第561話 懐いてきたシュリ、そして…

※近況に新しいタイトル絵を投稿しました


 俺がイグアナになったシュリと生活をするようになってから、五日程過ぎた。その間不思議な事にヴァンパイアの襲撃がなかったので穏やかな日々を過ごす事ができた。


 その五日の間に、最初は奇異な目で遠巻きに見て、腫物の様に接していた皆の態度も徐々に収まり、皆もイグアナになったシュリを受け入れる様になった。特に俺の子供たちからは最初から『シュリちゃん!シュリちゃん!』とイグアナになったシュリに纏わりついて人気者になっている。


 人間の姿をしていた頃のシュリは今の様な人気者ではなく、例えていうと田舎のおばあちゃん的な感じで、時折シュリが子供を膝に載せ本を読み聞かせている事が多かった。今では子供たちがカズオからもらった野菜を手に持ち、次々とイグアナになったシュリに食べ物を与えている。



「お腹いっぱいになったか? シュリ、よかったなぁ~」



 そう言って子供たちから野菜を貰って満足そうなシュリの頭を撫でてやる。



「ちょっと焼けちゃうわね…」



 そんな俺とシュリのやり取りを見て、アソシエがポツリと呟く。



「人の姿どころか喋る事すらできなくなったシュリちゃんに変わらぬ愛情を注げるなんて…」

「でも、そこがイチローの良い所、もし私たちの姿が変わっても愛してくれる証拠」

「ダーリンがイグアナになっても私はダーリンを愛し続けるわっ!」



 ミリーズ、ネイシュ、そしてプリンクリンもアソシエに続いて声を上げ始める。



「ちょ、お前ら何言ってんだよ…そ、そんなの当たり前に決まっているだろ…でも…」


 

 言葉のつまる俺を四人は固唾をのんで見守る。



「出来れば…せめて好物を食べられる動物になってくれ…好物を食わしてやれないのはやっぱ辛い…」



 四人ははっとした顔でシュリを見て、その後、顔を伏せた。



「すまん、ちょっと感傷的になっちまったな… これからちょっと農作業に行ってくるよ、シュリか言っていた米の栽培をやらないといけないからな」



 俺は感傷的になった空気を明るく振舞って誤魔化しながら談話室を後にした。




 そして次の日、俺は朝食を食べる為にシュリをシュリの小部屋に迎えに行く。イグアナになってからのシュリを俺の部屋で過ごさせようと思ったが、やはり寝る時は自分の作った部屋で眠る方が良いだろうと考えたからだ。



「シュリ~ おはよ~」



 部屋に入って声を掛けると、その日のシュリは珍しく、俺に呼ばれた事で、ベッドの中から顔を出してこちらを見てくる。

 今までのシュリは名前を呼んでも反応せず、抱きかかえても抱きかかえられたままの姿勢、食事も目の間に差し出された物にただ齧り付くだけという、それらの行いをする俺のことなど意に介さないただの野生のイグアナの反応であったが、今日に限っては名前を呼ばれたことでベッドから出て来てじっと俺の顔を見つめてくる。


 これが野生の動物がただ俺に慣れてきただけの事なのか、それともシュリの記憶を思い出し始めているのか分からないが、俺にとっては凄く嬉しい反応だ。



「さぁ、シュリ、朝飯に行くぞ」



 そう言って俺がベッドの上にいるシュリに手を伸ばすと、いつもは抱きかかえられるまで無反応なシュリが、自分から俺の腕を昇って、俺にヒシっとしがみ付いてくる。



「なんだか今日のシュリは甘えん坊さんだなぁ~ じゃあ飯に行くか」



 俺はそんなシュリを抱きかかえて食堂へと向かう。



「旦那ぁ~ シュリの姉さん、おはようごぜいやす!!」



 食堂に入るとカズオが挨拶してくる。カズオは俺がイグアナになったシュリと生活するようになってから変わらぬ挨拶をしてくれる一人だ。



「おはようカズオ、ほら、シュリもカズオにおはようをいって」



 俺がそういうと、いつもは馬の耳に念仏状態だが、今日のシュリはカズオに向かってパクパクと口を開く。



「あっ! シュリの姉さんが反応を…これは良い傾向でやすね」


「だろ? 今朝も俺が名前を呼んだら反応したんだ」


「それは本当ですかい!? そりゃめでてい! お祝いといっちゃなんですが、温室で初めて取れた初物のイチゴでやす。二つしか取れなかったのでお二人で召し上がってくだせい」


「おぉ! 初物のイチゴ!! すまないなカズオ!」



 俺はカズオに礼をいうとテーブルに着く。そしていつもなら隣の席にシュリを座らせて食事を与えるのが普通だが、今日のシュリは俺の膝の上で、テーブルに寄り掛かる。



「なんだ、シュリ、今日は俺の膝の上がいいのか?」



 そう言って、俺が声を掛けるとシュリはじっと見つめていたトレイの上のイチゴを一つ、くわえ始める。



「シュリ、イチゴが食べたいのか?」



 シュリに尋ねるとシュリは俺に向き直って、口に潰さない様に優しくくわえたイチゴを顔の口元の前に持ってくる。



「えっ? 俺にイチゴを食えっていうのか?」



 シュリはイチゴをくわえたままコクコクと頷く。今まで目の前に差し出されたものを食べるしかなかったシュリが、俺へイチゴを差し出してきたのだ。


 その瞬間俺の中にシュリに対する愛しさがぶわっと湧いてくる。

 


「ありがとな、シュリ…モグモグ… じゃあ、今度は俺からイチゴをやるぞ」



 俺はもう一つ残ったイチゴをくわえてシュリの前に差し出す。シュリは困ったかのように

一瞬、固まったが、俺から口移しで差し出したイチゴをパクリと食べる。



「もう~ シュリ、可愛いな~ちゅっ」



 俺は思わずシュリの可愛らしさに、シュリの口にちゅっと軽いキスをする。するとシュリは俺の胸にしがみ付いて胸に顔を埋め始める。



「なんだ、シュリ…照れているのかよ…」



 そう言って俺の胸にしがみつくシュリの背中を撫でてやる。そしてシュリの背中を撫でながらある事に思いつく。



 あの日、バナナを食べてシュリが怒ったのは、もしかして、こうして俺と一緒にバナナを食べたかったからか?



 そう思った俺は、今のシュリなら答えてくれるかもしれないと思い、抱きかかえて顔を合わせようと考えた。


 しかし、その時、食堂の入口が騒がしくなり始める。



「なんだ?」



 シュリにあの日の事を聞くのを止めて、食堂の入口に視線を向けると、開け放たれた食堂の入り口付近にたむろする人々がまるでモーゼの海渡の時のように別れて道を開け、その中央を何かが張ってくるのが見える。



「えっ!? ちょ!!!」



 俺は現れた物に驚きのあまり、息が止まりそうになる。


 一匹の大きなトカゲ…イグアナが我が物顔でのっしのっしと歩いているのである。



「野良イグアナだぁぁぁぁぁ!!!!!!」



 俺は思わず悲鳴のような声を上げる。



「ちょっと! 誰か男の人っ!!!! その野良イグアナをどこかにやって!!! シュリが狙われるぅぅぅ!!!!!」



 キュートでぷりてぃーなシュリを野生のイグアナが目を付けたに違いない! そう思った俺は、胸の中のシュリを強く抱きしめ、痴漢に襲われた時の女の子の様な声を上げて助けを呼ぶ。


 しかし、どういう訳か守るべき対象の胸の中のシュリが暴れ出し、俺の腕からするりと抜け出し、何かに憑りつかれたように駆け出し始める。



「おい!シュリ! どうしたんだっ!!!」



 俺が走り出すシュリに声を掛けるが先程のように反応せず、今まで見た事のない速度で駆け出して、食堂の入口にいた野良イグアナをカプリとくわえるといずこへが走り去ってしまう。



「シュリィィィィィ!!!!!!」



 そして、シュリの名を呼ぶ声が食堂に木霊したのであった…

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