第524話 お持ち帰り?それとも…

 あの後、前教皇アリスとの話し合いは、前教皇が体調を崩し始めたので切り上げられた。どうやら魔法で若い身体を維持していた反動が大きいようだ。


 しかし、あの会見で今回の不祥事の事で被害者である俺に対しての謝罪が正式に受け入れられたという事になったそうだ。それに伴い暫定的に仮の教皇として祭り上げられていたアイリスは教皇の座を降ろされ、俺を現代日本に飛ばしたカール卿派の討伐に功績があったスタインバーガー枢機卿が次期教皇になるらしい。


 実際に討伐戦に於いて爺さん枢機卿たちの方が功績を上げたそうなのだが、『自分たちはもう歳だし柄ではない、それよりも前教皇アリスの看病に当たりたい』との事だった。


 というわけでお払い箱になったアイリスはどうしているかと言うと…


 カローラ城に向かう馬車の中で、目隠しとヘッドホンの様な物をつけて俺の前に座っている。尚、この馬車は俺たちがアシヤ領に帰るために教会が貸し出してくれた教皇専用の馬車で、魔法技術をふんだんに使っており、速度や乗り心地に関してもディートやビアン、ロレンスに改良してもらった馬車よりも数段上だ。


 うーん、俺が記憶していた現代技術を使ったうちの馬車よりも早くて乗り心地が良いとは… この世界の技術もなかなか侮れないな…


 まぁ、兎に角、謝罪の一環として俺をアシヤ領まで送り届けるのも含まれているということだ。


「ねぇねぇ、マスターイチロー様」


 左隣に座っていたアシュトレトが声をかけてくる。


「なんだ? アシュトレト」


「なんでこの人までイチロー様についてきているんですか?」


 そう言ってアイマスクとヘッドホンを付けたアイリスを指差す。


「それに、どうしてアイマスクとヘッドホンをつけているんですか?」


 右隣に座っていたカローラが聞いてくる。


 それらの質問に俺は大きくため息をついて少し項垂れる。


「ちょっとな…アイリスは俺の姿や声を聞くとまともにいられなくなるから、仕方なくアイマスクとヘッドホンを付けてもらっているんだよ…」


「イチロー様の姿と声でまともにいられなくなるなら、なんでアシヤ領に連れて帰るんですか?」


 カローラは更に質問を重ねてくる。


「それはイチローがやり過ぎたからよ…」


 アイリスの隣に座るミリーズがむっとした顔で俺を睨みながら声を上げる。


「いや…俺もここまでなるとは思ってなかったんだよ…不可抗力だ…」


「可抗力よ! おぼこ相手に一日半もイチローが本気を出せばこんなことになることぐらい分かっていたでしょ!」


「つまりどういう事?」


 アシュトレトが首を傾げてミリーズに尋ねる。


「アイリスはイチローの声や姿をみると条件反射で性的興奮をするようになってしまったのよ…」


 そう言ってミリーズが頭を抱える。


「えぇぇ~ じゃあ、なおさらアシヤ領に連れ帰らず、ホラリスに残しておいた方が良いんじゃ…」


 カローラが顔を引きつらせる。


「そうしたいのは山々なんだけど…アイリスもアイリスでもう…イチロー無しでは生きていられない身体になってしまったのよ…」


「エェェ~ そんなに?」


「そうよ… 先日の前教皇の会合の時もアイリスが一番後ろを歩いていたから気が付かなかったけど、アイリスの歩いた後がなめくじか蝸牛が這った後のようになっていたのよ…」


「なんで、なめくじや蝸牛みたいになっているの?」


 アシュトレトがミリーズに子供の疑問のように尋ねると、ミリーズは項垂れた頭をそのままに目だけどギョロリとアシュトレトに向ける。


「…愛液よ…」


「はぁ?」


「だから…アイリスはイチローの姿見たり声を聞く度に愛液を漏らす…いや垂れ流すような身体になってしまったのよ… 会合が終わった後の椅子も愛液だらけで… 前教皇様から、アイリスを椅子ごとくれてやるからどうにかしてくれって言われたのよ…」


 そう言ってミリーズは恨めしそうな顔をして俺を睨みつける。


「いや…確かにアイリスがこうなる切っ掛けを作ったのは俺だけど… なめくじ状態になっているのはアイリスの…」


「切っ掛けみたいな生易しいものじゃなくて、完全にイチローが塗り替えたんでしょっ!! 折角、久しぶりにホラリスに戻っていたのに… 恥ずかしくてもうホラリスにいけなくなったじゃない…」

 

 そう言ってミリーズは顔に手を当ててすすり泣き始める。


「まぁまぁ~ 長い人生、旅をしていたら二度といけなる場所ぐらい誰にでもある… 俺だって色々あってフェインとかその前の宿場町にはいけなくなったからな…」


 街中で合唱していたのを街の人々からスタンディングオベーションされたり、公衆の面前でハバナと北方拳プレイしたところを見られたり…色々あったな…


「そんな簡単な問題じゃないのよっ!!」


 俺の言葉が癇に障ったようでミリーズが顔を上げ声を荒げる。


「あそこでしか買えないBL本があるのに…私はこれから何を糧に生きていけばいいのよっ!!」


「おまっ! 怒る理由がBL本かよっ! しかも糧って… 普通にカズオ飯でもくっとけよ!」


「身体の栄養の事をいっているのではないの! 心の栄養の事を言っているのよ!! BLはそれだけ尊いものなのよっ!!」


「しらねぇーよっ!!」


 俺とミリーズが声を荒げて言い争っていると、今まで沈黙を保っていたアイリスがピクリと動く。



「あっ… イチロー様の声が聞こえる…」



 アイリスはそう言うと顔が高揚していき、息が荒くなり始める。


 その様子にマズいと思った俺とミリーズは声を潜めて縮こまる。すると今度は今までじっとしていた聖剣まで表に出て着る。


「大変な事になっているようね」


「せ、聖剣様…」


「安心してミリーズ…ホラリスで買えなくても、私が異世界から持ち帰った数々のBL本があるわ! ちゃんと貴方にも全て見せてあげるから安心して」


「せ! 聖剣様! それは本当ですかっ!」


 ミリーズは聖剣に縋りつく。


「えぇ、本当よ! どうせなら異世界のBL文化を翻訳して、世に広めましょう!」


「素晴らしい考えですわ!! アシヤ領をBL文化の中心地に致しましょう!」


 そうして二人はハグっと抱き締め合う。


「…止めてくれ… 俺の領地をそんな池袋の乙女ロードみたいにするのはマジで止めてくれよ…」


 俺は一人ポツリと呟いた…


 

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