れるなよ!!」


「えぇ! 分かったわ! 貴方!!!」


 ハイエースとセリカはイチローがえづいている内に一気に暗闇から娘の悲鳴のした方向へと飛び出す。


「レヴィン! トレノ! デミオ!! すぐさま私に掴まれ!! 撤退するぞ!!!」


「お父様! わかりました!!」

「パパ!」

「助けに来てくれたのね!!」


 子供たちは飛翔するハイエースに必死に掴まり、この場から脱兎のごとく逃げ出したのであった。


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