第553話 俺のキャットエンペラータイム

「なぁ…シュリ…」


 ベッドの中に頭を隠したトカゲは反応しない。


「いい加減、機嫌を直してくれよ…」


 呼吸の為に腹部の皮がゆっくりと脈動しているのは見えるが、返事は無い。


「お前の大切に育てていたバナナを全部食っちまった事や、口が滑ってトカゲ呼ばわりした事も悪かったと思っているからさぁ~ 何か返事してくれよ」


 トカゲ(シュリ)には変化はない。


「いや、本当に悪いと思っているから… ほら、罪滅ぼしの為に、お前の好きな骨付きあばら肉も用意したんだぞ? 昨日から食堂にもいかず何も食べてないんじゃないのか?」


 俺は収納魔法から骨付きあばら肉を取り出して、手団扇で骨付きあばら肉の香りをシュリに送ってみるが全く反応が無い。


 腹も空いているし、大好物の骨付きあばら肉の匂いを嗅いで全く反応しないとは… そこまでシュリは怒っていたのか…


 たかがバナナと思っていたが、されどバナナ… シュリにとっては掛けがえの無いバナナだったのか… でも、またバナナは身をつけるはずなのにどうしてそこまで怒るんだよ…

 手塩をかけて育てた初バナナってのが、シュリにとってはそこまで大切なものだったのか?


「シュリ…お前が俺の顔を見たくない程、腹を立てているのは良く分かった…でも何も食わないのは身体に悪い… ここに骨付きあばら肉を置いて俺は外に出るから後で食べてくれ…」


 そう言ってベッドの横のサイドチェストの上に骨付きあばら肉の皿を置く。チラリとシュリを見るがシュリには反応が無い…

 俺は思わず溜息を付きそうになるが、ぐっとこらえて梯子を下りてシュリの小部屋を後にした。



 そして翌日、昨日の夜もヴァンパイアの襲撃が無かったのは幸いだが、今朝の食事の時間もシュリは食堂に姿を現わさなかった。

 俺は再びシュリの小部屋へと足を向ける。そして部屋の中に入ると、ベッドの上にはイグアナになったシュリの姿は無く、サイドチェストの上に置いた骨付きあばら肉が全く手を付けられずそのまま残されていた。



「まだ怒ってんのかよ…怒るのはいいけど飯ぐらい食ってくれ… お前は以前にもう昔のように野生の獣の生肉は食べられないって言っていただろ?」



 そう独り言を漏らすと、手つかずの冷めきってしまった骨付きあばら肉を回収して、新しい骨付きあばら肉をサイドチェストの上に置く。


 もしかしたら食べてくれるかも知れないと願いつつ、俺は梯子を降りて部屋を後にする。そして、梯子を降りたところでシュリの部屋を見上げていると後ろから声が掛かる。



「イチローにゃん! イチローにゃん!」


「おぅ、ハバナか…どうした?」


 振り返って見てみると、丁度食堂に朝食を取りに行って帰ってきたハバナたちの姿があった。



「イチローにゃんのくれたお土産、凄いにゃん!! ラグにゃんも大喜びだにゃん!!」


「おぉ、そうか、ミケも喜んでくれているのか!」



 ハバナの報告に、沈んでいた俺の気持ちは少し晴れる。



「そうだにゃん! あれからずっとラグにゃんは夢中になっているにゃん!!」



 あれからずっと夢中? それはちょっと不味いんじゃないか…  


「ハバナ、ちょっとミケの様子を見せてもらってもいいか?」


「ラグにゃんも機嫌がいいから、構わないにゃん」



 俺はハバナの承諾得て再びハバナ達の住み家に向かいその入口を潜る。



「どうだにゃん! ラグにゃんもとても気に入っているにゃん!」


「…どうって… 何これ…」



 住み家の中を見てみると、先日ミケが蹲っていた場所に、俺の渡したお土産が入っていた段ボールが設置されていて、中身のちゅるちゅるは包装も解かずにその横に置かれていた。



「何これって、ラグにゃんがこの箱を気に入って、あれからずっとこの箱の中で過ごしているにゃん」


「いやいやいや… お土産はあの箱の中身であって、箱はただの入れ物でしかないんだが…」


 ミケは野生に戻っているという話であったが、まさか段ボールに入るのが好きな所まで猫と同じとは…



「でも、ラグにゃんは大喜びだにゃん、ラグにゃん、ご飯だにゃん!」


 

 ハバナが声を掛けると、箱の中からミケが頭だけをひょっこりと出してくる。



「シャアァァ」


「猫みたいに頭を出すところは可愛いんだが…やっぱり、俺には威嚇するんだな…」


「ほらほら、ラグにゃん、今日のご飯だにゃん」


「にゃぁん♪」


 俺に威嚇するミケにハバナが今日の朝食のサンドイッチを差し出すと、俺に対する警戒の目は怠らないまま、サンドイッチを食べ始める。


「ハバナ、こっちの本体は開封もしてないけど…興味ないのか?」


 俺はミケの入っている段ボールから取り出されたちゅるちゅる本体の束を手に取る。


「にゃーにはそれが何なのか分からなかったにゃー」


 あっ、なるほど…そういう事か…ミケやハバナにはこれが何か分からなかったのか…


 というわけで、俺はちゅるちゅるを梱包しているビニール袋を破り、色々ある味の中からマグロ味を一本取り出す。


「ちょっと、俺もミケにちゅるちゅるをやってみるか…」


 ピッとちゅちゅるを開封するとミケに向き直る。


「シャアァァァ」


 ミケは俺の顔を見て、すぐに威嚇の声をあげるが俺はその口に空かさずちゅるちゅるを突っ込む。



「シャアァァァ…むにゃ…シャアァァ… むにゃむにゃ… シャア… むにゃむにゃ… しゃにゃ… むにゃむにゃぁん」


 ミケは俺に対する警戒はしつつも口の中に入れられたちゅるちゅるを味わい、また威嚇しまた味わうを繰り返す。


「すごいにゃん! 妊娠期にはオスに警戒を許さない有毛種のラグにゃんがイチローにゃんから食事を貰ってるにゃん!!」


「いや…そんな野生動物が初めて人の手から餌貰ったような驚き方をされても…」


「シャアァ…むにゃ…シャアァァ…むにゃむにゃ…シャ…むにゃにゃ…」


「違う…こんなん違う… 俺の考えていたキャットエンペラータイムとちゃう…」



 本来ならこう…ファースト致しの後の時の様に甘えたのイチャイチャ状態で、身体を摺り寄せてくるミケに『ほ~ら、ミケの大好きなちゅるちゅるだよ…たーんと召し上がれ…』って言いながら身体に滴らせたちゅるちゅるをミケに舐めとらせて、その内ミケが『イチロー…今度はこっちの口じゃなくて…こちらの』



「はっ!!!」


 

 妄想にふけっていた俺は目の前の光景に目を覚ます。ハバナの子供たちがそのクリクリとした可愛い瞳で俺を見上げていたのである。



「あぶない…あぶない… 無垢な子猫たちに俺の耽美的な妄想を聞かせてしまう所だった…」


「パパにゃん…それ美味しいの?」

「ラグにゃん、美味しそうに食べてた…」

「にゃん達も食べたいにゃん」


 そう言って、三人の子猫たちは俺にすり寄ってくる。


「これは…これで別の意味で良い…キャットエンペラータイムだな… よし、俺がちゅるちゅるを食わせてやろう!!」


 そういう訳で、ミケとの(性的な)キャットエンペラータイムは叶わなかったが、子猫たちと健全なキャットエンペラータイムを楽しむことが出来たのであった。




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