第517話 首謀者と収束の条件
フランソワ院長は僅かに口元を引き締めて俺を見つめる。まぁ、聖女のミリーズにとっても教会の不祥事は話しにくいであろうが、立場としては俺側の人間だ。しかし、フランソワ院長は完全に教会側の人間なので身内の不祥事は話しにくいだろう。だが、院長の正義感からくる覚悟の現れなのだ。
「教会側はカーバルの七賢者の発表や、イアピースなどの東側諸国の表明を受け、教皇様…今となっては前教皇様ですが、その事実を認め受け入れると表明し、即座に前教皇様はその責任をとってその教皇の座を退かれました…」
いや…組織のトップが責任を取るのは当然の事だが、教皇の座を退いた程度でどうこうなる問題でもないだろ… 確かに組織の管理責任は組織のトップである教皇が負うべきものだが、それは管理者としての責任であって、教会が犯した罪に対する責任はまだ果していない… それだけじゃ、それ以降の責任問題から教皇が逃げ出したと言っても差支えない…
「教皇様が責任問題から逃げ出したと思われるでしょうが、そうではありません…」
院長の続く言葉に、俺の胸の内を覗いていたみたいで俺は内心、ドキリと驚く。
「前教皇様が退位された後、今回の問題解決の最前線につくと表明されました。そして、実際に今回の悪行を企てた者たちの次々と洗い出し、その首謀者である枢機卿の一人カール卿まで辿り着きました」
「えっ? 教皇自ら最前線に? 随分と武闘派というか腰の軽い教皇だな… 俺は教皇の事全く知らないけど、若い教皇なのか?」
「いいえ… 私より六歳年上なので今年で72歳になられるはずです…」
「72歳…」
当事者であり被害者である俺からすれば、子供の仕出かした悪戯を親が叱りつけるような最低限の事で、その上で親に文句を言いたくなる状況であるが、流石に72歳の老体に鞭うって次回の解決に動いた人物に対して追撃の苦情を言う気にはなれない…
「それで、今回の首謀者であるカールとやらを捕まえて決着がついたのか?」
「いえ…それが… 共謀者の枢機卿や司教たちは捕縛や討伐したものの、肝心のカール卿に関しては…教皇様とカール卿との相討ちと言う形に…」
「えっ!? 教皇とカールは共に死んだのか!?」
「いえ… 共に自分が生きている限り相手の力を封じる神聖魔法によって、共に力を失い… カール卿は使い魔を使ってその場を逃亡し、教皇様は今まで神聖魔法で延命や体調を維持して戦っていたのですが…それが出来なくなって床に臥せることになりました…」
そう言ってフランソワ院長は悲し気な瞳で少し顔を伏せる。
なるほど… 老齢から来る衰えや体調不良を神聖魔法を使い続けて戦っていた訳か… 教皇みたいな高位の神聖魔法を使うものだから延命措置も魔法でしていたかもしれんな… しかし、どの程度の神聖魔法を使っていたのか分からんが、俺で例えるならずっと筋肉強化や心肺機能強化を使い続けていたようなもんだろうな…どちらにしろ相当な神聖魔法の使い手だ。
「…事情は分かった… その前教皇様ってのは相当な人物なんだろうな… だから自ら陣頭指揮に立ったのは分かるけど… 教皇の地位を退位するのは問題を解決してからでも良かったんじゃないのか? それと今はどんな人物が教皇についているんだ?」
「それは在位中の教皇様が亡くなると、次の教皇の座を狙って別の混乱が教会内に広がるのを危惧されたからだと思います。そして、前教皇様が暫定的に次の教皇に選んだのが、イチロー様もご存じのアイリスでございます」
「えっ!? アイリスって!? あの聖剣の管理をしていたアイリスが!?」
俺は次期教皇が俺の知らない人物か、知っていてもあの爺さん枢機卿だと思っていたのでアイリスの名を聞いて目を丸くして驚く。
「アイリスって枢機卿みたいに地位の高い人物ではなく普通に修道女レベルの人間だろ? どうしてそんな人物を教皇に付けたんだよ」
「暫定的に次期教皇を枢機卿から選ぶには、まだ誰が事件の犯人・共謀者と分からない状態だったのと、どちらにしろ事態が収束するまでの暫定教皇なので神輿は軽い方が降ろしやすいという事で… 事態の収束後はまた別の人物が新しい教皇に就任します」
なるほど…とりあえず自分が教皇のまま討ち死にするのは問題なので、御しやすい教皇を後釜に据えた訳か… しかし、降ろされる前提で教皇の座に付けられるのも嫌だな… だからあのアイリスがその役目に付けられたのか…
「で、事態が収束したらまた新しい教皇を決めると言っていたけど… 話を聞く限りカールって首謀者には逃げられているんだから、何を持って事態の収束にするんだ?」
すると院長とミリーズが互いに目配せをしたのち、二人して俺に向き直る。
「イチロー、それは貴方よ」
「俺? どういう意味だ?」
意味の分からない返し方をすると、院長が答える。
「それは、勇者イチロー様、貴方の帰還とそして、教会からの公式謝罪を貴方様が受け入れるかどうかです」
「俺の帰還と教会からの謝罪を受け入れる事が事態の収束? って事は…教皇が俺に謝罪するってことか?」
確かに俺からすれば俺は教会から飛ばされた被害者であるけど、仮の立場であっても大陸を統べる教会のトップの教皇から謝罪されるって、教会程の組織にとってはかなり大事だと思うのだが…
「そうです… 教会内部から人類に対する敵対者を出すという事はそれだけの不祥事なのです… ここで教会が自らの襟を正せなくては、人々は最後の依る術を失い何も信じられなくなり善悪の道理や人として生きる為の道を見失う事になります… その為のケジメがイチロー様に対する謝罪なのです…」
院長は真剣な眼差しで俺を見つめてきた。
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