第530話 天上天下一品トンカツラーメン
俺がいない間の領地の状況やヴァンパイアの襲撃情報の報告を受け終わると、俺は久しぶりのカズオ飯が食いたくなって、食堂へと向かう。
時間は夜の八時。普段であればこの時間帯の食堂は疎らであるが、今は結構人の姿がある。きっとこれもヴァンパイアの襲撃によって皆の活動時間が夜に移行した為であろう。
「旦那ぁ! いらっしゃい! やはり、旦那の姿を見ると安心できやす」
カズオが俺の姿を見つけると厨房の奥からカウンターの所までやってきて声をかけてくる。
「カズオがそんな事を言うぐらいだから、ヴァンパイアの襲撃に対して皆不安に思っているのか?」
「不安というか、ストレスでやすね… 日が暮れて、また日が昇るまでの間、いつやってくるか分かりやせんからね… かといって一晩中起きている訳にもいきやせんし、皆、睡眠不足でピリピリしているんでやすよ」
そう言って、カズオが食堂の方に視線を促すと、
「あぁ、そうか、そうだよな…日の落ちている夜を凌ぎきっても、昼間仕事があるから寝ている訳にもいかんからな… そう考えるとヴァンパイアって攻城戦で相手の士気を落とすのに最適だな… ところで注文していいか?」
ヴァンパイアの厄介さが分かった所で腹が膨らむ訳がない。俺は本来の目的を思い出してカズオに尋ねる。
「旦那ぁ~ すいやせん… ヴァンパイアの襲撃が続いているんで、行商人が減って材料位の種類を揃えることが出来なくなってきたんで、注文式ではなく、出来合いのものをお出ししているんでやすよ…」
「ヴァンパイアの襲撃がそんな所にも影響してんのか… で、今日のメニューはなんなんだ?」
「へい、旦那が好きな天上天下一品のラーメンでやすよ」
「おっ! いいな! それ! 向こうで本場を食べてくるのを忘れていたから食いたかったところだ。大盛マシマシで頼めるか?」
「分かりやした! 腕によりをかけて作らせて頂きやすっ!」
カズオはそう答えると厨房の中に戻り、番重から麺を取り出すと、寸胴で茹で始める。その様子を鼻歌交じりに眺めて待っていると、食堂の入り口にマリスティーヌとシュリに連れ添われてカローラが姿を現わす。
「おっ、カローラ達も来たのか、カローラ、さっきの腹パンは…」
そう俺が声を掛ける途中で、カローラがさっと俺から顔を反らせる。
あぁ… あの仕草…そして、服装が違う事から間に合わなかったんだな… これ以上、聞いてやらない方がいいな、ご愁傷様…
「カローラ…気に病むでない… 大人の姿での粗相なら恥ずかしくて仕方ないが、今のカローラの姿であれば許されるであろう…」
シュリはカローラを気にかけて、そう慰めの言葉をかけてやるが、しれっと何が起きたのか話すのは止めてやれ…
「イチローさんっ! ところで今日の晩御飯はなんですか?」
マリスティーヌが気を利かせて話題を代える為か、俺に今日のメニューを聞いてくる。
「あぁ、今日の晩飯はラーメンだぞ」
「本当ですか!? じゃあ、私はトンカツラーメンでお願いしますっ! シュリさんとカローラさんも同じでいいですよねっ?」
「あぁ、わらわはそれで構わん」
「…私はどうでもいい…」
マリスティーヌに聞かれたシュリとカローラはそう答える。
「ちょっと待て、そのトンカツラーメンってなんだ?」
「え? ラーメンの上にトンカツを載せた物ですけど、イチローさんはトンカツ載せないんですか?」
「載せるも載せないも、ラーメンにトンカツなんて初めて聞く組み合わせだからな…」
しかし、マリスティーヌの奴はどんだけトンカツが好きなんだよ…
そう考えていると厨房の奥からカズオが声をかけてくる。
「いつもはマリスティーヌ嬢ちゃんとたまにシュリの姉さんしか頼みやせんが… 旦那も試してみやすか? すぐに出来やすよ」
「…じゃあ、俺も載せてもらおうか…」
「へい! わかりやした! テーブルまでお持ち致しやすんで、座ってお待ち下せい!」
カズオに促されて座席に座ると、今度はマグナブリルが姿を現わす。
「おや…今日はラーメンか…」
「あっ! マグナブリルのおやっさん! あっさりでやすよね?」
「あぁ、それで頼む… 私にはあのこってりは私の身体には毒だ…」
確かにマグナブリルの歳ではあのこってりは重すぎるだろう。俺はマグナブリルに声をかける。
「おーい、マグナブリル、こっちで一緒に食うか?」
「よろしいのですかな?」
「あぁ、構わん」
「では、失礼して…」
俺の前にはカローラを労わる様にシュリとマリスティーヌが座っているので、俺の隣に
マグナブリルが腰を降ろす。
「イチロー様とこうして肩を並べて食事をするのは初めてですな」
「そうだな、普段は会議の後に食事をする事が多いが、マグナブリルは会議のとりまとめをしているから時間が合わなかったよな」
「そうでしたな」
そんな会話を交わしているとカズオがラーメンを運んでくる。
「トンカツラーメン大マシマシ二丁! 中二丁! あっさりラーメン1丁お待ち!」
俺たちの前にラーメンが並べられる。
「これは…見るだけで…胃が持たそうですな…」
マグナブリルが俺たちのトンカツラーメンを見て眉を顰める。マグナブリルの歳になると見るだけでも毒なのか… ちなみに大マシマシは俺とシュリの分だ。
「うわぁ~! 見て下さい! カローラさんっ! トンカツラーメンですよ!」
「えっ!? なにこれ!? めちゃくちゃこってりにトンカツが載っているんだけど…」
「さぁさぁ! これを食べて元気出してくださいって!」
カローラはたまにシュリに付き合わされて大盛を注文される時があるが、本来は小食であり、いつも無理して死にそうな顔をして平らげている。今回は中だとしても、カローラには厳しそうだな…
「では、麺が伸びんうちに頂くか」
「そうだな、では頂きますっ!」
シュリの言葉に続いて俺はパチンと頂きますの手を叩く。
「「頂きます!」」
俺、マリスティーヌ、シュリ、カローラ、そしてマグナブリルの頂きますの声が食堂に響いた。
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