第523話 教えてくれ…マイSONよ…

「どうぞ、そちらにおかけ下さい」


 そう言ってベッドの上の女性、前教皇アリスは俺たちに椅子をすすめてくる。


「あぁ…」


 よぼよぼの爺さんから呼び出されたと思っていた俺は、予想の姿とは全く異なる前教皇の姿に困惑しながらも、勧められた通りベッドの辺りにある椅子に腰を降ろす。


「ベッドの上からで大変申し訳ございませんんが、先ずは教会の者が聖剣の勇者イチロー様に大変な不祥事を起こしてしまった事に関して、前教皇の立場からお詫びを申し上げます…」


 そう言ってベッドの上から俺に対して深々と頭を下げる。


「いやいや、そんなに頭を下げなくても構いませんよ… こうして無事に戻ってくることも出来ましたし、既に終わった事で、現教皇からも謝罪はされましたので…」


 そう言って、俺はチラリとアイリスを見る。するとアイリスは熱のこもった瞳で高揚しながら俺を見つめている… ちょっと…いや、かなりやり過ぎてしまったな…


「フフフ、やはり私の予想通りにアイリスの事はお気に入りいただけたようですね…」


 俺がアイリスをチラ見している所を見て、前教皇は思わせぶりな言葉と笑みを作る。


「予想通りって…どういうこと?」


 俺は前教皇に説明を求める。


「そうですね、説明が必要ですよね… それではお話いたします」


 そう言って前教皇は柔和な表情で俺に向き直る。


「勇者イチロー様、貴方様の事は私の部下によってどの様な人物であったか事細かに報告を受けておりました…」


 事細かにって…一体どのあたりまで知っているのだろうか… もしかして、あの村の事も知っているとか? …ちょっと恐ろしく確認することは出来ないな…


「そして、あの事件が起きました… イチロー様が強制転移させられた事件です… あの事件は被害者であり当事者であるイチロー様が思っている以上に重大な事件でございます。魔王に対する決定打となる聖剣の勇者の強制転移… これは人類に対する完全な敵対行為… しかもそれを教会内部で起きたとなれば、教会と魔族が共謀して世界を混沌に貶めていると受け取られかねない事態です。現にそうなりかけました…」


 まぁ、飛ばされていた俺自身は、状況を把握するのに必死だったし、その後、現代日本で生活しながらこっちに戻る事に精一杯で、こちらの状況なんて考えている余裕なんてなかったからな… しかし、教会からすればそんなに大変な立場になっていたんだろうな…


「そういう事情もあって、私自身が問題解決の最前線に立たなければ教会の未来は無いと考えました。しかし、相手は世界を超える強制転移まで扱う強敵… 教皇である私であっても無事にいられるとは思えません… だから、私に万が一の事が会った時の事を考え、そこにいるアイリスを仮の教皇に付けたのです」


「…相手が強大な敵だと分かって、自分自身が最前線に出なければならない理由も分かりますし、自分に万が一の事を考え、予め次期教皇を決めておくのも理解できます… でも、なんでアイリスだったんですか?」


「その理由はイチロー様ご本人の方がご納得なさっているのではないですか?」


 そう言って前教皇は俺とアイリスを見る。


 俺もアイリスの顔を見るが、以前の無感情の人形のようなアイリスの面影は一欠けらも無く、女…いや今も発情中のメスの顔をしている… まぁ、こうしたのは俺であるが…あの人形のようなアイリスが教皇になってメス堕ちしていくのは…そそられたよな… もしかして、その事を言っているのか?


 俺はそんな俺の嗜好に関することを見透かされているのかと驚き、前教皇に向き直ると先程と同じ柔和な笑みを浮かべている…


 ちょっと、この笑みが怖くなってきたな…



「まぁ… 本来、私が無事であれば、この私自身をイチロー様に謝罪の供物として捧げるつもりでありましたが…」


 そう言って自らを指し示す様に胸に手を当てる。


「しかし、カール卿との戦いにおいて、互いに禁呪を掛け合った為に、私はこの様な姿になってしまいました…」


「禁呪と今の御姿にどの様な関係が?」


「禁呪とは自分の命をかけて相手の魔法行為を禁じる呪文です… この禁呪をかけられた者は術者が生きている限り、神聖魔法であろうが一般魔法であろうが一切の魔法を使う事が出来ません… 本来はカール卿の魔法を封じた所で、供の者が止めを刺す所でしたが… カール卿に使い魔を使われて逃げられてしまったのです… なので、カール卿によって魔法を禁じられた私は魔法で維持していた姿を保つことが出来なくなって… 本来の年齢の姿へと急速に老化し始めているのです…」


「えっ!? 魔法で維持していた姿が保てなくなって老化し始めている!? すると以前の姿はもっと若かったって事!?」


 俺は目を皿の様に見開いて驚く。


「えぇ…そうよ、教皇様に謁見できるのは限られた一部の者だけで、聖女の私や枢機卿の方々は本来の枢機卿の御姿を知っているわ… 本来の御姿はそこにいるアイリス様と同じか少し若いぐらいの…」


 俺の言葉にミリーズが説明する。


「本来はアイリスと同じがそれよりも若いって!? ちょっと待ってくれ!! 確か、収納魔法の中に…」


 俺は収納魔法の中からとあるカードを取り出す。


「このカードの人物ってもしかして!?」


「あら、確かにそのカードの絵は私のものですね… 身分を偽って歌唱コンクールで優勝した時のものですね… そんなものが出回っていたなんて…」


 俺は視線をカードと教皇の間を何度も往復させる…


 イチロー…落ち着くんだイチロー… KOOL…いやCOOLになれ… 姿は絶世の美少女でも実年齢は70代… でも実年齢でいうと長命種のエルフとかはどうなる!? それにヴァンパイアやドラゴンなどの種族は!? 


 分からんっ! 全く分からん! まるでスゲーうまそうだけど、カレー味のうんこかうんこ味のカレーを食えと言われている様なものだ…



 教えてくれ…マイSONよ… 俺はどうすればいいんだ!?


 だが…マイSONは何も答えてくれない…



「どちらにしろ…私自身がこの様な事態になる事を想定していたので、保険としてアイリスを仮の教皇として指名したのです」


 前教皇はベッドの上で淡々と言い放つ。


「ちょっと待って下さいっ! 教皇様っ! 私はイ…イチロー様に供物にされるために… 仮の教皇に指名されたのですかっ!?」


 話を聞いていたアイリスが教皇に対して声を荒げる。


「そうですよ」


 声を荒げるアイリスに対して前教皇アリスは淡々…いや冷淡に答える。


「そもそも貴方は聖剣様の担当という立場を傘に着て色々と行っていたようですね…」


「い、いや…それは…」


 全てを見透かす様な前教皇アリスの言葉に、アイリスは色を失い始める。


「私の聞いた話によると、以前聖剣の保管室で乱暴を働いた者も貴方の最期の一言で我を失ったと聞いております。また、聖剣取得に来られた王族、貴族の方々からの貢物を全て自分の懐に納めていたそうですね…」


 前教皇アリスの言葉に、アイリスは顔を真っ青にしてマナーモードのスマホの様にガタガタと震えだす。


「なのでそれらの罪滅ぼし…贖罪として今回のイチロー様に対する謝罪の供物として、貴方を仮の教皇に指名したのです… 理解して頂けましたか? アイリス」

 

「はい…」


 アイリスは項垂れたまま小さく答える。


 すると前教皇アリスは今度は俺の方に向き直る。


「聖剣の勇者イチロー様に置かれましても、この度の教会の不祥事についての謝罪、そしてそれに伴う謝罪の供物、ご納得いただけましたか?」


 前教皇アリスはにこやかな笑みをこちらに向けてくる。


「あっはい… 納得致しております…」


 アイリスを一日半も味わった俺にはそう返すしか他無かった…



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