第550話 キャットエンペラータイムならず

 昼食の後、俺はハバナの案内でミケのいる温室の中を歩いていた。


「俺は現代日本にいた二か月…いや、ホラリスに出発して向こうで過ごした時間も合わせると、三か月ぶりにこの温室に入ったんだが… マジで南国みたいな風景に変わりつつあるな…」


 この温室は二階建ての吹き抜け構造になっており、ただの温室ではなく、二階部分の見晴らし部分に大浴場の温泉も備えているので、その蒸気の熱でかなりあったかい。


「そうだにゃ、にゃーやラグにゃんの故郷に似ているから、ここをねぐらにしているにゃん」


「なるほど、ミケにもハバナにもここが居心地が良い訳か… でもミケがここに引き籠りっぱなしってどういうことなんだ?」


「あぁ、そのことかにゃん… それには理由があるにゃん、でも…イチローにゃんが思っている様なことは期待しない方がいいにゃん」


 ハバナは歩きながら肩越しに振り向いて答える。


「おっ俺が期待している事って…なんだって言いたいんだよ…」


「それはイチローにゃん自身が良く分かっている事にゃん」


 そう答えるとハバナは前を向いて歩き続ける。



 だってミケがえろすぎるんだもの… いちろー



 そんな詩を頭の中で考えながらハバナの後に続く。そんな時、温室の一画に小部屋のような場所が設置されているのが見える。


「あそこにツリーハウスっぽいのが見えるけど、あそこにミケがいるのか?」


「あぁ、あれはシュリにゃんの作業小屋にゃん、にゃーとラグにゃんはあの小屋の近くで過ごしているにゃん」


「へぇ~ シュリの奴、温室にあんなものを作っていたのか…」


「まぁ、最初は作業小屋だったけど、今ではシュリにゃんの家の様なものにゃん」


 まぁ、シュリも元々はドラゴンで変温動物だからな、温かい場所の方が心地よいんだろう… 北方のカーバルでは何度か寒さで気を失いかけていたからな…


 そうしてシュリのツリーハウスに近づくと、そのツリーハウスの近くにサバイバルでつくるような竪穴式住居が見えてくる。


「あの中にミケがいるんだな?」


「そうだけど…イチローにゃんはラグにゃんにあまり近づかない方がいいにゃん」


「なんで?」


「ん~ 一度、ラグにゃんを見てみればイチローにゃんも分かるにゃん」


 ハバナはそういうと少し頭を屈めて竪穴式住居の中に入っていく。


「ラグにゃん、ご飯もってきたにゃん♪」


「ご飯だにゃん♪」

「いっぱい食べてにゃん♪」

「少し冷えたから食べごろにゃん♪」


 ハバナの子供たちが後に続き、俺もその後ろから身を屈めて中に入っていく。



「シャアァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」


「えっ!?」


 

 すると俺が住居に入ると同時に、猫の威嚇声が響く。何事かと思い、その威嚇声の主を見てみると、住居の奥で蹲るミケであった。ミケは枯草で作った寝床の中で全裸で蹲り、俺に向けて目を怒らせ、牙をむき出しにして威嚇声を上げ続ける。



「えっ? えっ!? これは一体どういうことなんだ? ミケだよな? ミケに似ている野生の獣人とかじゃないよな?」


 

 いつものダウナー系の気怠そうなミケとは違って、そこらの野良猫に手を出した時のような野生剝き出しの状況である。なんでこんなことになっているのか訳が分からない。



「あ~ イチローにゃんは知らなくて当然なんだけ、ラグにゃんの有毛種は妊娠期から育児期が終わるまでの間、野生に戻ってオスを近づけさせなくなるにゃん」


「は? えっ? 妊娠期って… ミケ、妊娠してんの!?」


「ラグにゃん相手にあれだけ盛っておいて、妊娠しない訳がないにゃん…」


 いや、確かにファースト致しの時も、抜かずに10連発程して、その後、毎夜毎夜ベッドに忍び込んでくるミケに致し続けてきたからな… 妊娠しない方がおかしいよな…


「ほら、ラグにゃん、怖くないにゃん、怖くないにゃん、それよりも美味しいご飯にゃん、一杯食べるにゃん」


「にゃぁ~ん♪」


 そう言ってハバナがミケをあやすと、機嫌を直して、甘える猫そのままにハバナに顔をすりすりしてピザを食べさせてもらい始める。


「あのミケがこんな猫っぽい可愛い仕草をするなんて…」


「シャアァァァァァァ!!!」


 俺が思わず感想を漏らすと、ミケは再び俺の存在を思い出して威嚇声を上げ始める。


「イチローにゃん! こういう訳でラグにゃんが落ち着かないから、後はにゃーに任せて離れるにゃん!」


「おっ、おぅ…分かった…」


 俺は身を屈めた姿勢のまま、すごすごと跡づさって住居をでる。


「さぁ、オスはいなくなったから、お腹の子供の為にもご飯食べるにゃん」


「にゃぁ~ん♪」


 俺が外に出た後、ハバナがミケにご飯を食べさせ、それにミケが甘えた声で答えるのが聞こえてくる…


 くっそ…なんでか知らないけど俺に対して警戒心さえ持たなければ、俺が甘々猫モードのミケをしっぽりぬっぽりとイチャイチャできたというのに…


「ハバナ~」


「シャアァァァァァァ!」


 まだ、ハバナたちに用事があったので外から声を掛けると、またミケの威嚇声が響いてくる。


「なんだにゃん! まだいたのかにゃんイチローにゃん、どうしたにゃん?」


「異世界に行っていたお土産がお前たちの分もあるから、どうしようかと思って…」


「それなら、外に置いといてくれにゃん」


「外って…まぁ…中のミケがあの様子だから仕方ないか…」


 俺はなんだか虚しさを感じつつ、収納魔法でちゅるちゅるの入った人が入れるぐらい大きな段ボール箱を取り出すと、竪穴式住居の入口の横に置く。


「本当だったら、これで更に甘々になったミケやハバナといちゃいちゃキャットエンペラータイムを過ごせたんだがな…」


 そう呟いてはぁーと溜息をつく。


 とりあえず、ミケとハバナ達にもお土産を渡す事は出来たし、あとはシュリとコゼットちゃんか… コゼットちゃんはその内どこかで見かけると思うからその時に渡せばいいか。あれぐらいの子供一人を探し出すのは面倒だからな…


 とは言っても手持無沙汰になってしまったな…


 そんな事を考えながら頭を上げると、シュリのツリーハウスが見える。


「シュリのツリーハウス… 最近はあそこで寝起きしているらしいけど、よく考えればシュリの部屋って入ったことが無かったな…」


 そう呟くと俺はシュリのツリーハウスの所へ向かったのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る