第515話 聖女候補生育成所

 ミリーズは無言のまま俺たちの先を歩き、目的地へと案内していく。人通りが疎らな敷地、所々壊れた建物… それらの状況に無言で歩き続けるミリーズの後ろ姿には言葉にせずとも様々な感情や思いがある事を感じられて、俺も不用意に辺りの環境に感想を述べる事は憚られた。


 そして、とある分かれ道で以前俺たちが使っていた宿泊施設に向かう方向とは別方向にミリーズが曲がり始める。



「あれ? こっちじゃないの?」



 そんなミリーズに俺は黙っていたがカローラが声をあげる。すると、ミリーズはチラリと肩越しに振り向いて歩きながら答える。



「えぇ、以前使っていた宿泊施設はもう使えなくなったから別の場所を使っているのよ」



 ミリーズはカローラに微笑みを浮かべて答えたが、その微笑みには一抹の悲しさや虚しさが含まれていた事に俺は気が付く。すると今度は俺とカローラの後ろを歩くベータが声を上げる。



「安心してください、キング・イチロー様とカローラ様の荷物もちゃんと、新しい宿泊場所に移動して補完していますから」


「そうなんだ…ちゃんと補完してくれているんだ…」



 ベータの言葉にカローラは安心したように答えるが、だが少し何か引っかかるような顔をしながら歩き続ける。そして、暫く歩いた後…



「あっ!!」



 と何かを思い出してカローラが声をあげる。



「どうした?カローラ」


「カードですよ! カードっ! 私が転移する前に引き当てたカードっ!! それもウルトラSSRのっ!!」


 

 どうしたと尋ねる俺にカローラは鼻息を荒くする。確かに転移する前にようやくSSRのカードを引き当てて式典の最中なのに駆け寄って来たんだったな…



「カローラちゃん、それなら大丈夫よ」



 ミリーズが振り返って答える。



「大丈夫って?」


「カローラちゃんが消えた後、片づけしていた時に、シュリちゃんがカードを粗末に扱うとカローラちゃんが帰って来た時に修羅の様に暴れるって言ってたから、ちゃんとシュリちゃんの言う通りにスリーブ?ってのに入れて大切に保管しているわ」


「ふぅ… ちゃんとスリーブに入れて保管していてくれているんだ… 今度シュリにあった時にお礼を言っておかないとね」


 そう言ってカローラは胸を撫で降ろす。


「…まぁ、向こうに行った時もいの一番にカードの事を心配していたからな…」


「あっ 見えてきたわよ、イチロー」


 そう言ってミリーズは教会の敷地の中で他の施設とは離れてポツンと一つある大きなお屋敷を指差す。


「なんだか、学校の寄宿舎みたいな建物だな~」


「ふふふ、イチローよく気が付いたわね。ここは聖女候補生の養成所よ。教会内の完全中立はここだけだから、ここにお世話になっているのよ」


「そう言えば、そんな事を言っていたな… でもいいのか?」


「何が?」


 ミリーズがキョトンとした顔で俺を見る。


「いや、その聖女候補の養成所なんだろ? 女の子が多いって事だろ?  ってことは、大人しい羊の群れの中に、自分で言うのもなんだけど狼の様な男を招き入れる事になるんだぞ?」


 案内したのがミリーズでなく、男性であれば俺に女食いたい放題のバイキングに接待されたと思っただろう。


「あぁ…そのこと? まぁ、中に入って見れば分かるわ」


 そう言ってミリーズは扉を押し開いて中に進む。


「あっ!」


「ミリーズ様だ!」


「お帰り~ミリーズ様ぁ~!」


 扉を開けたとたん10歳前後の女の子たちがわらわらとミリーズの姿に気がついてその周りに集まり始める。


「ただいま~ みんな~ いい子にしていた?」


「なるほど…そういう事か…」


 10歳前後の少女が群がるミリーズの姿を見て、俺はふっと溜息をしながら言葉を漏らす。


「イチローは女好きだけど、小さい女の子には手を出さないからね」


 ミリーズは少ししてやったように微笑み。


「あっ、ミリーズ様、お帰りになられましたか」


 そこへ15歳前後の年頃の聖女候補生も姿を現わす。


「おっ! ちゃんと年頃の女の子もいるじゃないか!」


「あぁ、確かに年頃の女の子もいるけど、候補生の時にそういうことしちゃうと候補生を除籍されてしまうから、イチローの誘惑には乗らないわよ」


 ふふんと話すミリーズ。


「ミリーズ様、こちらの方々は? 特にこの見目麗しい貴公子の方は?」


 そんな年頃の候補生が俺の事をミリーズに尋ねる。


「あぁ、聖剣の勇者、イチローよ、ようやく行方不明状態から帰還したのよ」


「まぁ! この素敵な御方が聖剣の勇者イチロー様!」


 そう言って年頃の聖女候補生はアイドルの追っかけの女の子の様に俺に瞳を輝かせる。


「なれるかどうか分からない聖女を目指すよりも、勇者様の彼女を目指しちゃおうかな~♪」


 聖女候補生は俺に流し目をしながらそんな言葉を漏らす。


「…イチロー… 兎に角…ここの女の子たちに手を出しちゃダメよ…」


 ミリーズが余裕の消えた顔で俺を見る。


「分かった…俺からは手を出さねぇよ」


「向こうから誘われてもよっ!」


 ミリーズは声を少し荒げるが、今度は小っちゃい方の候補生達が俺に群がってくる。


「わーい! こっちのお兄さん、かっこいい!」


「ねぇねぇ! あとで私たちとお茶しましょ?」


「お兄さん、ちっちゃい女の子もいける方?」


 小っちゃくてもみんな女だな…色目を使ってきやがる…


「いや…お兄さんは少し用事があるから、後にしてくれないか…君たち…」


 俺がいくら女好きでも小っちゃい子はなぁ… ミリーズの顔を立てないといけないしな…


「クッ… 最近の候補生は… 聖女になるのを嫁入り前の腰かけぐらいに考えているのかしら… 聖女をなんだと思っているのよ…」


 ミリーズは爪を噛んでそう漏らし、俺の目の前でおまゆうが繰り広げられる。まぁ、俺がミリーズを孕ませて嫁にしたので俺がこの事に言及するのもおまゆうだが…


「ミリーズ… とりあえず、話の出来る部屋に案内してくれ。ミリーズの方の話はどうかわからんが、俺の方の話はあまり人に話せん」


「あっ、そうね… すぐに案内するわ、来客や面接に使う部屋があるからそこを使いましょうか」


 聖女候補生の言動に調子を狂わせていたミリーズだが、俺の言葉に本来の目的を思い出す。


「こっちよ…」


 俺は応接室に案内された。












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