第559話 シュリとの日常

※昨日は誕生日プレゼントのいいねやコメント等を頂きありがとうございます~

※近況に新しいタイトル絵を投稿しました~


 俺は気がつけば、猛烈な速度で温室にあるシュリの小屋へと駆け出していた。部屋に続く梯子も手を使って昇らず、ジャンプで一気に部屋の入口まで飛び移る。そして、ベッドの掛け布団を剥ぎ取って中にいるシュリを露わにする。



「シュリっ!!」



 ベッドの上で眠りこけるイグアナのシュリに声を掛けるがいつものようにシュリらしい反応は全くない。だが、おれはそんなシュリを抱き上げ、胸元で抱きしめる。



「シュリ…本当に元の姿に戻れなくなったのか!? 一度でいいから戻ってくれよっ!!」



 俺の声に、腕の中のシュリは一瞬、目覚めたようでチラリと俺を見るが、眠気には抗えず、また目を閉じて寝息を立て始める。



「マジで俺の言葉が分からないのか!? 本当に元の姿に戻れないのか!?」



 俺は再び腕の中のシュリに呼びかけるが、イグアナの姿のシュリは、五月蠅そうに寝返りを打つだけである。



「…バカヤロウ…俺に当てこすりをする為に…こんなことになっちまうなんて… ホント…バカヤロウだ…シュリ…」


 

 俺は腕の中のシュリを強く抱きしめた…




 そして、その日以降、俺の新しい日課が生まれる事になった。


「旦那ぁ! おはようごぜいやす! って…旦那ぁ! もしかして、それは!?…」


「おはよう! カズオ! ほら! シュリもカズオにおはようをしろよ!」


 俺はそう言ってシュリの両脇を掴んでカズオに見せる。シュリは掲げられたままの姿で喉を鳴らす。


「ほ、本当に…シュリの姉さんはトカゲになっちまったんでやすね…」


「イグアナになってもシュリはシュリだ。それより、俺とシュリの分の朝食をもらえるか?」


「旦那と…シュリの姉さんの分でやすか? 今日は野菜いっぱいのポトフでやすがこれでいいでやすか?」


 カズオが困惑して動揺しながら聞いてくる。


「あぁ、それでかまわない」


 俺がシュリを抱きかかえながら答えるとカズオはそそくさと準備をし始める。待っている間、チラリと食堂内を見渡すが、奇異な目が俺に集中していることが分かるが、そんな事は俺は気にしない。


「はい、旦那、お待たせいたしやした! 野菜たっぷりポトフでございやす」


「おぅ、すまねぇな、カズオ」


 俺はカズオからトレイを受け取ると、シュリを抱えて空いているテーブルへと向かう。


「よし、ここでいいか」


 テーブルにつくとシュリを隣の椅子に降ろすが、シュリもポトフの美味そうな香りが気になるらしくて、立ち上がってテーブルの上に顔を乗せる。


「なんだシュリ、このポトフがたべたいのか? ちょっと待ってろよ~」


 俺はポトフの中からジャガイモを取り出すと、ふぅ~ふぅ~して冷ましてからテーブルに乗りかかるシュリの前に差し出す。

 するとシュリはチロチロと舌を伸ばした後、パクリとジャガイモに食らいつく。シュリはパクパクとジャガイモを咥えるが、ジャガイモが大きすぎるのか、涎を垂らしながら、口からジャガイモを零してしまう。


「あぁ、シュリの口には大きすぎたようだな、食べやすい大きさにしてやるから少し待ってとけ」


 聞いているが聞いてないか分からないシュリにそう伝えて、俺はジャガイモを切り分けてから再びシュリに差し出す。



 パクッ モグモグモグ…



 食べやすい大きさになったジャガイモをパクついたシュリは、モグモグ口を動かした後、ゴクリとジャガイモを飲み込む。



「シュリ、じゃあ次はブロッコリーを食べようか」



 ブロッコリーをシュリの前に差し出すと、これもまた美味そうに食いつき始める。



 シュリの奴…俺がトカゲなんていったからトカゲになりやがって…

 しかも、わざわざ草食のイグアナなんかにならなくて良いだろ…

 お前の大好きな骨付きあばら肉を食わしてやれねえじゃねえか…



 シュリとの朝食を済ませた後、俺はシュリと一緒に午前の城の事務仕事を始める。文官から上がってきた報告書をマグナブリルが、俺やシュリの前で読み上げているが、マグナブリルは最初にシュリの姿を見て、ピクリと肩眉を動かしたがその後は特に何も反応することは無かった。


 そして昼食をとった後は、ディートの所へと向かう。シュリの身体検査というか生態調査をしてもらう為だ。



「ディート、邪魔するぞ」



 そう言ってディートの部屋に入る。そこで目の前に広がる光景に少し驚く。以前はそこらに本や書類、薬品や錬金道具などが乱雑に置かれた部屋であったが、今は綺麗さっぱり整理整頓されて塵一つない綺麗な部屋となっていた。



「あぁ、イチロー兄さん、驚かれましたか?」


 唖然として部屋を見渡す俺にディートが声を掛けてくる。


「この変わり様だからな… どうやってあの部屋をここまで片づけたんだ?」


「それは彼女のお陰です」


 そう言って部屋の片隅に控えるメイド…メイドゴーレムのアインに視線を向ける。俺とディートの視線に気が付いたアインはお淑やかなカーテシーで答える。


「アインか…ちゃんとディートの身の回りの世話をしてくれているようだな」


「えぇ、愛らしいディート様の為ですもの、これぐらい当然ですわ」


 そう言って背中からディートを抱き締めようとするが、ディートの背中にいるルイーズがディートに腕を回そうとする腕を叩き落とす。



「ダメっ!」


「あら、ルイーズちゃんを怒らせてしまったわ、ウフフ」



 噂には聞いていたが、これが色目を使って近寄る女たちからディートを護るルイーズガードという奴か…初めて見た…



「ルイーズちゃん、人を叩いちゃいけないよ」


「うぅぅ~」



 当人のディートがこれではルイーズも苦労するだろうな…

 

「お騒がせしましたイチロー兄さん、それではシュリさんを渡して頂けますか?」


「おう、分かった」


 俺は抱きかかえていたシュリをディートに手渡す。イグアナ状態になったシュリはそこそこの重さがあるが、ディートは重そうにすることなく受け取る。恐らく、日ごろからルイーズを抱きかかえたりしているので華奢なように見えてそこそこ腕力を付けているのであろう。


「では、あちらの部屋で診察してくるので、イチロー兄さんはこちらでお茶でも召し上がっていてください」


「おう、分かった…って、その扉…前にはなかったよな?」


「えぇ、収納魔法の応用で部屋を増築したんですよ。折角、アインさんに部屋を綺麗にしてもらったので、実験などをする研究室をこの様に増築したんですよ」


「次から次へと新しい物を開発してるな~」


「では、暫くお待ち下さい」


 扉が閉じられると同時にアインがお茶を差し出す。今、アインと二人きりだが、前回の様に乳を触りたい気持ちが湧いてこない。まぁ、今、シュリを検査してもらっているからな…仕方が無い…


 暫くすると、ディートがシュリを抱えて部屋の中から出てくる。



「どうだった、ディート」


 聞くまでもないが、ディートは芳しくない顔をしている。



「そうですね…イチロー兄さんから離れて、僕と二人きりなら元のシュリさんとして話し出してくれると思ったのですが…」


「野生のただのイグアナのままだったと…」


「はい…すみません…」



 ディートがガクッと頭を落とす。



「いやいや、ディートが責任感を感じる必要もまして詫びる必要もない… 全ては俺が招いた結果だ…」


「それでイチロー兄さんは…これからどうするお積りですか?…」



 ディートは頭を下げたままチラリと瞳だけを俺に向ける。



「どうって… これからもシュリと一緒に食事をして、風呂に入って…変わらぬ日常を送るつもりだ…」


 そういって、俺は座席からシュリを抱えて立ち上がる。



「じゃあ、これからシュリと一緒に温室の農作業でもしてくるよ」


「待って下さい!!」


 そこでディートが立ち上がる。


「今は確かにただのイグアナですが… 成長すれば知能が向上して、シュリさんとして目覚めるかもしれませんっ!! …僕の憶測ですが…」


「そうか…ありがとうな…ディート… では温室に行ってくるよ」


 俺は出来るだけ明るくディートに答えて部屋を後にしたのであった。


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