第551話 シュリの秘密の小部屋

 ツリーハウスと言っても、シュリの作ったツリーハウスはまるで子供が作った秘密基地のような高さで、普通に立っている状態でも入口の中が見える。



「まぁ、シュリの普段人化している背の高さなら、これぐらいの高さで丁度よさそうだな」



 そんな独り言を漏らしながら梯子に足を掛けツリーハウスを昇っていく。



「よっと…おぉ~ 意外と中々洒落てるな~」



 梯子を上り切って部屋の中を見てみると、思った以上に洒落た部屋だったので、思わず感嘆の声が出る。



「あのオカンみたいな性格のシュリの事だから、ビシッと整理整頓して急な姑の襲来があっても文句を言われないほど整っていると思ったが…いやはや…これはおしゃれだ…」



 部屋の中には所狭しとハーブや何かの観葉植物の鉢植えが飾られているが、決して適当に乱雑に飾られているのではなく、なんというかおしゃれなカフェのような装いがある。



「ちょっと、風の谷ナウシカで出てきた秘密の小部屋感があるけど、なかなかいい感じだ…」


 そんな事を言いながら、部屋の中を見渡していると、シュリのベッドが目に留まる。



「ベッドまで完全にシュリのサイズに合わせた大きさの物か… まぁ、この部屋に普通のサイズのベッドを入れるのは無理だけどな…」


 丁度ソファーサイズのベッドなので、椅子代わりに丁度いいと思った俺はよっこらせと腰を降ろす。



「おぉ、シーツは綺麗だし、ふっかふかの良いベッドだな…」



 ベッドの感触を確かめながら、顔を上げるとすぐ目の前の目線の高さにあるものが視界に飛び込んでくる。



「おっ! バナナが実ってんじゃん! しかも黄色く熟して丁度食べごろ!」



 ベッドに座って正面を向くとそこに窓があり、その窓の外にはたわわに実ったバナナがみえたのである。



「シュリの奴、ホラリスで見つけたババナの栽培に漕ぎ着けたのか!! スゲーな!」



 俺はベッドから立ち上がり、窓辺に移動してたわわに実ったバナナを見る。バナナは日本で良く売られているフィリピンバナナではなく、それよりも小ぶりのモンキーバナナの大きさで、窓辺に近づいただけで甘い芳醇な香りが漂ってくる。


 俺はその香りに我慢できず、窓から腕を伸ばすとバナナを一つもぎ取る。



「どれどれ、お味はどうなんだ?」



 バナナの皮をむくとクリーム色の果肉が現れ、俺はパクリと食らいつく。



「ふむふむ… 果肉の食感は柔らかくてそれでいて持っちりしてて面白いな… それに普通のバナナよりも甘味がスゲーっ! 丁度いい食べごろサイズ感が病みつきになるな!」



 すぐに一本を食べ終えてしまって、手を伸ばしもう一本もぎ取る。



「やはり温泉の大浴場と温室とをセットに建築してもらったのは正解だったな、ただの温室では、ここまで南国の植物は育てられなかっただろうな…もぐもぐ…」


 となると、温泉の湧出量の許す限りあちこちに大浴場プラス温室を作りまくって、この領地の新たな特産品にしていくのもいいな…



「特にウリクリに輸出したら結構な儲けになりそうだ。あの辺りは北方ステップ気候に近いからな…こういった南国の果物は人気が出そうだ…もぐもぐ…」



 他の地域から輸入しようとも、足の速い作物は難しいはずだ。しかし、このアシヤ領にはここに飛ばされた王族が隠れてこっそりと作ったウリクリへの抜け道があるから、輸送期間もかなり短い。かなり新鮮な状態で輸出できる。



「領民にしてもただ自分たちの食う作物だけでなく、金に出来る作物を栽培できれば裕福になるはずだし、領地も栄えるな…もぐもぐ…」



 その内、この領地にやってくるイアピースのティーナに貧乏な事をさせたら、ティーナの兄のカミラル王子がまたまじおこになるからな… その為にも領地を豊かにしないと…



「そういえば、イアピースの方には俺が帰ってきた事を直接連絡してないけど… 今はこの状況だしな…もぐもぐ…」



 もしかして、マグナブリルがまた伝書バトかなにかで連絡してくれているかな? 後でマグナブリルにその話も聞いておかないと…また、二人に心配をかけたから謝っておかないと…


「心配かけた事をイアピースに謝りに行くにも、新しい特産品を作っていくにも、そして広く交易をしていくにも… さっさとヴァンパイアの襲撃をどうにかしないといかんな…もぐもぐ…」


 

 かと言って害獣の猪や鹿の様にすぐに駆除できる存在ではない。敵はかなりの強敵だ。



「ロアン達と一緒に戦った時のカローラも強敵だったけど… アイツは馬鹿正直に一人で挑んで来たし、民家や人を盾にするような戦い方をしなかったんだよな…もぐもぐ…」



 その点、他の家族はどうか分からないが、ハイエー…カローラパパは基礎スペックも戦闘熟練度もカローラより遥かに上で、その上で民家や人を盾にするやらしい戦い方をする。



「他の家族がカローラ程度の強さだとしても…これはかなり厄介な状況だよな…もぐもぐ…」



 そんな感じに考え事をしていると、小屋の表に人の気配を感じ、誰かが梯子をギシギシと音を立てて昇ってくるのが分かった。


 そして、そちらに視線を向けると、丁度梯子からひょっこりと頭をだして、思いかげず自分の部屋にいる俺の姿を見つけてキョトンするシュリと目が会う。



「よぉ、シュリ、お帰り」



 小さく手を上げて、シュリに声を掛ける。



「なんじゃ、あるじ様か…」



 特に何でもないような感じで答える。勝手に部屋に上がったが気にしてい無い様だ。



「悪いが勝手に邪魔させてもらってるぞ」


「別に構わん、ハバナの子供たちもちょくちょく遊びに来ておるし、その内あるじ様にもわらわの部屋を見てもらうつもりじゃったからのぅ」



 シュリはそう答えて、よっこいしょっと梯子を昇り切る。



「シュリは今日も各地の畑仕事だったのか?」


「そうじゃ、わらわがヴァンパイアの相手をするとヴァンパイアによる被害よりも、わらわの攻撃の余波の被害の方が大きくなるからのぅ… ヴァンパイアの相手を出来ない分、だからこうして領民の手助けをしておるのじゃ」



 確かにシュリのドラゴンブレスもドラゴン化の肉弾戦もかなり強力な攻撃ではあるが、自国領の市街地戦ではやりずらいと言うか、戦えないわな…



「まぁ、それぞれに得手不得手からあるから、シュリは適材適所でやれることをやってくれればいいよ…もぐもぐ」


「ドラゴンであるわらわが戦闘に参加できんのはどうかと思っていたが、あるじ様がそういってくれるのであれば… あっ!!!!!」



 言葉の途中で、シュリは突然大声をあげ、俺を指差してきた。



「なっなんだよ…シュリ、急に大声なんか上げたりして…ごっくん」


 

 俺はババナを飲み下す。



「あぁ!!! あああっ! あー!!!」



 シュリは錯乱したように声をあげ、俺に駆け寄り、俺の食べたバナナの皮を大切な者かの様に拾い上げる。そして、恐る恐る窓の外のバナナの木に視線を向けた。



「ああぁぁぁっーーーーーーーー!!!!!」



 シュリは窓辺に駆け寄って、外に見えるバナナの木を確認すると発狂したような大声をあげる。そして、俺に向き直ると、服を掴んでガタガタと激しく揺さぶり始める。



「なんでじゃ!! どうしてじゃ!!」


「いやっ、ちょっと! なんだよ! シュリ!!!」


「なんでわらわのバナナを食ってしもたのじゃと聞いておるんじゃっ!!!」



 シュリは今までに見た事の無い激おこぷんぷん丸で突っかかってくる。



「いや…勝手に食べたのは済まなかった…でも、ちょっとぐらい食べた事でそこまで怒る事は無いだろ?」


「ちょっとぐらいじゃと!? なにがちょっとぐらいじゃ!!! 見ろ!! 一本も残っておらんではないかっ!!」



 そう言ってシュリは窓の外のバナナの木を指差す。


 ヤベェ…まじで一本も残ってない…丁度良い食べごろサイズ感と止められない止まらない美味さに知らず知らずのうちに食べつくしてしまったようだ…



「い、いや… 丁度良い食べごろサイズで美味かったもんで…」


「美味いといっても、全部食べんでもいいじゃろうがっ!!!」



 シュリの激おこぷんぷん丸は収まらない。



「そ、そこは…すまんと思っているが…そこまで怒らなくてもいいだろ? また、生えてくるんだし…」


「分かっておらんっ!! あるじ様は全く分かっておらんっ!!!」



 シュリは床をダン!ダン!と音を鳴らして地団駄を踏む。


 うわぁ…どうしよう…シュリがここまで駄々っ子の様に怒る姿は見たことが無い…


 どうやって宥めたらいいんだろ…



「いや、ホント悪いと思ってんだよ… その代わりといっちゃなんだが、シュリにお土産があるんだよっ! しかも異世界の植物の種とか一杯あるんだぞ!? それに…ほら!これを見てくれ!」


 俺は収納魔法の中から、A5国産黒毛和牛を取り出す。



「………」


「これは異世界で最高級の旨さの肉だ! シュリも元々はトカゲ…じゃなくて爬虫類で肉食のドラゴンだろ? 草食の果物や野菜よりも、肉食のうまい肉の方がいいんじゃないか?」


「なに!? トカゲじゃと!?」


「いや、シュリがトカゲだって言いたいんじゃなくて、そもそも肉食だから、肉の方が好きだろって言いたかっただけなんだっ!!」



 目に角を立てて激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム状態で俺を睨みつけるシュリを俺は必死に宥め捲る。


 だが、俺の必死の宥めは通じず…



「もういい!!! あるじ様の事などしらんっ!!!!」



 シュリはそう言いだすと、小屋から飛び出して行ってしまったのであった。




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