第583話 ヴァンパイアの真の力

 夜の暗闇に包まれるカローラ城とその城下町。日が沈み切った城下の街並みは人っ子一人いない有様である。ただ、完全に人気がないのかというとそうではなく、窓から漏れる家明りから、人が住んで居る事が分かる。人々は夜の闇に警戒して家の中に引き籠っているのである。


 そんな街並みと城を見下ろす影が上空にあった。


「フハハハハハ! 見ろ! 我々の作戦通りではないか!!」


 ヴァンパイア一族プライマ家の長であるハイエースは城下の街並みを見下ろしながら高い笑い声をあげる。


「流石は貴方ですわね… 街を警備するいつもの蟻が半分もいませんわ」


 妻であるセリカがハイエースを褒め称える。


「それに、強敵だった、人間の勇者もいないようですね… 奴らは陽動に引っかかったようです! これなら恐れる必要はありません!」


 息子のデミオも父ハイエースの采配を褒め称える。


「パパ! 私たちはあの城に行って、城の重要人物たちを頂いてしまおうと思っているんだけどいいかしら?」

「そうそう! あの聖剣を持つ下等種のお気に入りの下等種がいると思うから、血を吸って殺してやるのよ!! 戻って来た時にどんな顔をするのか楽しみだわっ!!」

「「キャハハハ!!」」


 悪辣で邪な報復を思いついたレヴィンとトレノは甲高い声で品のない笑い声をあげる。


「なるほど…城におるものを狙うのか…良いだろう…行ってこい、レヴィン、トレノよ」


「よろしいのですか!? お父様!!」


 安易に許可を出す父にデミオは声をあげる。


「城にいる様な高位の下等種は、我らヴァンパイアにとって良い糧となる血が流れている。デミオよ、お前も同行して城の者の糧として更なる力をつけるのだ」


「更なる力が…分かりました! お父様! 私も行ってきます!」


 デミオは城に向かうレヴィンとトレノの後に続く。


「貴方、私たちはどうするの?」


 子供たちが立ち去った後、妻のセリカは夫のハイエースに尋ねる。


「そうだな…」


 ハイエースはニヤリと口元を城下の街並みに目を向ける。


「出てくるがいい! 下等種どもよ! お前たちが息をひそめて隠れているのは分かっておる!!」


 ハイエースの声が街並みの中に響き渡る。


「クッ! やはり気がついていたか…」


 城下の防衛を任されているブラックホークは小さく零すと、蟻族たちに奇襲の体制から迎撃の体制を執る様に指示を出し、それに呼応して蟻族たちが、迎撃の準備をして街角などから次々と姿を現わしていく。


 ヴァンパイア一族プライマ家の家長ハイエースは、聖氷の剣や聖氷の槍を構える蟻族たちを前に、不敵な笑みを浮かべていた。


「ククク…今まではまだまだ戦闘に不慣れな子供たちの為に、お前たち虫けら相手に生かさず殺さずの余興を楽しんでおったが、聖剣を持つ下等種が帰ってきたとあれば話は別…」


「貴方…いよいよ手加減抜きでやるのですね…」


 側に寄り添う妻セリカがハイエースの言葉の後に続く。


「あぁ… 些か子供たちの戦闘経験が足りぬがおいおい積ませていけば良いだろう… それよりも、我に更なる力を与え、新しい狩場まで下さった魔王さまの恩義に応えるべきであろう… お遊びはここまでだ!」


 ハイエースはそういうと、内に秘めた力を解放していく。それは溢れ出る魔力と闇の魔素の形をとり、それと共に、ハイエースの身体が服の上からも分かるほどに雄々しく隆起していく。


「なん…だと…!? 今まででも碌に傷つけることの出来なかったヴァンパイアの長が、手加減して力を押さえていただと!?」


 ハイエースの言葉とその変貌を目の当たりにして、対ヴァンパイア戦の陣頭指揮を執っていたブラックホークは焦りと驚愕の色を滲ませる。


「ブラックホーク様! アレは危険です!」


「分かっている! 真の力を完全開放する前に攻撃して変身を止めさせるぞ!! 皆の者!! 撃て!! 一斉発射だ!!」


 ブラックホークの言葉に、弓を番えて狙いを定めていた蟻族たちはハイエースに向けて一斉に弓矢を斉射する。


「効かぬわ! そんなもの!!!!」


 ハイエースを中心に突然竜巻の様な暴風が発生し、放たれた弓矢をまるで嵐に舞う枯草のように吹き飛ばす。


「クッ!! 弓矢では質量が軽すぎて吹き飛ばされてしまうかっ!! では、皆の者! 槍を手に取って投擲しろ!!! 槍程の重さがあれば吹き飛ばされないはずだ!!!」


 ブラックホークの指示に、蟻族たちはすぐさま弓矢から槍に持ち替えて、ハイエース目掛けて渾身の力を込めて投擲する。


「だから効かぬと言っておろう!! この下等種がっ!!!」


 ハイエースは再び竜巻の暴風を発生させると、いとも簡単に槍の投擲を吹き飛ばす。


「そっ! そんなバカなっ!! 今までは掴まれて止められる事はあっても、身に纏う風圧で弾き飛ばされるような事は無かった筈なのに!!」


「今までは非力な子供たちに、槍の投擲に対する対処を見せる為に、わざわざ行っていたまでの事…」


 ハイエースはニヤリと口元を歪めると、弓矢や槍の投擲を吹き飛ばした嵐をコントロールして、まるで自身の武器の様に身の回りに弓矢や槍を風で漂わせる。


「まっ! まさか!!」


「そうだ… 我が本気を出せば、いつでもこの様な事は出来た… ほれ、お前たちが私に投げてきたものだ、返してやろう」


 その言葉と同時に再び暴風が巻き上がりブラックホーク達が射かけた弓矢や槍が撃ち返される。


「退避!! 退避だ!! 皆、物陰に隠れろ!!」


「フハハハハハ!!! 自身が撃ち出した物すら防げないとは脆弱だな!! 下等種どもよ!!」


 退避が間に合わず、自らの弓矢や槍に撃ち抜かれていく蟻族たちに、ハイエースは高笑いをあげる。その姿は既に真の力を解放し、ただのヴァンパイアの姿ではなく、もはや地獄の底から現れた悪魔のような姿をしていた。


「クッ… これが本当の奴らの力だとは…」


 次々と弓矢や槍に貫かれ、負傷していく蟻族達の姿を見て、ブラックホークは眉を顰めて唇を噛む。


「ようやく気が付いたのか! 下等種よ! 真の力を解放した我らの前には、お前ら下等種など、本物の蟻と大差ない! 踏みつぶすまでの存在だ!」


 そしてハイエースは大きく手を開き、負傷の為、組織的な抵抗力を失いつつあるブラックホークたちに宣言する。


「跪け! そして頭を垂れて、我がもたらす死を受け入れるのだ!! さすれば寛大な慈悲を持って、痛みに苦しむ暇などなく、一瞬の死をもたらしてやろう!!!」


 それは運命に抗う人間に対する神の様な言動である。


「…真の力を解放した上位ヴァンパイアがこれ程とは… 俺たちだけでは太刀打ちできないのか…」


 ブラックホークは身を震わせながら拳を握り締め、真の力を解放した神のごときハイエースを睨みつける。しかし、そんなブラックホークに蟻族の一人が声を掛ける。


「ブラックホーク様!」


「どうした?」


 ブラックホークは声を掛けてきた蟻族に目を向ける。


「状況を観戦なさっていたエイミー様より連絡です!」


「なんだ、言ってみろ」


「真の力を解放した奴を相手にするのは我々には不可能という事で、後はカローラ様に任せろとの事です!」


 ブラックホークはヴァンパイアを前に撤退しろとの指示に、自身の不甲斐無さを恥じる反面、後の事をあの幼女の姿をしたカローラに任せるという指示に違和感を感じる。


「あのカローラに後を任せるとはどういう事だ? 自身の弟妹達にも敵わなかったカローラに何が出来るというのだ?」


「現在、カローラ様は善戦なさっていて、弟妹の三人を押し負かせている様です!!」


「あのカローラが!?」


 ブラックホークは自身の耳を疑ったのであった。

 

 

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