第518話 秘密の共謀者

 暫定とは言え、教会のトップである教皇の謝罪… その謝罪の目的が俺に対する真摯な謝罪ではなく、対外的に教会が自浄作用がある事を示す為の物だとしても… 結構、大事になって来たな… 俺としては、まぁ形だけでいいからケジメの謝罪はしてもらって、早く仲間たちに顔を見せて安心させてやりたいのだが…


 とりあえず帰還したばかりという事で、今日はこの聖女候補生育成所でゆっくりと休むことになり、明日、教皇側からこちらに出向いて謝罪するという運びになった。その教皇ってのが、以前聖剣の時に世話になったアイリスという話なので奇妙な縁だと思う。


 まぁようやく帰ってきたこの異世界であるが、アシヤ領またはカローラ城、いつもの馬車の中ではないので実家のような安心感はまだ感じられない。帰省の感覚で言えば、最寄り駅を降りた所みたいなものだ。でも、ミリーズやベータ、アシュトレトの姿がある事が帰って来た感触を感じさせる。こう思うこと自体、もう俺の帰るべき故郷は現代日本ではなく、こちらの世界という事なのであろう。



「ところで、イチロー」


 院長が退室して俺たち身内の人間になってから、ミリーズが改めて真剣な顔をして俺に向き直る。


「どうしたミリーズ」


「イチロー達は今までどこに飛ばされていたの? そして、どうやって帰って来たの?」


 この世界に帰還して、仲間と再会した時に必ず尋ねられるであろうと想定していた事だ。しかもその最初に再会した相手がミリーズというのが一番最適の人物だと思われる。


 俺はミリーズを見つめたまま、無言でその手を握る。


「えっ!? なに? イチロー… そんな… カローラちゃんやベータ、アシュトレトのいる前で…いきなり!?」


 そう言って頬を赤らめる。


「いや、ちげーよっ! いや、それはそれで…後でたっぷりねっとりと… じゃなくて… 教会のとっておきの念話があっただろ? それを使えって事だよ」


「あぁ…念話ね… それならそうと早く言ってよ…」


 ミリーズの念話は脳内で直接話し合うというよりも、ミリーズ側で勝手に俺の思考を読み取って話しかけるというものだ。つまりミリーズに対してだけは隠し事が出来ない。


 だから俺とカローラが現代日本に飛ばされていた事、またそこが俺の元居た世界であり、この世界の遥未来の世界であること、そこから天文学的年月を経て神格化したアシュトレトによってこの世界に戻してもらった事を思い描く。


 俺の思考を読み取っていくミリーズは最初の内は物珍しい光景に好奇心を躍らせていたが、あまりにも文明・技術の格差に気が付き、そして最終的にミュリの隠れ家で世界の真実に気が付き、また神格化したアシュトレトが降臨したところで、驚愕の表情を浮かべる。



「何これ… うそでしょ!?」



 そう言ってミリーズはぽかんとしているアシュトレトを凝視する。

 

 俺とミリーズだけで念話でやり取りしているので、周りの人間にはミリーズが突然驚愕した表情をしたように見えるだろう。



「いや、マジだぞミリーズ… ってことで、俺とカローラが俺のいた世界に飛ばされていたって事は他の皆にも話そうとは考えているが…」

『その世界がこの世界の遥か未来の世界という事と、一億二千万年の時を経て神格化したアシュトレトの力を借りて帰って来たという事は、あまり皆には話せないと思うんだ…』


 俺は実際に口にする言葉と、念話の両方を使って今回の事情をミリーズに説明する。


 ミリーズはアシュトレトを見た後、俺を睨み、そして、目を閉じてはぁと溜息をつく。



『イチロー…とんでもない情報を教えてくれたわね… なんだかこの情報を教えられる事で共犯者に仕立てられた気分だわ…』


 そう言ってミリーズは少し頭を抱える。


『だろ? 俺のいた世界とこの世界の時間的なつながりと、アシュトレトの事はあまり皆には言わない方がいいと思うんだ。他にも色々と皆に話しても良い内容と悪い内容をミリーズも一緒に考えてもらえないか?』


『本当に共犯者状態ね…』


 ミリーズは恨めしそうな顔をしてキッと俺を睨んでくる。


『とりあえず… イチローが元の世界に戻っていたという事は皆に話しても良いと思うけど… その世界がこの世界の遥か未来の世界…そして神格化したアシュトレトの力によって帰って来た事は言わない方が良いわね…』


『やっぱりミリーズもそう思うか?』


『えぇ…だって…』


 そう言ってミリーズは視線をカローラに移す。


「アシュトレト様…このお菓子はいかがですか? 多分、大層気に入られると思われるのですが… おっと、グラスが空になっていましたね…お注ぎ致します」


 カローラがそう言って、時代劇の悪徳商人卑下た笑みを浮かべながら悪徳代官に接待するようにアシュトレトに現代日本で買ってきた菓子とジュースをすすめている。


「皆とまでは言わないけど… あんな感じにアシュトレトちゃんに接する人間が増えると思うわ…」


「まぁ…ここまで露骨に態度を変えるのはカローラぐらいだと思うけどな… 元々、他の奴らは相手によってそんな態度を変える性格でもないし、アシュトレトが神格化する前に寿命が尽きるからな… あっ…なるほど…人間からみれば不死に近いヴァンパイアだからカローラはアシュトレトに媚びを売っているのか… となるとドラゴンの寿命を持つシュリも…いや、あいつは絶対に態度を変えないだろうな…」


「私もそう思うわ… シュリちゃんなら逆に神格化する前にちゃんと躾をしておかないと碌な神にならないと言って、余計に厳しく躾けそうね…」


 俺はミリーズの言葉に同意して頷く。


 その他、向こうでの土産話をしたり、逆にこちら側の様子を聞いたりしながら時間を過ごし、この聖女候補生育成所で一夜を過ごす事となった。ここでの夕食は聖女候補生育成所という事もあって、質素であり。


 カローラと二人してカズオ飯を食べたいというと、ミリーズ達も同意していた。

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