第529話 ヤバい奴1

「おや、イチロー様、この方をご存じでしたか?」



 現れたヴァンパイアハンターの姿に驚いた俺に、マグナブリルが声を掛ける。



「あぁ…冒険者仲間の間では色々な意味で…有名なヤバい奴だったからな…」


「ヤバい奴?」



 するとマグナブリルに紹介されたヴァンパイアハンターが俺の前に進み出てくる。



「俺はヴァンパイアハンターのジョン・ブラックホークだ…ブラックホークJとでも呼んでくれ」



 フードでも被っている様な複雑な青髪に金眼の切れ長の瞳、革製のロングコートに赤いスカーフという特徴的な姿のヴァンパイアハンター、ジョン・ブラックホークが俺に握手の手を差し出してくる。



「アシヤ領領主のアシヤ・イチローだ。元々冒険者をしていたからジョンの事は良く知っている。俺がいない間に領地の防衛を手助けしてもらったようだな、礼を言う」



 俺は座席から立ち上がりジョンと握手を交わす。コイツは普段は普通の男なんだよな…



「気にするな、ヴァンパイアを駆逐することは俺が生涯を捧げて続ける義務だ…礼を言われるまでも無い… それで…」



 ジョンは俺との握手を終えると、肩越しにカローラを確認した後、カローラに向き直る。



「貴様が…敵に内通の恐れのあるヴァンパイアだな?…」



 ジョンは肉親の敵でも見るような恐ろしい目つきで、縮こまって座るカローラを見下ろす。



「えっ… その… 一体何!?」



 カローラはオドオドと目を泳がせながら、ジョンを見上げる。



「ジョン、カローラはずっと俺と一緒だったし、敵に内通するような器用な奴じゃない! だから止めろっ!」


「いや…俺は自分の手で確かめなければ…ヴァンパイアと同じ空気を吸うことなど納得できない… 立て! ヴァンパイア! お前が本当に敵と内通していないか、人類と敵対するものではないか確かめてやる!」



 軍隊の教官が新人を教育する時のような口調でカローラに言い放つ。カローラは何をされるのか分からず脅えながらも、ジョンの凄まじい威圧にオドオドしながら立ち上がる。


 

 ドスッ!!!



 カローラがソファーから立ち上がるや否や、ジョンはカローラに無言の腹パンを食らわせる。



「かはっ!」



 いくらネームドヴァンパイアのカローラと言えども、脅えた状態で優秀な冒険者のジョンのパンチは避けられず、モロに腹パンを喰らって床に蹲る。 



「あぁ…やっちまったか…」


 

 俺は止めようと伸ばした手を降ろしながら声を漏らす。



「…な…なんで…私…いきなり腹パンされたの…」


  

 カローラは腹パンをされた痛みでぷるぷると震えながら床に蹲って声を上げる。



「ふん、本当に人類に敵意が無いかどうか、貴様の正体を暴く為、この俺の腹パンで見極める! その為なら俺は容赦しない!」


「…いや…だから…なんで…腹パンを…?」


「答える必要は無い!」



 プルプルと床に蹲るカローラにジョンはそう言い放つ。



「前に俺が聞いた時は、嘘をついている人間や敵対心をひた隠しにしている者は、突然の攻撃に回避や反撃をするから、その為のいきなりの無言の腹パンって聞いたんだが… ヴァンパイアと言えども幼女姿のカローラに容赦ねぇな…」


「よく知っていたな、イチロー、この方法で人間を装うヴァンパイアは大体分かる!」


「これでカローラが敵じゃないのは分かっただろう…以降は腹パンは止めてやってくれ…」


 

 いや…大体分かるって… いうかヴァンパイアじゃなく普通の人間だった場合、無言の腹パンをされて疑いが晴れても無事な奴がおらんことが問題だろ…

 ってか、ネームドヴァンパイアであるカローラですら悶絶するほどの腹パンだから、逆に俺がジョンに腹パンでもして『彼女は敵対者ではない』と説明するべきだったか?



「カローラさんっ! 大丈夫ですか!?」



 そんな中、プルプルと床に蹲って悶絶するカローラにマリスティーヌが駆け寄る。



「…大丈夫…じゃない…全然…大丈夫じゃない…」



 カローラは床に顔を伏せながら答える。



「じゃあ、回復魔法を…って…ヴァンパイアのカローラさんに回復魔法って大丈夫なんですか?」


「…回復魔法よりも… もっと…そう…もっと大変な事が…起きそう…」


「あぁ…分かりますよっ! カローラさん、私も初めてジョンさんと一緒に作業をする時に、『念のため…一応確かめさせてもらう…』って、言われてやられましたから… 私の場合はかつ丼を食べたすぐ後だったので上からでしたけど… カローラさんは上ですか?下からですか? どっちですか?」


「………い、言わないと…ダメなの…」


 

 カローラの状況を見る限り、かなりの非常事態ではあるが、流石に女の子だけあって、マリスティーヌの問う、『上からか下からか』は答えられ無い様だ。



「マリスティーヌ… どちらでもいいから、今はカローラを安静に出来る場所へ連れて行ってやれ…大惨事に…カローラの名誉が保てるうちに…」


「あぁ…そ、そうですね… じゃあ、カローラさん行きますよ…って、今の状態では立ち上がれなさそうですね…仕方がありません…」



 マリスティーヌはそう言うと、土下座の様に蹲るカローラの襟首をつかんで、そのままカローラを引きずって部屋から運び出していく。


 その様子に今までカローラに対して疑いの目を持っていたアソシエやネイシュも今は同情して気の毒そうな目でカローラを見送る。



「では、ヴァンパイア対策の報告を続けましょうか」



 そう言ってジョンは何事も無かったような顔で話を続ける。


 お前は確かめる為とは言え、幼女姿のカローラをあんな目に合わせて、人の心とかないんか?


 俺はそんな事を思いながら、ジョンの報告を聞き続けていた。




 

 


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