第554話 後悔先に立たず

「はぁ~…」


 昼食時、俺は大きく肩を落としながら、食堂でトレイを持ちながら配膳の列に並んでいた。そして、俺の番が来た時、厨房にいたカズオが俺の姿を見かねて声を掛けてくる。



「旦那ぁ~ その様子だと、シュリの姉さん、まだ機嫌を損ねているんですかい?」


「そうなんだよ… しかも、トカゲと口を滑らせた俺に対する当てこすりか、トカゲの姿になって無視を決め込むんだよ…」


「えっ? シュリの姉さんがトカゲの姿に?」


「そうだよ…これぐらいのイグアナの姿に化けて、まるで野生のイグアナの様に振舞って何を言っても骨付きあばら肉を差し出しても無視を決め込むんだよ…」


 俺は手でシュリの大きさをカズオに示す。


「なるほど…食堂に来ないのは、そんなトカゲの姿になっているもんで、あまり食事を必要とされないのかも知れやせんね… まぁ…シュリの姉さんもそんなに意固地な方じゃないはずでやすから、足繁く通っていたらその内許してくれるんじゃないでかね?」


「やっぱ、カズオもそう思うか? 俺もシュリが機嫌を直してくれるまでは通うつもりだけど…」


「あっしに手伝えることがあるならあっしも手伝いやすんで」


 カズオから昼食と励ましの言葉を貰うと、トレイを持って座席を探す。


「城の人員が増えたから、座席が結構詰まってるな…おっ! あそこがテーブルごと空いてるな!」


 今はシュリの事で気分が落ち込んでいて、一人で食事をしたい気分なので丁度おあつらえ向きだ。誰かに場所を取られないように足早にテーブルに向かい、テーブルにトレイを置いて椅子に腰を下ろす。



 ジワリ…



「えっ!? なんじゃ!」


 ケツに冷たさの水の染みる感覚がしたので、慌てて椅子から立ち上がる。


「えっ!? なに? この椅子…」


 しっとりと座るところが湿った椅子…どこかで見た事があるような…


 すると厨房からカズオの声が響く。


「旦那ぁ~ それはホラリスから来られたアイリス嬢専用の椅子でやす! 他の椅子を使ってくだせい!!」


「えっ!? アイリス専用!? ってことは…あの時の椅子!?」


 なんで特級呪物をしれっと食堂においてるんだよ!!!


 口に出して叫びたくなったが、その原因が俺にあるのでぐっと胸を奥に飲み込む。


 すぐさま部屋に戻ってズボンとパンツを履き替えたい気分となるが、食事の載ったトレイをもったままウロウロするわけにはいかないので、座席を移して速攻で飯を食って着替える事にする。


「くっそぉ~ なんで俺がこんな目に…」


 そこまで愚痴を漏らして、頭の中に自業自得文字が横切る。


「イチロー兄さん、どうされたのですか? なんだかイライラされている様ですけど…」


 そう言ってディートがトレイを持って現れ、先程のアイリスの椅子に腰を下ろそうとする。



「スタァァァァァァップ!!!」


「えっ!?」



 俺が突然上げる大声にディートはビクリと身体を震わせて固まる。



「ディート…その椅子は呪われた特級呪物の椅子だ…ディートは座るんじゃない…」


「えっ!? えっ!? この椅子が…? なんだがしっとり濡れているような感じですね…」


「触れるなぁぁ!!! 触れても呪われるぞっ!!!」



 座席に手を伸ばそうとするディートに更に大声で制止する。


「ふっ触れても呪われるのですか…しかし、そんな恐ろしい物が何故食堂に…?」


 ディートはそう言葉を漏らして冷や汗を搔きながら、別の席へと腰を下ろす。


「すまねぇな、ディート、大声を出して…」


「いえいえ、警告して頂いたのですから気にしてませんよ… それよりもイライラされている様ですが、何かあったのですか?」


ディートも俺の事を心配して声をかけてくれる。



「いや、イライラしていたのは、その椅子…まぁいいや…確かにイラついていたのもあるな… シュリの事でにっちもさっちもいかなくなって…」


「シュリさんの事ですか? 何があったんですか?」



 カズオに話しておいて、ディートがまだ大人になっていないから話せないという事はしたく無い。なのでディートにもシュリの事を話す事にする。



「実はな…シュリが大切に育てていたバナナを食べちゃったんだよ…それも全部…」


「えっ!? あのバナナを食べちゃったんですかっ! しかも全部を!!!」



 話を聞いていたディートが目を大きく見開いて驚く。しかし、ディートもこれ程驚くという事は、シュリが心血注いで大切に育てていた事を知っていたんだな…



「あぁ… それでシュリがあんまり怒るもんだから、トカゲと同じ爬虫類で肉食なんだから、美味くて極上の肉を食わせてやるといったら、トカゲ扱いされたことでまた怒りだしたんだよ…」



 情けない事であるが、弟分のディートに自分の醜態を包み隠さず話す。



「そりゃシュリさんも怒りますよ… あれだけ毎日大切に育てていたバナナですからね… それを全部食べちゃうなんて…」



 流石のディートも俺を擁護できずに眉を顰める。



「ディートの反応を見る限り、あのバナナの事についてはディートも詳しいのか? それで植物学的な事を尋ねたいんだけど… あのバナナがもう一度実をつけるのにどれぐらいの時間が必要なんだ? またバナナが実ればシュリも許してくれると思うんだが…」


「…やっぱり…その事もご存じではなかったのですね…」



 ディートが深刻な表情で俺を見る。



「何がだ?」


「…良いですか…イチロー兄さん… あのバナナの木は…二度とバナナを実らせることはありません…」



 ディートはゆっくりと且つ慎重に言葉を紡ぐ。



「は? いやいや、そんな事はないだろっ!!!」



 そう言いつつも俺の背中に冷や汗が流れ始める。



「イチロー兄さん、バナナは樹木の様に見えますが、その本質はそこらに生えている草と同じ草本なんです… だから、一度果実を実らせると後は枯れてしまうんですよ…」



 カラン…



 俺は手に持っていたフォークを落とし、両手で頭を抱える。



 やっちまった…盛大にやっちまった!!! そらシュリがあれほど怒るはずだ!!! 俺だってそんな大切に育てた貴重なババナを食われてしまったら猛烈に怒るだろ…


 これはなんとかして償わないといかん!!



「ディート!! 何とかしてまたバナナを育てる方法はないか!!」



 俺は頭を上げ、神でも縋るような気持ちでディートに頼み込む。


 しかし、ディートは静かに首を横に振る。



「僕のあのバナナの栽培には関わっていましたが、中々成功せず、様々な魔術的な補助でようやく成功した一本なんですよ… もう一本育てるだけの素材がありません…」



 ディートは俺にとって絶望的な言葉を告げたのであった。


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