第514話 お出迎え

「良かった… 本当に良かった… もう二度と遭えないかと思ったのに…」



 ミリーズが涙を浮かべながら俺の胸に顔を埋める。



「本当です! マスターイチロー様! 私もマスターイチロー様がいなくなって、追い出されて、また路頭に迷う事になるじゃないかって… すごく怖かったんですっ!」



 アシュトレトはそう言って俺の鳩尾の部分に顔を埋める。



「私はキング・イチロー様なら必ず戻って来られると信じていましたけどね」



 ベータは一歩離れた所でドヤ顔をする。



「って、なんでベータはドヤ顔してんだよ」


 

 俺はベータのドヤ顔に突っ込みを入れつつ、俺の胸と鳩尾に顔を埋めるミリーズとアシュトレトに視線を向ける。



「済まなかったな… 心配を掛けちまって」



 そう言って二人の頭を撫でる。



「本当よっ! すっごく心配したのよ! イチロー! イチローが消えてからもう二か月も経って、二度と会えないんじゃないかって…」


「俺が飛ばされてから二か月も!?」



 二か月… 俺たちが消えたすぐ後ではなく、現代日本で過ごした期間と同じ二か月…



「そうか… 俺たちが飛ばされてから二か月も経っていたのか… その間、ずっと待っていてくれてたんだな… しかし…」



 俺はミリーズを労いながら鳩尾に顔を埋めるアシュトレトを見る。



「なに? イチロー?」


 

 俺が帰って来たことに安心したミリーズは顔を上げる。



「いや、いの一番で俺の元に駆けつけてくるのはポチかと思ったのに、まさかアシュトレトだったから… 一緒に来ていた他の皆はどうしたんだ?」 



 一番最初に俺に会いに来たのがアシュトレトだったのが悪い訳ではない。ただ二か月ぶりにポチのモフモフ成分を補充したかっただけだ… 断じてポチが来てくれなかった事が寂しい訳ではない。…寂しくなんかないんだからねっ!


 

「他の皆ね… ホントはみんな、イチローが返ってくるのを待ちたかったんだけど、領地の事もほっとく訳にはいかないから、私とアシュトレトちゃん、それに一応護衛のベータを残して領地に戻ったのよ… イチローが帰って来たとしても領地が崩壊していたら何をしてたんだって事になっちゃうでしょ? マグナブリルさんにもネチネチと小言を言われたし…」


「あぁ… マグナブリルの爺さんなら言い出しそうだな…」


「それとアシュトレトちゃんが最初に駆けつけたのは、急に何か信託の様なものを受けて、イチローが返ってくるって言い出して、この大聖堂に向けて駆け出したのよ… 今までこんな事なかったのに突然にそんな言い出して私も信じられなかったけど、こうしてイチローが返って来ていたので驚いたわ」


 そんなミリーズの言葉に俺の鳩尾に抱き付いているアシュトレトが顔を上げる。


「急になんだか頭がスッキリして、マスターイチロー様が帰ってくる事が分かったんです!」


 なるほど…神アシュトレトが一方的に会話を切ったのもこっちの時間軸の愚アシュトレトの存在があったからか…



「ところで、イチロー! この二か月間、どこにいっていたの!? そして、どうやってここに戻って来れたの?」


「そこは私も気になります、キング・イチロー様。イチロー様が消えた時にお召し物全てが残っていたので、いつお帰りになってもお召し物を渡せるように、私が衣装を持ち歩いていたのですが… 今のイチロー様は見慣れぬお召し物を纏っていらっしゃるので… それはどちらのお召し物なのですか?」



 あ~やはり、現代日本に転移した時に身に付けていたものは全てここに残していたのか



「その辺りはまぁ…色々複雑な事情があるんだよ… とりあえず、俺が消えていた間の事… そして俺が消える原因になった事も詳しく聞きたいし、ゆっくりと話せる場所に移動しないか?」



 正直、俺とカローラが現代日本に飛ばされた場所であるこの大聖堂にいるのは落ち着かない。



「そうね… こちらの事情も一言で話せるような簡単な状況ではないし、ゆっくりできる場所で詳しく話しましょうか」


「後…俺の事を心配してくれたいたのは良いんだが… 少しはカローラにも声を掛けてやってくれないか… 誰もカローラに声を掛けてやらないから… 俺の手を握り締めながら涙目になってプルプルと震えてんだよ…」



 俺が説明したように、声を掛けられずいない子状態に扱われたカローラはぎゅっと俺の手を握り締めながら、涙目になり口をへの字にしながら爆発寸前の爆弾の様にプルプルとと震えている。



「あぁ~ カローラちゃん、ごめんねぇ~ 忘れていた訳じゃないのよ… ちょっと久々のイチローの姿を見たから、私も色々込み上がる思いがあったり、伝えなくちゃならない事とかあって…」


 

 俺の言葉にミリーズがぐずる子供をあやして宥める様に声をかける。



「あっ、カローラ様! 私もカードゲームを少しは出来るようになったんですよ!」



 アシュトレトもカローラに気を使って明るく声を掛ける。



「えっ…いや… アシュトレトさん… いや、アシュトレト様…」


「へぇ?」



 カローラはアシュトレトに様付けで呼ばれたことに、脂汗を流しながら動揺しはじめる。



「わ、私の事は様付けなどせず… どうか呼び捨てにして下さい… それよりも… 向こうで貴重で大変美味なお菓子を手に入れたので召し上がられますか?」



 カローラは収納魔法から高級コンビニスイーツを取り出し、時代劇に出てくる代官に媚びる悪徳商人のような卑下した笑みを浮かべてスイーツを差し出す。


 …カローラの奴… 将来的にアシュトレトが神格化するので、下手に出て媚び始めやがった…



「わぁ~っ! 美味しそう~!! カローラ様! 後でゲームをしながら一緒に食べましょう!」


「そ、そうですね… スイーツだけではなく、ここにはない美味しい飲み物もあるので一緒に召し上がって下さい… アシュトレト…様」



 俺が現代日本に行っている間に、アシュトレトがクソガキというかメスガキ状態からちょっと素直な良い子になっているな… もしかして、ここで一緒にいたミリーズに躾してもらったのであろうか…


 そう思ってミリーズをチラリと見ると、ミリーズは俺が言わんとする事を察したようにふふっと微笑む。



「とりあえずイチロー、移動しましょうか、ついて来て」


「あぁ…」



 俺たちはミリーズの後に続いて大聖堂の正面扉へと向かい、ベータがその扉を開け放つ。一瞬、外の眩しさに目が眩むが、日の光に目を慣らして外の景色を見渡す。



「ん?」



 外の景色に俺は思わず声を漏らす。



「イチローの行く前と比べて教会内の景色も変わっているでしょ?」


「あぁ、なんだか人通りが少なくなっているし… 所々、建物も補修工事してたり、壊れたままだな… 一体何があったんだ?」


 

 俺が現代日本に行く前のこの教会の敷地内は、なんていうか観光地の様にあちらこちらに観光客というか参拝者がいて、それと同じぐらいの教会関係者が闊歩していたのだが、今は人通りが疎らで、施設が災害か戦いのあった後のようになっている。



「その事も含めて今から行く場所でゆっくりと説明するわ…」



 ミリーズはそう言うと俺に背を向けて歩き始めたのであった。


 

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