第544話 時の迷い子
※今回の内容はイチローが現代日本からこの異世界に戻る前に寄り道した時間軸の話が含まれます。外伝としてその話を投稿しようと思いましたが、かなり先の話のネタバレとなる内容が含まれているので、先送りにしました。
どんな話があったのかは筆者の別作品「異世界転生100~私の領地は100人来ても大丈夫?~」をご覧ください。
「うわぁ! なにこれ!?」
俺は収納空間からはみ出している人の頭に驚いて、頭から手を動かして収納魔法をキャンセルしようとするが、どうしてだか魔法がキャンセルできない。
「イチロー兄さま! 収納魔法を使用中は収納空間の異常や収納物の破損を防止するために、キャンセルできないようにロックされているんです!」
「えっ!? そんな機能を付けていたのか… でも、この人の頭をどうすんだよ…」
「収納空間に戻すか、もう取り出すかどちらかにして下さいっ!」
「戻すか取り出すかって…」
この状況に焦って困惑する俺は考える。なんで収納空間から人の頭が出てくるんだ? 確か収納空間には微生物とか以外生物は入れられないはず… ってことはこれは人形の頭か死体の頭ってことになるのか?
死体の頭だろうが、人形の頭だろうが、俺にそんな物の身に覚えがない…
もしかして、向こうの世界で禁欲生活だった俺は、その大人の特別な用途に使用するリアルなお人形さんを買ったのか? いやいや、ないない。聖剣もカローラもいる所でそんな恥ずかしい真似が出来るわけがないだろ… じゃあ、この頭は何なんだ?
「とりあえず、出してください、この状態はきついです」
俺がこの頭の正体について悩んでいるところ、当の頭から女性の声が響く。
「キ ェェェェェェ ア ァァァァァァ シャァ ベッタ ァァァァァァァ!!」
俺は驚きのあまり物凄い奇声を上げてしまう。それぐらい驚いたのだ。
「えっ!? えっ!? えぇぇ!? なんで! なんですか!?」
ディートも収納魔法から出てきた頭が喋ったことに目を白黒させる。生物を収納出来ないように収納魔法を開発者したのはディートだから当然である。
「なんでもいいので、早くここから出してください。食べたりしないので」
いや、食べる食べないのそんな怖さじゃなくて、なんというか貞子的な怖さなんだが…
「食べないって言っても、呪ったりしない? 七日後に俺、死んだりしない?」
「出してもらえない方が呪いますよ…といっても私は誰かを呪い殺せるような存在ではありませんので…」
「確かに出さない方が呪われそうだな… それに収納空間にずっといられるのも面倒だし…」
俺はゴクリと唾を飲み込むと覚悟を決めて、収納空間から出ている頭を掴む。
「本当はもっと丁寧に扱ってもらいたいのですが、我儘も言っていられない状況ですね… よろしくお願いします」
最初は収納空間から思いかけず人の頭が出て来て驚いたが、当の本人が飄々とした口調なので俺も落ち着いて頭の人物をひっぱり出す。
「えっ!? あれ!? その姿…もしかして… 途中立ち寄った温泉街の若女将? しかもなんてメイド服姿なんだ!?」
「私はマール様ではありません。私の名はアインと申します。どうぞ、お見知りおきを…」
そう言って、瀟洒にスカートの裾をちょんと摘まんでカーテシーで挨拶する。
「イチロー兄さま、この方をご存じなのですか? 一体、どなたなんですか?」
「えっ? ちょっとそれは…」
ディートは目をぱちぱちと瞬かせながら尋ねてくる。しかし、俺はどう答えようかと非常に悩む。何故かというと、このメイドは俺が現代日本からこの異世界に戻る際に、未来のシュリの要望でアシュトレトが途中立ち寄った時間の人物の関係者だからだ。
俺はこの異世界に戻る途中、現代日本より遥かに過去、そしてこの異世界より少しばかり未来の時間軸に立ち寄った。その時にとある領主の経営する温泉宿に一日宿泊したのである。そして、いまここにいるメイドがその温泉宿の若女将であり領主であるマールという少女に瓜二つなのである。
ディートに対して、現代日本のような遥か未来、それも一億二千年前の話をしても、この時代とはかけ離れすぎていて問題ないかと思われるが、途中立ち寄った時代は、シュリもカローラもそしてポチも生きていた時代で地名的にディートと関係している場所だと思われるので、話す訳にはいかない。
「それよりお前、何者なんだよ… なんで収納魔法の中に入っていたんだよ… 普通、生きた人間は入れないはずなのに…」
俺はディートへの解答を避けるために、出てきたメイドに問いかける。
「先程も申し上げたように、私の名はアインと申します。何故、貴方様の空間に入っていたのかまでは分かりませんが、恐らく、私を作られた方々が私をマール様より隠す為に急ごしらえで先程の空間の様な物を作る魔法で私を隠蔽したからだと思います」
俺もディートもそのメイドの言葉にはっと驚く。
「ちょっと待て!! お前、人間じゃないのか!? もしかして、アンデットとかなんかか!?」
するとメイドは首を横に振る。
「いいえ、違います。私はアンデットではありません。ゴーレム…メイドゴーレムでございます」
「「ゴーレム!?」」
俺とディートの驚きの声がハモる。そして俺もディートもメイドに駆け寄り、ディートはゴーレムかどうか確認するためにそのメイドの手を掴んで、俺は胸を掴んで柔らかさで確認しようとするが手を叩き落とされる。
「えっ!? ゴーレムなのに固くない… 柔らかくて温かくて…それに鼓動もあって…まるで人間みたいです… 僕が骨メイドさんたちの為に作った疑似肉体よりも高度な物です!!」
メイドは俺の手は叩き落としたくせに、ディートが自分の手に触れるのは、目を細めて微笑んで見ている。
…贔屓だ…あぁ、シュリもよく贔屓だと言っていたが、こんな気持ちだったのか…
「しかも、こんな感情豊かな表情に、自然な会話が出来るなんて… 本当にゴーレムだなんて思えませんよっ!!」
「うふふ、そう言って頂けると光栄ですわ…」
ディートがメイドに感動している横で、再びメイドに手を伸ばすが叩き落とされる。くっそ…
しかし、このメイドをどうしたものか…あの時代の物をこっちに持って帰ってきてしまった…収納空間に戻せばあの時代に戻せるか…いや無理だろうな… 恐らく、あの時代に不完全な収納魔法を使ってこのメイドを取り出せなくなって、そこへたまたま完全な収納魔法を持つ俺がいた事で、俺の収納空間に繋がったものと思われる。
ただ、この事をディートに話すのは出来ないよな…同じ時間軸とっても現代日本とここではほぼ分断されていると言っていいぐらいの時間の幅があるが、あの時代は地続きみたいなものだ。ちょっと話せない…
とは言っても、メイドが言う通り、本当にゴーレムであるならこの技術は吸収したいよな…
「ディート、お前の所でこのメイドゴーレムを預かってもらえるか?」
「えっ? 僕の所ですか?」
ディートは目を丸くしながら俺に振り返る。
「あぁ、俺の元で使おうにも手を叩き落とされるし、技術的な事はディートの方が詳しい。だからお前の所で預かってくれ。アイン、お前もそれでいいか?」
「えぇ、よろこんで! 構いませんとも!」
アインは嬉しそうに微笑む。
「後…」
俺はアインに顔を近づけて耳元で囁く。
「お前のいた時代の事はディートには話すなよ…お前のいた時代はここより未来の時代だ。分かるよな?」
「えぇ、わかりました」
アインは俺から仰け反りながら答える。くっそ…なんでディートはよくて俺は避けるんだよ…
アインの事は諦めてディートに向き直る。
「じゃあ、頼むぞディート」
「はい! 分かりました!」
「それと、ディート…」
「なんですか?」
俺は当初の目的を思い出し、収納空間からガソリン缶を取り出す。こんどはちゃんと取り出せたようだ。
「この油の解析を頼む。コイツが発電機の燃料だ。おそらくこの時代にも地面から油が湧き出している所があると思うんだが、その油を精製すれば作れるはずだ」
「あぁ、聞いたことがあります。黒い油が湧き出すところ。燃やす時に凄い煙と臭いを発するので松明ぐらいしか使い道の無い物ですね」
「俺も詳しくないが、その油を濾して温めて蒸留したものがガソリンになるらしい…研究しといてくれ」
「わかりました! 頑張ります!」
ちょっとしたハプニングはあったが、当初の目的を果たす事が出来たのであった。
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