第525話 アシヤ領の異変
アイリスの事でミリーズと言い合った後、この異世界に帰ってきた事や、自分の領地アシヤ領に向かっている安心感から、少し眠気を感じて昼寝をしていた。だが、腹の空き具合から、目を覚ます。
「ふわぁ~ 良く寝たぁ~」
目を覚ました俺は、盛大に欠伸をしながらぐぐっと背筋を伸ばす。
「あら、イチロー、目が覚めたの?」
聖剣と一緒にBL本を読んでいるミリーズが俺に気がついて声をかけてくる。ってかまたBL本読んでいるのかよ…
カローラとアシュトレトは一緒にカードゲームをやっている様だな…
「やったぁ~! 勝ったぁ~!育成所の女の子たちと一杯練習した甲斐があったぁ~」
「いや~ アシュトレト様~ お強くなられましたね~ 私ではなかなか勝てませんよぉ~」
勝って嬉しがるアシュトレトと対照的に、カローラは卑下た笑みを浮かべながら、カードを片づける。
おい…カローラ、今の場面は手札のトリケライダー出していたら場面を挽回出来ただろ…グラヴィティーホールも持ってたんだし… どんだけアシュトレトに媚び売ってんだよ…
「ところで、窓の外を見るとそろそろ夕方の様だが、どのあたりまで帰ってきてるんだ?」
窓の外はいつもの馬車よりかなり高速で景色が流れており、まるで自動車か電車に乗っている気分だ。でも、朝一にホラリスを出てから確実に日は傾いており、時間的にはそろそろ野営の準備をするか、どこぞの宿場町に滑り込まないといけないだろう。
「そうですね…今、どのあたりまで帰ってきているんでしょうね…」
そう言いながら窓際に座るカローラは視線を窓の外に向ける。
「えっと…あれ? あれれ? もしかして…?
「どうした? カローラ」
「いえ、イチロー様… ここ…もうアシヤ領まで入っている様なんですが…」
「えっ!? マジで!?」
窓際に座るカローラに覆いかぶさる様に俺も窓に張り付いて外を覗く。
「あれってディシーマ山脈ですよね… それにあの辺り…ウリクリへの抜け道じゃないですか?」
「あっホントだ… マジでもうこんな所まで戻ってきているんだな… 行きは俺たちの馬車でも一週間かかったのに、一日でここまで来れるって… この馬車、スゲー早いな…」
現代技術を取り入れた馬車でドヤっていたけど、まさか異世界技術で捲き返されるとは…
「それは、この馬車は本来教皇専用の馬車ですからね、大陸全土を統括する教会の教皇ともなると何ケ月もかけて移動できないから、大陸の叡智の術を集めて作られたのよ」
ミリーズがちょっとドヤ顔で説明する。
「うーん…カローラ城に突いたらすぐに引き返すって話だったけど… 引き返す前に、ディートたち技術屋たちに見せて技術を盗めたらいいんだが…」
「ん? あれ? ちょっといいですか? イチロー様」
カローラがクイクイと袖を引っ張ってくる。
「あ? なんだ、カローラ」
「もうアシヤ領に入って、郊外の農村が見えているんですが…ちょっとおかしいんですよ…」
「おかしいって、何が?」
再びカローラに覆いかぶさる様に一緒になって窓の外を見る。
「今のぐらいの時間帯なら、農作業を終えて家に帰る人の姿が見えるはずなんですが、殆ど見えないんですよ… なんか人気が無いと言うか…村全体がもぬけの殻って感じで…」
「確かにそうだな… 人気が全く見当たらないし… それに夕食時の竈の煙が全く見えないな…」
異世界は現代日本と違って、ガスや電気を使って料理をしない、そして、食中毒の危険から宮廷料理以外、特に農村部では必ず食品に火を通す。だから、薪を使って火をおこして調理するので必ず竈の煙が上がるはずだ。
「私、何も連絡を受けてなかったんだけど…もしかして、イチローが消えている間に魔族の襲撃があったのでは?」
この状況にミリーズも流石にBL本から目を上げて話しかけてくる。
「どうだろう…馬車に乗った状況では詳細は分らんが、でもここから見ている限り家屋が壊された形跡が見えないんだよな… まるで人だけが消えた様な状況なんだ…」
なんだかNPCが配置されていないマップの様に見える。
「イチロー、馬車を停車してもらって村を調査してみる?」
「うーん… いや、もうここまで帰ってきているんだから、城まで辿り着いて城にいる物から事情を聞く方が速そうだ。ここだけじゃなく、他の地域も心配だからな…」
こんな不可解な現象がここだけとは思えないし、城に蟻族やエイミーがいる状況であのマグナブリルが、この状況を把握しておらず放置しているとも思えない。
「確かに城に辿り着いて皆から事情を聴く方が早そうね、この場所でこの馬車なら停車して調査するより城に辿り着く方が速そうだから」
そう言う訳で、皆それぞれの暇つぶしの手を止めて、窓の外の様子を伺う。
「聖剣…」
「なによ、イチロー」
俺は肩越しに振りかって聖剣に声をかける。
「お前は魔族の気配を感じたりしないか?」
「私は確かに神秘の存在だけど…近距離ならまだしも地域規模で魔族の存在を認知できるような便利グッズじゃないわよ」
「流石に聖剣でも無理か…」
「あっ! イチロー様! 城が見えてきましたよ?」
カローラが声を上げたので俺も視線を窓の外に戻す。
「あれ… 私の城なんですけど… なんだか、周りおかしくないですか?」
「なんだ?あれ… いつぞやのハニバルみたく城の周りに仮設テントと言うか… 集落ができてないか?」
カローラ城は元々イアピースの厄介者の王族を隔離する別荘のような城なので、普通の城のような城下町の様な物は無かった。俺がホラリスに出発する前も当然そんなものは無く、近くにあるのはビアンのガラス工房と、シュリの家庭菜園ぐらいなもので、周囲の民家は北海道の隣家ぐらい離れていたはずだ。
なのに、今では仮設テントが立ち並び、所々民家が建築され始めている。その民家も一つや二つではなく結構な数建ち並んでいる。
「とりあえず、城に入って詳しく事情を聴く必要がありそうだな…」
独り言のように呟く俺。そして馬車は城を目指して進んでいくのであった。
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