第581話 乙女の我慢比べ

※近況報告に今回の状況を示したタイトル絵を投稿しました


「どうした! 二人とも何があったんだ!」


 楽勝モードと思っていた俺は、緊迫し強張った顔の二人に問いかける。もしかして、アンデッドの群れの中に強敵がいたのか? まさかアンデッドの群れの中にヴァンパイアが潜んでいたのとか!?


「これ以上…広域神聖魔法を使えないかもしれないわ…」


「私もです…これ以上続けるのは…」


 ミリーズとマリスティーヌが青い顔をしながら絞る様な声を漏らす。


「えっ!? 広域神聖魔法が使えないってどういう事だよっ! 一体何だどうしたっていうんだ!?」


「乙女の大ピンチなのよっ!!」


 ミリーズは顔を真っ赤にして涙目で声をあげる。


「これ以上は我慢できませんっ!!」


 マリスティーヌもギュッと目を閉じて(> ~ <)って顔で何かを堪える。


「乙女の大ピンチとか…我慢できないって何の事だよ… ちゃんと説明しろよ!」


「乙女の口からこれ以上言わせないでよっ! イチロー!」


「そうですよ!! 魔力回復ポーションの飲み過ぎでおしっこしたくなって言わせないでくださいっ!」


 ミリーズとマリスティーヌの二人はスカートの裾を握り締めて押さえながら、まるで生まれたての小鹿のように足元をプルプルと震わせる。


「なんだよ…広域神聖魔法が使えないとか乙女の大ピンチとかいうから、もっと切実で重要な事だと思っていたら… ポーションの飲み過ぎでトイレに行きたいだけかよ…」


 俺は呆れた溜息をつく。


「ちょっと! イチロー! そこらでやりたい放題出したい放題の男性と違って、女性の場合は切実で重要な事なのよっ!」


「そうですよっ! 乙女がそんな恥ずかしい所をおいそれと見せられる訳がないでしょっ! あっ! んんっ!!(>^<)!!」


 俺の言葉に二人はマジおこで返してくる。


「じゃあ…二人でかわりばんこでトイレをしてこいよ」


「…では…年上の私からでいいかしら? マリスティーヌちゃん…」


「何を言っているですか! ミリーズさん! ここは大人の貫録をみせて年下の私を先に行かせるべきでしょ!」


「いやいや…マリスティーヌちゃんなら、カローラちゃんみたいに漏らしても粗相として許されるでしょ? でも大人はそういう訳にはいかないのよ…」


「いやいやいや… 私の方が身体が小さくて膀胱も小さく、またミリーズさんみたいに魔力の最大値も高くないですからいっぱいポーションを飲んで、崩壊寸前の堤防の様になっているんですよっ!」


 二人して生まれたての小鹿のように足をプルプルさせながら言い合いを始める。


「普段からパンツを履いてないマリスティーヌちゃんと違って、私はパンツを履いているから乙女の花摘みをするのに色々手間がかかるのよっ! とてもマリスティーヌちゃんの後なんか持たないわ! それこそいつもパンツを履いてないマリスティーヌちゃんなら、乙女の花摘みぐらい人目を気にせずに出来るでしょ!? 分かって! マリスティーヌちゃん!!」


「分かりませんよ! それにいくら私でもおしっこする時ぐらいは人目を気にしますよ! ノーパンでいるのと人前でおしっこするのとは訳が違うんですよ! なぜそれが分からないんですかっ! ミリーズさん!!」


「ノーパンでいるのと人前でおしっこする事の違いなんて分かる訳がないでしょ!!」


 うん、俺も分からん、これはミリーズに同意だ…

 

「何故!分かってくれないんですかっ! ミリーズさん! 大人だったらそれぐらいの事分かるでしょっ! あっ! んんっ! くぅぅぅぅ!! ダメですダメですっ! 限界が…限界がっ!! (><)!!」


「わっ! 私も…もう限界っ! これ以上我慢できないっ!!!」


 そんな二人に俺はクソデカ溜息をつく。


「分かった!分かった! もういいから二人とも一緒に行ってこい!!」


 俺は言い合いを続ける二人に同時にトイレに行くことを許可するが、二人ともプルプルするばかりで動こうとはしない。


「…どうした二人とも…トイレに行かなくていいのか? それともまだどちらが先に行くかこだわっているのか?」


「…そういう訳じゃないのよ…イチロー…」


「そうです…イチローさん… そういう訳ではないんです…」


 二人とも真っ青な顔をしてガタガタと震えだす。


「…一歩…いえ…半歩でも足を動かそうものなら…世界は終焉の時を迎えてしまうわ…」


「わ…私たちは…この場で…何もできず…世界の終焉の日を迎えてしまうのでしょうか…」


 二人は物凄い酷い顔をして静かに俺を見つめる。


「ちょっ! おまっ! 動けなくなるまで限界になっちまったのかよっ! 言い争いなんかせずにさっさといっておけばこんな事にはならなかっただろうが!」


「イ…イチローさん…今更…そんな事を言われても…」


「…そうよ…人は…絶望に至る…その時まで…その愚かさには…気が付かないものなのよ…」


 いや…膀胱の限界と、世界や人間の真理について同列に語られても…


「分かった…蟻族!」


「はい! キング・イチロー様!」


 周囲を警戒し護衛していた蟻族たちはすぐさま反応する。


「ミリーズとマリスティーヌの二人、背中を向けた円陣で取り囲んでやってくれ…」


「了解です! キング・イチロー様!」


「ちょっと待って下さいっ! イチローさんっ! 蟻族の皆さんにトイレの衝立や壁代わりになってもらうって事ですか!?」


「そうだ…もう歩けないお前たちがトイレをするにはこの方法しか残されていないだろ?」


「いや、確かに人前におしっこする姿を見せない配慮も必要ですけど…ほら! 他にもあるでしょっ!」


 マリスティーヌが他にも配慮を求めようと声を上げた時、ミリーズの方から突然、音楽が流れ始める。


「フフフ…これは人々を鎮静させる曲を流す神聖魔法… これで乙女の尊厳も…世界の終焉も防ぐ事が出来るわ…」


 ミリーズが青い顔でプルプルと震えながら気取った表情をつくる。


「あっ! ずるいですよっ! ミリーズさんっ! 私、まだその魔法を教わってないですよっ!!」


「私の乙女の尊厳と…世界の終焉を防ぐ事が出来た後で教えてあげるわ…マリスティーヌちゃん…」


「あぁぁぁ!! それじゃあ! 私の乙女の尊厳と私の世界の終焉は防げないじゃないですかっ!!!」


 この期に及んで二人は何やってんだよ…


 俺は二人に頭を抱えていると、蟻族の一人が声をあげる。


「キング・イチロー様! 大変です!」


「どうした!?」


「お二人が言い争っている間にアンデッドの大軍が押し寄せてきました!」


 ブッ!


 二人に気を取られていたが、前を見てみると、必死にネイシュやプリンクリン、ポチたちが敵を間引いているが、物凄い数のアンデッドが押し寄せてくる。


「イチロー! これ以上は対処できない!」


「ダーリン! 早く二人を何とかしてぇ~!!」


「わぅ! イチローちゃま! 数多過ぎるっ!」


 ネイシュ、プリンクリン、ポチの三人が悲鳴をあげる。


「くそっ! ちくしょう!!!」


 俺は咄嗟にアンデッドの大軍に向けて聖氷弾のガトリングを撃ち続けるが、押し寄せるアンデッドの大軍の前列だけは討ち滅ぼせるが、それ以上にアンデッドの大軍は押し寄せる津波のようにこちらに向かってくる!


「くっそ!間に合わねぇっ! どうすりゃいいんだよ!!!」


 アンデッドの大軍に剣が届きそうになったその時、物凄い火炎がアンデッドの大軍を薙ぎ払っていく。 


「えっ!?」


 俺は突然の事態に目を丸くする。


「何をやっておるのじゃっ! あるじ様っ!!」


 上空からシュリの声が響き、バッサバッサと羽の音を鳴らしてドラゴン状態のシュリが降りて来る。


「いや〜シュリ、良い所に来てくれた!助かったよっ!」


「国境の森を焼き払って、炎の防波堤ができたと思っていたら、あるじ様たちがアンデッドに目前まで迫られていて肝を冷やしたぞ! 何があったんじゃ! あるじ様よ」


 シュリはいつもの姿に戻って、少し怒り顔で事情を聞いてくる。


「いや…ミリーズとマリスティーヌの二人が魔力回復ポーションを飲み過ぎてな…トイレに行きたいって言い出したんだけど、そこで二人でもめ始めて大変な事になっていたんだよ…」


 俺がシュリに事情を説明していると後ろから声が掛かる。


「私とミリーズさんがトイレで言い合い? そんな事…ある訳ないじゃないですか…」


 その言葉に俺は後ろを振り返ると、すっきりしたおすまし顔のミリーズとマリスティーヌの姿がある。


「聖女である私がトイレなんかするわけないでしょ? イチロー…聖女がトイレに行かないって事をしらなかったのかしら?」


「そうですよ…年頃の乙女がおしっことかする訳ないでしょ? イチローさん」


 二人は背景に薔薇の絵でも纏っていそうな少女漫画風の笑みを作っている。


「ちょ! さっきまで、乙女の尊厳とか世界の終焉とかいって言い争いながら、プルプルと震えていたくせに… お前ら…さっきの騒ぎの最中に済ませたんだな…」


「イチロー…済ませるって何の話かしら?」


「そうですよ、イチローさん、私とミリーズさんがおしっこの事で言い争うはずがないでしょ?」


 そんな二人に苛立ちを覚える俺にシュリが手を添えてくる。お前ら昭和のアイドルかよ…


「まぁ…あるじ様… 難儀じゃったようじゃな…お疲れ様じゃ…」


 シュリは事態を察して労いの言葉を掛けてきた。



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