第532話 ヤバい奴2
「いやはや… 今日の食事が最期の晩餐になるところでした…」
先程までチアノーゼを起こしていたマグナブリルは胸を撫でおろしてそう漏らす。
マリスティーヌの履いてない露出事件により、スープを飲んでいたマグナブリルは噴き出して誤嚥を起こし、窒息を起こしかけていたのだ。幸いな事にマリスティーヌの治療魔法により一命を取り戻したのだが… マリスティーヌの行為のよって死にかけて、マリスティーヌの魔法により一命を取り戻すマッチポンプ状態にマグナブリルは複雑な顔をしていた。
「兎に角、無事で何よりだ。マグナブリルにはまだまだ働いて貰わないといけないからな」
俺は落ち着いたマグナブリルに声をかける。
「私自身もまだまだやり残していることがありますからな… アレで死んでいたら、カローラ嬢にアンデッド化でもしてもらうつもりでした」
「いやいや、誰でも彼でもアンデッド化して、自由意志を持ち続けて動き回れるわけじゃないから」
カローラがマグナブリルの言葉にそう返す。
確かにそうだよな… そんな事が出来るなら誰しもアンデッド化すれば、不老不死状態に近い存在になれるからな。なれたら全員アンデッド化して不死の国でも作ればよい。
「さて…マリスティーヌ殿…」
落ち着いたマグナブリルはマリスティーヌを見る。
「はい…なんでしょう?」
先程のマグナブリルの事に多少の罪悪感を覚えるマリスティーヌは縮こまって答える。
「マリスティーヌ殿の…その履く履かないに関しては…個人の自由ですので、好きにすればよろしいでしょう…」
思っても見ないマグナブリルの履かない自由肯定発言にマリスティーヌの顔が広がっていく。
「但しっ!」
喜ぶマリスティーヌにピシャリと言い放つ。
「それを他人がいる公の場で『披露』することは、公序良俗に反します! 以後、お控え下され」
「わ、分かりました…」
マリスティーヌは再び縮こまって小さく頷く。ってか、人前で見せる事よりもノーパンでいる事を注意して欲しかったが…まぁ、見せなくなっただけでも良しとするか…
「しかし、先程のカローラ嬢への行為も困りものですが、マリスティーヌ嬢まであの行為を続けていたとは… イチロー様が仰っていた通り、ジョン殿は困った人物でございますな…」
マグナブリルは今回の事件の大元であるブラックホーク・ジョンについて言及する。
「あぁ、俺がジョンの姿を見てヤバイ奴って言っていた事か…」
「はい、そうでございます…」
「言っておくが、俺が言っているのはそういう事でヤバいって意味じゃないぞ?」
俺は背もたれに身体を預けながら答える。
「は? 無言で幼女や少女に腹パンするよりも…そのヤバいと仰ることがあるのですか?」
マグナブリルが怪訝な顔をする。
「そうだな…それを話す前にジョンからヴァンパイアハンターになった動機とか聞いているか?」
「えぇ、その件に関してはこちらから尋ねる前に、先方から話されましたね、確か大切な肉親をヴァンパイアに殺されたとか…誘拐されたとかで…」
「それ、私も聞きましたよっ! 何でもジョンさんの留守中にヴァンパイアが実家を襲撃し、ジョンさんの両親を惨殺し、可愛がっていた妹のルミィーさんを誘拐されたんですよね? 私、見せてもらいましたよ、ルミィーさんの形見の可愛らしいドレスを…」
マグナブリルの言葉に続き、マリスティーヌも言葉を続け、その言葉にマグナブリルもうんうんと頷く。どうやら二人とも妹の形見のドレスを見せられたようだ。
「うんうん、二人とも俺と同じ話を聞いている様だな… それを踏まえた上で説明する…」
皆が他数を呑んで俺の発言に注目する。
「アイツに妹は存在しないぞ」
「は?」
マグナブリルは少し目を見開いて俺を見る。
「すみませぬ、イチロー様… 歳の所為で、嚥下力だけではなく耳も遠くなったようですから、もう一度お話して頂けますかな?」
「マグナブリル、耳が遠くなったと心配している様だが、聞き間違えていないぞ… アイツ…ジョン・ブラックホークには妹なんて肉親は存在していない…」
俺はマグナブリルが聞き間違えと思わないように、ゆっくりとそしてはっきりと説明する。
「えっ?えっ!? 一体、どういう事なんですか?」
マリスティーヌも目を丸くして聞いてくる。
「アイツは…自分には可愛くて自分に良くなついている妹がいると… 妄想…いや信じ込んでいるだけなんだよ… アイツの妹は妄想の産物なんだ…」
「はぁ!?」
いつもは怒った顔で『お前、何言ってんだ?』って顔するマグナブリルが、目を皿の様に見開いて驚いた顔をする。…何気にマグナブリルの驚く顔を見たような気がする…
「俺たち冒険者の仲間内でも、最初はアイツの妄言を信じて同情していたんだが… ある依頼でアイツの生まれ故郷の村に行くことになったんだ…すると、惨殺されたはずのアイツの両親が生きていたんだよ…」
「えっ!? ご両親も御存命なんですかっ!?」
マリスティーヌもマグナブリルと同じ驚愕した顔をする。
「あぁ、思った以上に歳は食っていたがピンピンしていたぞ、それでその両親に事情を聞いてみたんだが、なんでも同じ村の仲の良い兄妹を羨ましがって、自分にも妹が欲しいとせがんだそうだ… でも、その両親は遅咲きの夫婦で40歳の時に結婚してなんとかジョンを作ったそうだから、アイツに妹が欲しいと言われて還暦前だったんで、かなり困惑したそうだ…」
「還暦前の両親に妹をせがむとは…正気を疑いますな…」
老齢のマグナブリルが経験した事のない狂気に脂汗を流す。
「いや、正気を疑うというか… 既にその時に、近所の兄妹が羨ましすぎて、ガチで正気を失っていたんだろうな… 両親も対応に困って養子を貰うとかアイツに結婚を勧めたけど、妹が欲しいといって頑なに両親の勧めを断って、困り果てた両親はジョンに実は歳の離れた妹がいて、ヴァンパイアに攫われたと嘘をついたんだよ」
「えぇ… でも、そんな嘘はすぐにバレるでしょ? 年が離れているということはジョンさんが物心ついてからの妹になるので妹の事を憶えていなければおかしいでしょ?」
マリスティーヌが疑念をぶつけてくる。
「その両親はアイツに対してヴァンパイアに攫われたショックで妹がいなかったと思い込んでいたという事にして、近所の仲の良い兄妹の姿を見て、妹を求める様になったと説明したんだ… まぁ…正気の人間ならそんな嘘はすぐに分かると思うが、その嘘にしがみつくぐらいには正気を失っていたんだと思う…」
「じゃあ…あの形見のドレスは一体何なんですか? 可愛くて凄く手が込んでいました… もしかして、お母さんの子供の頃の物ですか? それとも買ったとか盗んだとか?」
俺はマリスティーヌの言葉に首を横に振る。
「全部違う…アレは…アイツの手縫い…なんだよ… しかも一針一針…アイツが精魂込めて縫い上げたな…」
ぞわぞわぞわぞわ…
マリスティーヌとマグナブリルの身体に鳥肌が沸き立つ。
「ちょっと待ってくれ! あるじ様っ!!」
驚愕するシュリが声を掛けてくる。
「なんだ? シュリ」
「その…わらわは…ドレスだけではなく…その妹やらの似顔絵や、妹がジョンに宛てた手紙やらも見せてもらったのじゃが…」
シュリは今までの話が全て俺の嘘であって欲しいと願う顔で俺を見る。
「…今ではそんな事まで始めているのか… まぁ、俺もひょんな事からアイツの荷物をチラリと見る事があって、その中に児童用の靴下や下着、肌着とかもあったからな… あの時には既に落ちる所まで落ちて、今では底で横に広がっているんだろうな…」
俺の言葉にシュリは沸き立つ鳥肌を掻き毟る。
「今までのイチロー様の話が本当なら… ジョン殿は…一体…何のために…何と戦っているというのか…」
マグナブリルが驚愕に身を震わせながら零す。
「さぁ… 何とも言えないが…妹という妄想の為に現実と戦っているんじゃないか…?」
「なるほど… イチロー様の言う…ヤバい奴と言う意味が…身に染みる程分かりました…」
マグナブリルがそう漏らすと、皆がコクリと頷いた。
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