第582話 乙女のたわ言

 乙女の尊厳やら世界の終焉が訪れるやら色々とあったが、カイラウルとの国境の森を燃やしてアンデッド達に対する炎の防波堤を築く事が出来た俺たちは、エイミーの言っていたヴァンパイアの挟撃をする為、再びドラゴンになったシュリの上に乗り、城へと引き返す事になった。


「へぇ~ 私が森を焼き払っている間にそんな事があったのね…」


 国境の森を焼き払う担当だったアソシエは俺から地上でのミリーズとマリスティーヌの話を聞いて軽くそんなふうに答える。


「まぁ… 超絶最高美少女魔法使いの私もトイレなんかしないけどね…」


 そして、二人の話を聞いてアソシエもそんな事を宣う。


「わっ 私も、ミラクルマジカル美少女だからトイレなんかしないわよっ! ダーリン!」


 横で話を聞いていたプリンクリンもそう宣って、俺の首に腕を絡ませてくる。


「聖女はトイレをしない者… 聖典にもそう記されているわ…」


「私がパンツを履かないのはトイレをしないからですよっ」


 そして、新たな賛同者が増えた事で、ミリーズとマリスティーヌも調子づく。


「お前らなぁ~ 揃いも揃って人間と言うか生物の生態に反することを言いやがって…」


「そっ そんな事無いわよっ! ダーリン! 可愛い女の子はトイレをしないのよ」


「そうそう、男と違って女の子はトイレに行かないんだからっ ねっ? ネイシュもそうでしょ?」


 俺がプリンクリンやアソシエを睨むと、アソシエは仲間であるネイシュに同意を求め始める。


「ネイシュは…」


 ネイシュは少し困惑したような顔をしてチラリとドラゴンのシュリを見る。そして、真顔になって二人に向き直って口を開く。



「ネイシュは大事な用事がある前には、後から行きたくならないように先にトイレを済ませる…」



 昭和のアイドルの様な事を宣う二人に、ネイシュはキリっと宣言すると、先程まで仲間が増えた事に満足げな顔をしていたミリーズとマリスティーヌを含むトイレ行かない宣言した四人は目を泳がせながら顔を逸らせ始める。


「ネイシュは素直で可愛いなぁ~」


 そんなネイシュに俺は頭をなでなでしてやり、トイレ行かない宣言をした四人に向き直る。


「見ろ、これが良識と常識のある人間の発言だ… お前ら分かったか?」


「…そ…それでも乙女を貫き通さないといけない時があるのよ…」


 ミリーズが聞こえないような小さな声でそう漏らし、他の三人も同意するように小さく頷く。


 こいつら…後で絶対にトイレに行けないような状態にして、腹と膀胱がパンパンになるぐらいに飲ませてやる…絶対にだ…


「とっ…ところでイチローっ」


 ネイシュに正論を言われたアソシエはしどろもどろになりながら話題を変えようとしてくる。


「なんだ? アソシエ」


「エイミーの作戦では、陽動に引っかかったはずの私たちが引き返して、ヴァンパイア達を挟撃出来ればいいって事だったけど… 今から引き返すのは早すぎるんじゃないかしら?」


 アソシエはそう言って空を見上げる。ドラゴンになったシュリで移動できたことと国境の森が早く燃やせた事もあって、予定より早めに作戦を済ませる事が出来て、現在の空模様は、日が沈み始めて西の空は茜色に染まり東の空は夜のとばりが降り始めている。


「うーん…確かにヴァンパイア達の不意をつくならもっと遅い方がいいけど、俺は城に残った者たちが心配なんだよな… 蟻族の戦力もこちらの方に結構多めに分配してもらったし」


「でも、ダーリン、エイミー自身が大丈夫だと見込んで分配した戦力だから心配しなくてもいいんじゃない?」


 プリンクリンもアソシエの話題を変える話に乗ってくる。


「そうは言っても、犠牲者が出る前提の作戦かも知れんからな… 実際、俺が城に戻った時に四肢欠損した蟻族が結構いたからな…」


「そうね…私が実際に聖女の力で治療したけど、あんな状況…あまり気分の良い物ではないわね…」


「私に四肢欠損を治療できる力があれば良かったんですが… 流石に聖女の力を再現するのは難しいですね…」


 ミリーズとマリスティーヌも蟻族の負傷についてそう述べる。


「それと、ヴァンパイア達の人を盾にされない為の対策である臭水も出来た事は出来たんだが…」


「何か問題でもあったの? ダーリン」


「不具合があるなら、調合の得意な私とプリンクリンで協力するわよ」


 プリンクリンとアソシエが反応する。


「いや、調合の問題じゃなくてだな…どういったらいいだろ… 運用というか使用上の問題があるんだ…」


「臭いが薄いとか効果がすぐ切れるとか?」


「アソシエ、そうじゃないんだ、臭いは俺が悶絶して気を失う程で、持続時間も風呂で洗い流す程度は落ちやしない…」


「そうなの? そんなに効果があるなら問題がある様に思えないけど、ダーリン」


「…アレを使うと…ポチから避けられてしまうんだ…」


 俺は深刻な顔をしてポツリと告げる。


「はぁ? ポチから避けられる!? そんな事が問題なの!?」


 アソシエが呆れと怒りの声をあげる。


「おまっ! 最重要問題に決まっているだろっ! ミケの国に行った時の途中で、ドリアンとシュールストレミングを食ったせいで、ポチと一週間もスキンシップ出来なかったんだぞ! その間、俺がどれだけ辛かったか…お前たちには分かるまいっ!」


「わぅ! ポチも臭くて嫌だった…」


「そうだろう…ポチ…あの時は済まなかった…」


 俺はポチとひしっと抱き締めあう。


「えぇぇ… イチローがポチが好きなのは分かっていたけど…これ程とは…」


「ちょっとポチとダーリンの仲に焼けちゃうわね…」


「でも、イチロー、いくらその臭水というのが臭くても、今は臭いがしないのだから洗い流せるのでしょ?」


「いや、ミリーズ… 今、俺から臭いがしないのは、風呂で洗い流せたわけじゃなくて、俺が故郷から持ち帰った臭い消しの薬を使った為なんだ、でもそんなに持って帰って来てないからな… 考えてみてくれ、俺が使わなくても城や城下にその臭いが充満しているんだぞ?」


「ちょっと…それは嫌ね…」


 ミリーズが俺の話を想像して眉を顰める。


「それにこれまでは俺とポチ、個人の問題だが… 他にも全体として問題がある…」


「イチローさん、全体の問題ってなんですか?」


 そう言ってマリスティーヌが俺の顔を覗き込んでくる。


「…発案者で製作に携わった俺でさえ、あまりの臭さに使用に躊躇するぐらいなのに… 他の人間が使うかって話だよ…」


「あぁ…確かにそうですね… そこまで臭いなら…ヴァンパイア達に襲われないといっても使用を躊躇いますね…」


 あのマリスティーヌですら、臭いのは苦手なのか…


 すると、俺たちを乗せて飛んでいたシュリが反応する。


「あるじ様よ、話を聞いていて思ったのじゃ…」


「なんだ? シュリ」


 身体を傾けてシュリの顔を見る。臭水に関していいアイデアがあるのだろうか?


「トイレの話じゃが、わらわもおしっこはせんぞ、なんせわらわはドラゴンじゃから」


「その話はもう終わったんだよ!! お前が総排泄腔しかないのは分かっとるわ!」


 俺の声が宵闇の空に響いた。 


 

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