第506話 贖罪

 家庭環境の事に関しては包み隠さずベラベラと話していたミュリだが、あの時助けていた女の子の話を聞いた途端、俺から目を伏せて反らせる。



「聞いちゃまずい事だったのか? 家族やお家の事は気にせず喋っていたらから、あの女の子の子も構わないだろうと聞いたんだが…」



 俺は気を使って、別に話したくなければ話さなくていいってニュアンスでミュリに声を掛ける。すると目を伏せていたミュリであるが、ふぅ…と諦めたような納得したような溜息をすると、目を上げて俺に向き直る。



「いや、そんなことは無いわ…このみ…あの女の子を助けるのに、貴方やカローラの協力も得たのだから、ちゃんと話すべきよね… もし、あの時、貴方が来なかったらこのみを救う事が出来なかったのかも知れないからね…」


「まぁ、俺は兎も角、カローラの功績はデカいよな… 俺もアイツに命を救われたからな」


 俺だけであれば助かる可能性は少ししか上昇しなかっただろうが、カローラのヴァンパイアの血の驚異的な回復力のお陰で命を繋ぎ止めた可能性はかなりデカい。


「そうね…カローラにもちゃんと後で事情を話さないとね… で、かの女の事なんだけど… 私にとってどういう人物かと言うと… 私の唯一無二の親友でもあった人物、そして…一生をかけて贖罪し続けなくてはならない人物なのよ…」


 俺はミュリの言葉に幾つも違和感を覚える。この日本に転移したミュリの唯一無二の親友… しかし、過去形で語っている。そして一生をかけて贖罪し続けなくてはならないって、何かミュリがやらかしたのか?


 これ以上の話は俺も突っ込んで聞いても良い物か判断に困ったので沈黙を続ける。するとミュリの方から話の続きを語り始める。



「前にも話した通り、私は10歳の時にこの日本に飛ばされて、山の中で1年過ごして後に保護されたんだけど、その後、ある夫婦に引き取られて学校に通う事になったよの…」


「学校に通う事になったって…やはり小学校か? 一年生から始めたのか?」



 ミュリの方から話し出してくれたので、俺は差しさわりのないところから尋ねる。



「えぇ、最初は一年生に編入されたけど、元の世界での基礎教育は終えていたからすぐに6年生にへんにゅうされたのよ。そこで私に最初に話しかけてくれたのがこのみよ… みんな幼女の体型と金髪碧眼の外国人の容姿をしていたから、誰もはなしかけてくれなかったんだけど、このみだけはたどたどしい英語で『どぅ ゆぅ すぴーく じゃぱにーず?』って話しかけてくれたの、まぁ、私は逆に英語なんて話せなかったから『日本語でおけ』ってこたえたんだけどね」


「まぁ、普通の日本人だったら、金髪見たら英語だと思うよな…」


「えぇ、逆に英語の先生から『その容姿でどうして英語が出来ないの?』って言われたことがあったわ、アメリカなんて行った事無いから知らんがなって感じだったけど… 話しが逸れたわね… まぁ、その出会いがあってから、私とこのみは仲良くなったのよ」



 先程まで、少し強張ったような顔だったミュリであるが、俺と話しながらこのみとの楽しかった頃の思い出を思い出したのか、すこし顔が和らぐ。



「出会ったのは小学校6年の時で、私はこの容姿だから、その後面倒そうな公立には行かずに私立の学校に行こうと思ったのよ、優秀な学校なら容姿の事で弄ってくるバカな連中は少ないと思ったからね… そんな私と一緒にいる為にこのみは必死に勉強して、中高とずっと一緒の所に進学してくれたの…」


「あぁ、確かに私立だったら学力の試験結果だけではなく、素行や家柄のチェックもするところがあるからな、DQNは弾かれるだろ」



 俺の時も育ちの良さそうな子供は大体私立に進学してたな… 小学校の酷いクラスになると、学級崩壊して授業どころじゃなかったからな…



「そうね、小学校の時に嫌っていう程、クソガキに弄られたからそいつらが絶対に進学できなさそうな中学に進学しようと考えたのが始まりよ、ホント躾のされてないクソガキって猿と同じよね… また、話が逸れたわね… まぁ、そんな感じに私とこのみはそこそこ良いお嬢様学校と呼ばれる所に通っていたのよ」

 

「お嬢様って… 現在では完全にゲームオタクになっているのにか?」


「逆に経済的余裕のある人間の方が趣味に走った人生を送る方が多いわよ、他の同級生だって、外面はいい子が揃っていたけど、中身の趣味がドン引きな子が多かったわよ。まぁ、そういう状況だったから公私ともに充実した日々を過ごしていたんだけど… 問題が発生したのは半年ほど前、高校卒業の時よ…」



 先程まで、ご機嫌だったミュリの顔が曇り始める。


 問題はここからだ。今までの話ではミュリ自身も良い養父母に恵まれて順調な日々を過ごしていたはずだ。だが、現在の状況は山奥の別荘みたいなところで、半自給自足の独り暮らしをしている。今までの話ではミュリの養父母が幼女の様なミュリを高卒で山奥での独り暮らしなんて許さないはずだ…



「二人とも大学への進学も決まって、私とこのみ、そして家族ぐるみの付き合いのあった互いの両親も含めて旅行に行くことになったのよ…」


「…そこで何か事件が発生したのか?」



 俺は慎重に確かめるように尋ねる。



「えぇ…宿泊していた旅館の火事よ… 私が養父母の所に駆けつけた時には、既に煙にまかれて一酸化炭素中毒で亡くなっていたわ…」


 ミュリは辛そうな顔をする。


 確かに俺やミュリは魔法を使える。そして魔法によって治療を行う事が出来るが、それはあくまで生きている者のみ… 俺もミュリから教わった魔法の解析によってある程度分かってきたのだが、魔法による治療は生物が本来持つ自己回復機能を強化促進しているだけであって、生物が本来持つ自己回復以上の事は出来ない。

 

 つまり死者を蘇らすことは出来ないのだ… それが出来るのは聖女の奇跡のみ…だからこそ、聖女の力は尊重されている。


「そしてね… 養父母の所へ駆け出した私を救出しようとこのみの両親まで、燃え盛る旅館の中まで来ちゃったのよ… 私は両親の遺体の確保を諦めて人目のつかない所で魔法を使って逃げ出していたんだけどね… そして…」


 ミュリがキュッと膝の上で拳を握り締める。


「このみの両親は、崩落する旅館に巻き込まれて… 私の為に…」


 ミュリは唇を噛み締める…


「私、本当にバカだったわ… 魔法を使えば養父母を助けられると思って旅館の中に飛び込んで、養父母を助けるどころか…このみの両親まで殺すような事をしてしまったの… とんだ思い上がりだわ…」


 これはキツイ…キツイな… 多分、俺でも同じ行動を取っていたと思う… でも、いくら魔法が使えても死者の蘇生は叶わない… その上で、自分の身を案じて他の人が犠牲になったとすれば…やるせないわな…


「だから、私はもう親友面をしてこのみの横に立つことは出来ない…かと言って、このみやこのみの両親の事を忘れて一人気楽に生きていける程面の皮も厚くは無いわ… だから、こうして人里から離れて、人知れずこのみの身を案じているのよ… それが私の犯した罪の贖罪… これが私が元の世界へ帰らないもう一つの理由よ…」


 ミュリは罪を告白するようにそう語ったのであった。


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