第533話 襲撃
外の景色を見ると日はどっぷりと沈んで、辺りは暗闇に包まれている。これが現代日本であれば、街灯や店・民家の明りが窓から漏れて明るいのだが、この異世界には電気なんて無いので暗くて当然だ。
異世界にも蝋燭や魔法の明りなんてものもあるが、それらは貴族や金持ちが使うものであり一般人は、煮炊きや暖をとるのに使う薪の明りが精々である。
うーん、領民のほとんどが城下に集まっているのは良い機会ととらえて、この際、魔法教室でも開いて領民が生活魔法を使えるように教育でもしていこうか?
そんな事を城の外を眺めながら考えていると、シュリやカローラが近寄ってくる。
「日が暮れて夜になった、そろそろ奴らの時間じゃ、あるじ様」
「奴らヴァンパイアの襲撃時間は大体決まっているのか?」
俺はチラリとシュリを振り返りながら尋ねる。
「いや、決まっとらん。気まぐれみたいなものじゃ、日が暮れてすぐの時もあるし、夜半を回る時もある。何度か一晩で二回も襲撃してきた事もあるのぅ」
「うーん、やっぱりただの襲撃ではなく攻城戦の有効な戦術を考えて来ているな…」
「やはりそうだったのか、蟻族の長エイミーも同じような事を言っておったの…」
「はい、その通りでございます」
シュリの言葉を肯定する声が響き、振り返って見てみると、エイミーが蟻族を引き連れてやってくる。
「エイミーか…お前もヴァンパイアが攻城戦を意識して襲撃を仕掛けていると判断したのか?」
「えぇ、もし私たちが同様にこの城を攻めるならば、同じような方法を取りますからね。人族の肉体的・精神的持久力を考えると非常に有効的な手段です」
「…実際ハニバルで攻城戦をしていた元魔族側のエイミーが言うと真実味があるな…」
「キング・イチロー様、ご安心下さい… 私を含め蟻族一同は全てイチロー様の忠実な僕でございます… 人族に対して敵意や害意は全くありません」
今更思うけど、俺はよくこんな相手を調伏することが出来たな…まぁ、運が良かったとも言えるけど、エイミーからすると人間のような寝返りが無いはずの蟻族が、まさか全員寝返るとは思わないだろうな…
「で、逆に籠城する側の立場に変わってどう戦っていたんだ?」
「そうですね…我々蟻族は人族と違って肉体的持久力もあり、人族の欠点である士気の低下や極限状態が続く事でストレスを抱える事がございませんので、戦力が低下することはありません。よって戦力的にはヴァンパイア側の戦術を無効化しています」
「戦力的にはって限定している所を見ると、他では問題ありそうな言い方だな」
「はい、我々蟻族は戦力を維持できても、他の者、特に多くが人族で構成される領民は同じようには行きません。現状が続くと日常生活を送れなくなる者や領地を逃げ出すものが出ると思われます。そうなると領地という組織としては破綻するでしょう」
まぁ、そうなるわな…一般人からすればずっと災害が襲ってきている状態だからな…
俺はエイミーの言葉にうんうんと頷く。
「しかしながら、幸いな事にヴァンパイアたちは自分たちが優性種族と驕り高ぶっているのか、戦術最優先の本気の攻勢ではなく、余裕を見せて楽しんでいる様に思われる節がございます」
「具体的にどんな所が?」
「例えば、領民を疎開させた各村々ですが、現在、兵站の事を考えシュリ様や私たち蟻族が現地に向かい家畜の世話や農作業を行っております。私が攻める側であれば、家畜は殺し、農地は作物を奪うなり焼き払うなりして、兵站を崩壊させるでしょう…しかし、ヴァンパイアたちはその手段を取っておりません、それだけで奴らが本気で戦っているとは思えません」
エイミーはかなりえげつない事を言っているが、なりふり構わず勝利を目指すなら当たり前の手段だ、俺が魔族側なら間違いなくやるだろう。
「そうだな…話を聞く限り、奴らの行動原理は、真面目に攻城戦をやっているというよりも、狩猟を楽しむ貴族みたいなやり方だな」
「その通りでございます。しかしながら、そのようなふざけた態度のヴァンパイアたちですが、やはり驕り高ぶるだけあって、個体としての基礎能力は非常に高く、また特殊な性質を兼ね備えておりますので、物理攻撃が主体の我が蟻族では一歩も二歩も及ばない状況が続いております… イチロー様の留守をお預かりしておきながら、不甲斐無い状況で申し訳ございません…」
そう言ってエイミーは深々と頭を下げる。
「気にするなエイミー、お前は良くやってくれている。上位のヴァンパイアの襲撃を受けて落城もせず、逆に被害を抑えているところは逆に賞賛されるべき功績だ」
「キング・イチロー様にそう言って頂けると幸いです」
そこで、今まで沈黙を保っていたカローラが進み出て、胸を張り出しながらドヤり始める。
「フフフ、安心してエイミー… 正真正銘、上位でネームドのヴァンパイアである私がいる限り、そこらの野良ヴァンパイアなんて、瞬く間にギャフンととっちめて、裏切り者の汚名を雪いでやるわっ!」
そう言ってカローラはフフン!と鼻を鳴らす。
するとタイミングを見計らったように、城下の集落の一画からヴァンパイアの襲撃を知らせる警鐘が鳴り響く。
「おっ! 早速お出でなすったか! みんな! 行くぞ!」
「イチロー様! 任せて下さい! 真のヴァンパイアの実力を御見せいたしますっ!」
「あるじ様がいるなら心強い! 今日で寝不足の日々ともおさらばじゃ!」
「蟻族の総力を掛けてキング・イチロー様をご支援致します!」
俺たちは飛翔魔法や自らの翅を使い警鐘が鳴り響く一画へと飛び立っていく。
飛翔を続け警鐘の鳴り響く一画に近づくと、襲撃をしかけてきたヴァンパイアたちの姿が月明りを背にしたシルエットが闇夜に照らし出されてくる。
「あら…その姿…」
ヴァンパイアの一人、妖艶な女性がポツリと声を漏らす。
「小さくなっているけど…カローラ姉さま?」
「もしかして、人間ごときの手に落ちたっていうのは本当だったの?」
双子の少女がカローラを見て嘲笑う。
「我が姉ながら、そこまで落ちぶれようとは…」
一人の少年が苦虫でも噛みつぶしたような顔でカローラを睨みつける。
「やはり…我が一族から追放したのは間違いではなかったようだな…」
そして、いかにもヴァンパイアらしい姿をした貴族の男性が姿を現した。
「ギャフン…」
先程のドヤ顔はどこへ、カローラは蒼白な顔をして脂汗を流しながらガタガタと震えてそう呟いた。
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