第519話 教皇アイリス

 次の日、朝食を済ませて、まだ積もる話もあるので、盗み聞きの恐れのない応接室に移動してお茶をしていた。


「やっぱり聖女候補生育成所だけあって、朝も早いし朝食も質素だったな… まぁ、小さな女の子たちがいる手前、俺たちだけ豪華な食事をする訳にもいかないが…」


「そうね、私もカローラ城でカズオさんの食事に慣れてしまっていたから、久しぶりに食べた時は昔は良くこんな食事で満足していたものだと驚いたほどよ」


 元ここで暮らしていたミリーズからしてもカズオ飯で肥えた舌では、ここの食事は辛い様だ。


「となると…ここでの用事をさっさと済ませて早くカローラ城に戻りたいな… もう勝手に謝罪を受けて許したって事にして帰るってのはどうだ?」


「ダメよ、イチローの気持ちは分かるけど、後でしたしてないとか、条件とかで揉めるのは面倒だからちゃんと正式な手続きを受けて頂戴」


「やっぱりそうだよな…で、教皇がくるのはいつになるんだ? 向こうが来るまで動けないというのは面倒なんだが…」


 宅急便から荷物が届く通知は受けたのに、配達時間の指定が無くて待っている様な気分になる。現代日本にいた時にPCパーツのM.2をジャングルで買った時に、夕方に届いて取り付けようとしたら、取り付けるネジと精密ドライバーがなくて時間ギリギリでパソコンショップに買いに出かけた記憶がよみがえる。


「そうね… 暫定の教皇と言えど、教皇には変わりないから準備に時間が掛かると思うから… 向こうから予定の連絡があると思うからそれを見て行動すればいいんじゃない?」


「そうなんだ… じゃあ別にすぐ来るわけじゃないから、予定の連絡が来るまで自由にしてていいって事か? ちゃんと俺が帰還した事はつたわっているんだろ?」


 俺は今日来るものと思っていたのに、ミリーズの話では事前に訪問予定の連絡が来るとの事なので、今日はもう来ないものだと思い、ソファーから立ち上がろうとする。


 すると部屋の扉がトントンとノックされる。


「勇者イチロー様、聖女ミリーズ様、アイリス教皇猊下が来られました」


「は?」


「えっ? 先触れ無しに?」


 俺もミリーズも教皇の来訪の知らせに、ハトが豆鉄砲を喰らった顔をする。


「えぇ、教皇猊下が大荷物を携えてお越しです。お通ししてもよろしいですか?」


「お通しするも何も… 追い返す訳もいかないし理由も無いわな」


 今は朝の7時、そんな時間に先ぶれも無く大荷物を携えてやってきたんだから、恐らく、昨日俺の帰還の知らせを受けて慌てて準備をしてやってきたのであろう。しかし、今の教皇がアイリスになっているとはいえ、俺に対してかなり下手に対応してくるな… まるでお得意さんに対するクレーム処理のようだ。


「では、お通ししてよろしいですね?」


「あぁ、通してくれ」


 俺がそう答えると部屋の扉が開き、荷物を抱えた下級神官たちが次々と部屋の中に入ってきて荷物を降ろしていく。


「えっ? なにごと?」


 まるで神官を使った引っ越しのように次々と荷物を運びこんでくるのだが、その荷物と言うのは、どれ一つとっても最高級の美術品や工芸品、武器や防具だ。なんでそんなものが次々と運び込まれて来るのか意味がわからない…


 そんな感じに俺が困惑していると、荷物を運び込んでいた神官たち全員が退室し、その後に今から自殺でもしそうな暗い顔をしながら小刻みに震え憔悴しきった豪華な教皇の衣装をまとったアイリスが部屋に入ってきて、チラリと俺の姿を確認する成り、バタっと床に直接土下座しながら座り込み、掌を上に開いて両腕を伸ばして頭を下げ始める。



「どうか…どうか… お許しください… 聖剣の勇者…イチロー様…」


「えっ!? アイリス? アイリスだよな… なんでいきなり土下座!? しかもお前までネフェルピトー土下座なんだよ…」



 衣装は確かに豪華になっていて、猛獣に睨まれた小動物の様に震えているが、声を聞く限りあの聖剣の担当をしていたアイリスである。



「ちょっと、あなた…本当にアイリスよね? どうしたって言うのよ…」



 アイリスのあまりの変わり様に俺の中でじっとしていた聖剣が表に出て来て、俺の中で読んでいたと思われる本をテーブルの上に置いてアイリスに向き直る。



「あっ… 聖剣様… これは御久しゅうございます…」



 そんな聖剣にアイリスはチラリと上目遣いで一瞥して再び頭を床に下げる。



「久しぶりは久しぶりだけど… 私の前では感情を持たない人形のようだった貴方がどうしてそこまで憔悴しながら下手に出ているのよ…仮にも教皇になったんでしょ?」


「そ…その…教皇になったからですよ… 前教皇様が私がいるから大丈夫って仰ったので引き受けたんですけど… 前教皇様はカール卿との戦いで寝たきりになってしまわれて… その上でグダグダになった教会内を収拾しろと皆からせっつかれますし… 謝罪をすれば全てが終わると言っても… その…」


 アイリスは地面に這いつくばったままチラリと俺を見る。


「なるほど… 私の取得の時に私の権力の笠に着て、調子に乗って面白がって散々嫌味を言い散らかしてきたわよね… 今更どの面下げてって事になるわね…」


「おいっ! あれってわざと面白がってやっていたのかよっ!!」


「はい… その通りでございます… 聖剣の勇者…イチロー様…」


 そう言って、アイリスはこれでもかっていうぐらいに床に額を擦り付ける。


「その上で…この度の教会の不祥事…何卒…何卒…お許しいただけないでしょうか…」


「いや…そう言われてもなぁ…」


 恐らくアイリスは首謀者の洗い出しが終わった後、教会内部の収拾も、そして俺に対する謝罪も前教皇がやってくれると思っていたのだろう。それが首謀者カール卿との戦いで前教皇が寝たきりになってしまったので、自ら矢面に立たなくてはならなくなったので思惑が外れて憔悴しているのであろう…


 まぁ、教会やアイリスに対して多少の憤りはあったのは確かであるが… ここまで遜った謝罪の姿を見せつけられると、怒る気力が湧いてこない。ここはさっさと謝罪を受け入れてとっとと皆のいるカローラ城に戻るとするか…


「ここに教会が所蔵する最高級の美術品・財宝・武具などを用意いたしました… 聖剣の勇者イチロー様のお望みの品を献上する所存でございます… なので…何でもしますから… 何卒…何卒、今回の件、教会に対する留飲をお下げ頂き、教会の謝罪を受け入れてはもらえないでしょうか… ホント…私に出来る事であれば…何でもしますので…」


 半ば気力を失い興味を削がれていた俺に、アイリスの言葉にピクリと食指が反応する。



「何でも…するだと…?」



 俺は自分でも口角がやらしく上がっていくのが分かった。




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