第560話 プライマ家の団欒

 ここは荒廃したイアピースの隣国カイラウルにある人里離れた洋館、カローラの家族プライマ家が根城にしている場所だ。



「デミオ、傷の直りはどうだ?」



 居間でくつろぎながら本を読むデミオに父親ハイエースは問いかける。



「あっ!お父様! はい、かなり回復してきました。しかし、まだ完治には至りません…」


 

 父親に声を掛けられた事で嬉しそうに顔を上げるデミオであったが、まだ自身の傷が言えてない事に申し訳なく目を伏せる。



「別に傷が完治しておらぬことに自責を感じる事は無い、この私ですら、あのアシヤ・イチローなる下等種の実力を見誤っていたのだ…」


 

 そう言って、父親ハイエースも悔しそうに拳を握り締める。



「そうですね…あなた… 魔王様が仰っていた『アシヤ・イチロー無きあの領地を滅ぼせ』と仰ったお言葉… ブラックホークなる人物もかなりの手練れで御座いましたが、アシヤ・イチローがよもやあそこまでの障害になろうとは思いもよりませんでしたわね…」


「確かに… ただ聖剣を振り回す猿と思っていたが…」



 ハイエースは子供たちを撃退し、その子供たちを救助しようとしたハイエース自身にも傷を負わせたあの技の事を思い出す。



 あの聖剣を持つアシヤ・イチローが帰ってくる前のあの領地は、無尽蔵と思われるほどの聖水を使った武器で我々に対抗してきたが、所詮下等種の剣や弓…下等種が我らと同等に戦う為の措置程度だと思っていたが…

 まさか、あの様に強力な対抗手段として使ってくるとは…私ですらあの攻撃をどこまで耐え忍べるのかは分からない…その上で、奴に斬撃を食らわせる近距離に辿り着いたとしても聖剣の存在が非常に厄介だ…あの攻撃は私に効く…

 では、遠距離攻撃で奴らを仕留めるか? いや、それはダメだ…

 戦術攻撃魔法も使える私であるが、そんな事をしてしまえば糧となる下等種共々滅ぼしてしまう。これでは何のためにあの地を襲撃しているのか意味を失う…

 どちらにしろ、子供たちに狩りのやり方を教える為、時間を掛け過ぎ、そしてアシヤ・イチローが帰還を予期出来ていなかった事が誤算であったな…

 


「あなた…それでこれからどうしていきますの?」



 妻セリカの声が、思考の耽るハイエースを呼び覚ます。



「そうだな…」



 ハイエースは顔を上げて、家族に視線を向けると違和感を感じる。



「レヴィンとトレノはどうした?」


 

 二人の娘の姿が無い事に気が付き尋ねる。


「僕には分かりません…いつも二人でふらふらとうろついているので…」


「私は、二人が憂さ晴らしに出かけると言っていたのを聞いたわ」


 デミオとセリカがそれぞれその様に答える。


「憂さ晴らしに出かけたという事は、あの二人の傷は癒えたのか?」


「さぁ、そこまでは…」


 セリカは困惑した顔で答える。丁度その時、リビングルームに繋がるベランダに二つの影が降り立つ。


「ただいま~」

「あれ?みんな集まっているの?」


 憂さ晴らしから帰宅したレヴィンとトレノの二人はキョトンとした顔で家族を見る。



「レヴィン・トレノ、どこに何をしに言っていたのだ」



 父親ハイエースは、この非常時に外に出かけていた二人の娘に問い質す。



「カイラウルの街の方に言っていたのよ!パパ!」

「先日の魔獣大スタンピードで一杯下等種が死んでいるから、そいつらをアンデッドとして生き返らせて遊んでいたの!」

「同じく生き返らせた魔獣で下等種と争わせるの面白かったよねぇ~」

「キャハハハ!」



 レヴィンとトレノの二人は憂さ晴らしに出かけていた事を面白おかしく話し始める。



「お姉さま…またそんな悪趣味な事を…」


「デミオは頭固すぎるのよ~ 下等種なんて生きていても死んでいても私たち上位存在のヴァンパイアからすれば、おもちゃよおもちゃ!」

「そうそう、デミオも本ばかり読んでないで、外にでて下等種で遊ばないとカローラみたいになっちゃうわよ」

「キャハハハ」


 デミオにとってはヴァンパイアとは孤高で誇り高き存在であるべきという思いがあって、レヴィンとトレノの二人の姉たちの様に下等種をおもちゃにして遊ぶことや、ましてや下等種の手下となるカローラの様な存在は疎ましく思えた。



「お父様は二人をどう思われますか?」



 デミオは自分の中の理想像のヴァンパイアに近い父親に二人の行動の是非を問う。



「そうだな…」



 息子のデミオに問われてハイエースは顎に手を当て考える。いつもなら品の無い行動に𠮟責の怒声でも上げている所であるが、二人のしていた話しに今の現状を打破できるものがあるのではないかと思いつく。



「レヴィン、トレノ…」



 ハイエースはいつもの重々しい表情で娘たちに向き直る。



「はい!パパ!」

「なんでしょうか!?」



 比さ晴らしとは言え、流石にやり過ぎて叱られると思った二人は身体を強張らせる。



「お前たちが憂さ晴らしをしたという下等種と魔獣の死体はどれ程あるのだ?」



 父親からの思いもよらぬ問いかけに、二人は一度互いを見つめ、再び父親に向き直って口を開き始める。



「下等種も魔獣も本当に腐るほど有り余っていますっ!!!」

「特にイアピースとホラリスの間は、埋葬されずそこらにころがっているので、墓場を掘り返す必要もありません!!」



 二人は宝物でも見つけたように自慢げに話す。



「あなた、以前、魔王様の領土より溢れだした魔獣がカイラウルに進行し、沿岸部を覗くカイラウル全域の下等種がほぼ根絶やしにされて埋葬する物もいないと聞いています。二人はその死体を使って遊んでいたのでしょう」



 母親セリカが二人の言葉を説明し、娘二人は同意するように大きく頷く。



「なるほど…下等種の死体が使いたい放題か…」



 ハイエースは口元をニヤリと歪め始める。



「お父様…何をなさるお積りですか…」



 息子デミオが父の歪んだ口元に憂虞の念を感じながら尋ねる。



「フフフ…下等種を下等種をもって対応するまでよ…」


「下等種を下等種を持って?…」


 ハイエースは何か決心した素振りでガバリと立ち上がる。



「皆の者!! これよりカイラウルの街に向かい下等種の死体に死霊魔術を使っていくぞ」


 

 家長の決定に家族一同が膝をつき頭を下げて服従の姿勢をとる。



「そして、あの忌まわしき蟻族や聖剣の下等種イチローに差し向けるのだ!!!」



 ハイエースの決断の声が屋敷内に響き渡った。

 

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