第576話 説教が終わったと思ったら仕事だった件…

「…と言う訳で、領主は皆の手本となる事と、公序良俗の重要性についてご理解いただけましたかな?」


「…はい… 十分理解致しました… 今後は廊下で破廉恥な行為は致しません…」


 

 強面で問い質してくるマグナブリルに、俺はうつろな目で答える。結局、俺は朝食を食う事は出来ずにそのまますぐに執務室に連行され、そこからずっとマグナブリルのお説教を受けていたのである。随分と長い間、説教されていたがどれ程の時間が過ぎたのであろうか…時間の感覚が分からない…


「そうですか、ご理解いただけたようですので、それでは引き続き、今日の業務を執り行っていきましょうか」


 えっ!? これから執務も行うのか!? と思わず声を上げそうになったが、そんな事を言ったら、『もう一回遊べるドン』状態に突入すると思われるので、ぐっと堪えて我慢する。

 本当は俺の方からやりたくてやった訳じゃなくて、痴女状態になったアイリスの方からせがんで来た訳で…でも、アイリスをそんなふうにしたのは誰ですかと問われたら言い返せないので、これも堪えるしかないな…俺は聖剣取得の時にネチネチと言われたのをやり返しただけなのに…


 そんな事を考えながら、昨日の日報を受け取って領地の現状を確認しようとする。


「え~ 先ずはヴァンパイア対策の状況についてですが、ブラックホーク氏の報告に寄りますと、ここ数日襲撃はありませんでしたので、人的被害も無く、対ヴァンパイア装備も充実してきているようですな… ただ、剣や槍や鏃などや、イチロー様の弾丸として利用する為には冷凍が必要ですが、その冷凍する設備の大きさに限度が来ている様ですな…これ以上の武器の在庫を増やす為には、設備の拡張が必要になってまいります」


 マグナブリルは俺に手渡したのと同じ日報を捲りながら説明する。


「今のままで冷凍庫が一杯になるのはどれぐらいだ?」


「三日も持たないかと…冷凍庫の中の食材を他に移したとしても、すでに籠城に近い状態で冷凍庫に保管する食材もあまりないそうなので、それでも四日五日かと…」


「まぁ、とりあえずは冷凍庫の食材を外に出すなり使うなりして急場を凌ぐしかないな… 冷凍庫を拡張するにしろ増設するにしろ、すぐに出来る様な物でもないだろ?」


 俺は資料から目を上げてマグナブリルを見る。


「食材を保管する冷凍庫として常設する設備ならかなり時間が掛かりますが、有能な人材が揃っておりますし、今は非常事態ですので、聖水武器を保管するだけのものなら四・五日で出来るそうです」


 確かにディートやアソシエ、プリンクリン、ビアンやロレンスもいるから急場は凌げるって事か…ありがたい話だ。


「じゃあとりあえず、増設しておくか…冷凍庫なら後でいくらでも利用方法はあるだろうし… それよりも聖水の方はどうなんだ? 俺と一緒にミリーズが帰ってきた事で増産出来ているんじゃないのか? あっちも保管するのに設備がいるだろ?」


「はい、その通りでございます。聖水を備蓄する壺も樽の材料である粘土や鉄材を集めるのが城から離れた場所にございます。木材だけはある程度余裕がございますので、ロレンス殿が何とか鉄材を使わずに樽を作れないかと研究なさっております。試作品も幾つか完成したとの話です」


 元々、鉄材の少ないエルフの土地で過ごしたロレンスなら、ホゾを使って釘を使わない木工加工が出来るから作れるだろうな。ただホゾを掘る分、手間が増えて生産数が落ちるだろう…


「そうか…それでも聖水が溢れる場合は… 製造を止めるよりも、領民に配って各々ヴァンパイアの備えにするしかないな…」


「そちらも始めている様ですな… 城の聖水の保管設備がいっぱいになる前に、一部を領民に配布し、各々の家で壺や樽に保管している様です。一部の家庭ではそれでも溢れる時があって、飲食に使い始めているとの噂も…」


「聖水を飲食に使ってる!? そんなに余り出しているのか!? 聖水を飲食に使うなんてホラリスでもやってないんじゃないのか?」


「いや…私もその辺りが心配でミリーズ様にお尋ねしたのですが… ホラリスでも一部の人間は行っているそうです… なんでも健康に良いやら波長が上昇したとやら… 個人的な感想で実際に効果があるかどうかまでは分からないそうです…」


 現代日本だけではなく、こちらでも水素水やご神水みたく、そんなのを飲食に使ってありがたがっている人間がいるのか… まぁ、お小水をありがたがる人間よりかはマシだが…


 しかし、余り出してきた聖水をどうするべきか… これが水ではなく油なら、火炎放射器みたいなのを作ってヴァンパイア相手にヒャッハー!出来るんだがな…

 いや、水鉄砲とはどうだろう? 弓みたいに飛距離が出ないか… うーん、うちにもっと工業力があれば、背中に背負える小型ボイラーみたいなのを作って、火炎放射の代わりに水蒸気放射でヒャッハー!できるんだがな…


 どちらにしろ今は溢れそうになっている聖水をどうするかを決める事が先決だ。俺は部屋の片隅で本を読んでいる自称秘書のカローラに目を向ける。


「なぁ、カローラ」


「ん? なんですか?イチロー様」


 俺がマグナブリルに説教されている間、存在感を薄めてやり過ごしていたカローラは、説教が終わった事で俺の言葉に反応する。


「前にお前の父親はホラリスの人間が食の好みだって言っていたけど、聖水を飲食に使っている人間も同じなのか?」


「聖水を飲食に使っている人間ですか? たまにいましたね、その時はハズレだって言って一週間程養殖して、聖水を抜いてから味わっていたようです」


 言っている内容は人間にとってはえげつない事だがカローラはさらりと言ってのける。


「おっ、おぅ…そうか…しかし本当にあさりの砂抜きみたいな事を人間でしているだな… でも、健康になるとは置いといて、ヴァンパイア対策になるのは確かみたいだな… このまま溢れた分の聖水は飲食で使っていった方がいいみたいだな」


「では、領民に積極的に聖水を飲食に使うように御触れをだしますか?」


「あっ、それならパンにつかうよりもうどんに使う方が良いですよ、イチロー様」


 カローラがそんな提案を出してくる。


「なんでだ?」


「パンだと焼く時にある程度水分として聖水が蒸発してしまいますけど、うどんなら蒸発しませんよ」


「そ、そうか…しかし、うちの領地では聖体がパンではなくうどんの風習が根付きそうだな…」


 しかもそれを、ヴァンパイアであるカローラが提案してくるところが何とも言えんな…


 そんな時、執務室の外の表の廊下が騒がしくなり、ドンドンと部屋の扉が激しくノックされる。


「キング・イチロー様! 重要なお知らせがございますっ!」


 蟻族のようだ。


「入れ! そして報告しろ!」


「はっ!」


 扉が開かれ領内をパトロールしていたと思われる蟻族が姿を現わす。



「キング・イチロー様! 領内に大量のアンデッドの群れが出現致しました!」


 その声が執務室に響き渡った。


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