第549話 食堂での世間話

 ハルヒさんにお土産のコミックを渡していると丁度お昼の昼食の時間となった。一応、ハルヒさんに一緒に夕食はどうかと尋ねたが、今は目の前のコミックを読みたいそうだ。


 まぁ、二度と読むことが出来ないと思っていた垂涎もののコミックを山積みにされて、犬のようなお預けは嫌なのも分かる。


 そういう訳で、俺はひとりトボトボと食堂に向かうと、午前の聖水製造が終わったマリスティーヌと遭遇する。


「あっ! イチローさんもお昼ですかっ?」


「おぅ、そうだ。マリスティーヌにお土産を渡し忘れていたから一緒に食べるか?」


「えっ!? 私にもお土産をいただけるんですか! 嬉しいですね!」


 お土産を渡すと言ったものの… マリスティーヌへのお土産は、色気と羞恥心を持ってもらうために、ちょっとエロいレースの入ったパンティーだったんだよなぁ~ でも、先日のマグナブリル誤嚥事件で再び履かない宣言をしていたから渡しにくいし…どうしようか…


 何を渡すか悩みながら食堂に入ると、厨房にいたカズオが俺たちの姿を見つけて声を掛けてくる。


「旦那とマリスティーヌの嬢ちゃん、一緒に食事ですかい? 今日の昼食はジャーマンポテトピザとジャガイモのポタージュスープでやすよ」


 フィッツの話を聞いて今日のメニューを見てみると、ここの領地で採れる小麦とジャガイモをメインとして、日持ちする肉のサラミが少量載せられている。カズオも限られた食材で皆が喜ぶメニューを考えてくれているんだな…


 そんな良くやってくれているカズオを見て俺はある事を思いつく。


「なぁ、マリスティーヌ、お前のお土産はちょっと大人っぽい下着を買って来たんだけど…先日の騒動を見る限り、そんなものを渡されてもお前は絶対に履かないだろ?」


「そうですね、猫にゴールドコインという諺があるのと同じで、いくらお土産といっても私には不要の代物ですね」


 マリスティーヌはきっぱりと言い放つ。何故、そこまでの信念を持って履かない自由を行使しているのか…一体何がお前をそこまで駆り立てているんだ?


「きっぱりと言うな…そんな訳で履きもしないパンティーを渡すよりも、俺が向こうで食べた美味しいトンカツを御馳走しようと思うんだが、それでいいか?」


「異世界のトンカツ!! 是非とも食べてみたいですっ!!」


 マリスティーヌが鼻息を荒くして瞳を輝かせる。


「異世界のトンカツって…元々トンカツ自体が…まぁいいや… と言う訳で、カズオ、これは俺が向こうで食べた味噌煮込みトンカツを再現したレシピだ。材料は先日渡した中にあるはずだから、こっそりとマリスティーヌに作ってやってくれ」


「へい、分かりやした…確かにあの量ではマリスティーヌの嬢ちゃんの分しか作れませんね」


 カズオは渡されたレシピをマジマジと見て答える。


「それと猫にゴールドコインで思い出したが… 帰ってきたからというものの、ハバナやミケの姿を見かけないんだが… もしかして、あの二人もクリスみたいに夜に城の外に出て、ヴァンパイア達にやられちまったのか?」


 クリスの事を例にしてハバナとミケの事を尋ねると、先程まで楽しそうにレシピを見ていたカズオの眉が曇る。


「旦那ぁ… クリスさんの事でそんな言い方はやめましょうや…」


「そんな言い方って?」


「誰かに殺されるってそんな最期、あの人には似合いやせん… クリスさんは山に入って野生に戻ったんでやすよ… きっと、今頃生き生きとして野山を駆け回っているはずやす… そう思いやしょう…」


 カズオは遠くの空を眺める様にしながらそう語る。


「おっおぅ…そうだな…その方が…クリスらしいな…」


 どう返していいのか困惑してそう返す。


「クリスさんは野生に戻りやしたが、ハバナとミケの嬢ちゃんはご無事ですよ」


 カズオは視線を俺に戻して答える。


「そうなのか? 全く見たらないんだが…」


「ミケさんの方はあっしもここ最近ずっと見てないんですが、代わりにハバナの嬢ちゃんが、朝昼晩と食堂に来て、ミケさんの分の食事を運んでいるんでやすよ」


「あぁ、私も見ましたね…確か、大浴場や温室の方に運んでましたよ」


 カズオとマリスティーヌから生存報告がもたらされる。


「えっ? 大浴場か温室の方角?」


「恐らく、あそこの環境がお二人の故郷に近いからじゃないですかねぇ~」


「確かにフェインもマセレタも温室の環境に近い南国だったからな…でもなんでずっと温室に引き籠っているんだろ?」


「さぁ…あっしにはさっぱり…同じ亜人と言えど、向こうは獣人でやすからね、猫族の方がどんな生活をするのかわかりやせん」


 まぁ、直接温室の方を探しに行けば良いか。


「そうだな…俺にも分らん…後、ついでだけど、カズオもマリスティーヌも城内に白い影がうろついているって噂を聞いたことがあるか?」


「あぁ、骨メイドの皆さんが噂されている話ですね、あっしは直接見たことがないですが、何でも骨メイドの皆さんがいうには、すすり泣く声を上げながら城内を徘徊して、その後には白い影が流した涙の跡があるらしいでやすよ」


「私もメイドの皆さんにアンデッドが城内を徘徊しているから除霊して欲しいってお願いされましたね」


 アンデッドが城内を徘徊って…お前らもそうじゃねぇか…


「そうか…まぁ見かけた時に対処するしかねぇな… とりあえず、さっさと飯にするか…」


「そうですね、午後からも仕事がありますので早く食べないと」


 そういう訳で、次々と焼き上がっていくピザを食べたい分だけ更に載せて、テーブルにつく。


「うまいなぁ~ 二か月カズオ飯を食ってなかったけど、その二か月で確実に腕を上げてくるな…」


「普通のピザだと物足りなさを感じますが、ジャガイモが乗っている事で、結構お腹に溜まっていいですね」


 そんな感想を言いながら二人でピザを食べていると、カズオの行っていたハバナが食堂に現れる。


「おーい! ハバナ! ってなんだ!? その直立した猫たちは!?」


 姿を見せたハバナに声をかけたのだが、その後に三匹の直立した猫がいて驚いてしまう。


「あ! イチローにゃん! ひさしぶりにゃん!」


「いや、久しぶりは久しぶりなんだけど…お前の後ろにいる直立した猫たちは…もしかして!?」


「そうにゃん! にゃーの子供たちにゃん! ほら、みんな、イチローにゃんに挨拶して!」


「シロにゃん、よろしくにゃん」

「パパ! わたし、クロにゃんだにゃん」

「僕はアオにゃんっていうの、よろしくにゃん」


 三人の直立した猫は二本足でパタパタと足音を立てながらやってきて、俺の足にしがみ付く。


 やっべぇ! めっちゃやっべぇ!! 猫カフェなんて目じゃない猫天国感だ!!

 ポチの事で俺の犬に極ぶりだった犬猫スライダーが一気に猫に偏るほどの破壊力だ。


 にゃんにゃん言いながら俺の足に縋りつく猫たちの頭を、俺は恐る恐る撫でてみる。



「にゃぁ~ん♪」



 やっべぇ!! めっちゃやっべぃ!! なんだ!この可愛さは!!

 こんな仕草みせられたら、もう撫で続けるしかねぇじゃないかっ!!

 いや、撫でるだけではなく…もっと先へ…

 抱っこしてハグしないでおかれようか!いやない!!(反語)


 俺は恐る恐る手を伸ばして抱きかかえようとする。


「お前たち~ さっさとごはんを持って帰るにゃん」


「「「はーい♪」」」


 ハバナが声を掛けると、俺の足にしがみ付いていた猫たちは一斉にハバナの後ろに戻る。


「あぁ…俺のキャットエンペラータイムが…」


「これからご飯だから、また今度、にゃーの子供たちを構ってあげてにゃん」


 そう言ってハバナたちは昼食のピザをトレイに載せていく。


「そういえば、ハバナ、お前ミケの事を知ってるか? お前が食事を運んでいるということらしいが…」


「ミケ? ラグにゃんのことかにゃん? それならラグにゃんのことはにゃーが今面倒をみているにゃん」


 ようやくミケの足取りを得る事が出来た瞬間であった。





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