第505話 転移門の起動とミュリの過去話
俺たちは今、ミュリが転移してきた場所の調査を終えて帰路についている。転移門を発見するという成果を得たのだが、俺とミュリは車に乗ってからというもの口を開かず、車内の空気は重苦しい…
それと言うのも、ミュリが転移門を起動に掛かる魔力量を試算したところ、とんでもない値を弾きだしたのだ。その値と言うのは、俺とミュリ、それとカローラの三人が万全の状態で24時間ずっと魔力を注ぎ込んでも数十年掛かるというのだ。
つまり、理論的には俺たちでも起動させることは可能であるが、現実的には不可能な値だ。ミュリの使っている電気魔力変換による方法で魔力を注ぎ込んだとしても、それこそ発電所を直結させないと起動しないそうだ…
無理とは言いたくないし、そもそも諦めるという選択肢はない。確かにこちらの世界の方が生きるのが楽だし、安全だし娯楽も腐るほどある。だが、異世界に残した嫁や子供、仲間の事など忘れて、この現代日本で楽しく過ごすほど俺の面の皮は厚くはない。
かと言って、すぐさま発電所並みにリソースを注ぐ手段も思い浮かばなかったので、一度引き返して、計画を立てる事になったのだ。
しかし、どうするか… これマジでエヴァのヤシマ作戦みたいな事をしないと地道に魔力を充填していたら、俺、おっさんに成っちまうぞ…
今回ばっかしはいいアイデアが思い浮かばん…何か切っ掛けとなる情報が得られる時まで、考えない方が良いかもしれんな…ストレスが溜まるだけだし…
そんな感じに気持ちを切り替えた俺は、ミュリの方はどう考えているのかチラリと見る。
すると、ミュリの方も気持ちを切り替えているというか、骨折り損のくたびれもうけだったというような顔をして、ボンヤリとした視線で外の流れる景色を眺めている。
まぁ、ミュリからすれば半分他人事だから、落胆しないのも頷ける。しかし…いくら転生する前に他国に兵に追われていたとはいえ、ミュリも元の世界に帰りたいとは思わないのであろうか…
母親や父親、それに友人や知人だっているだろう… そんな人々と再会したり、住み慣れた世界に戻りたいとは思わないのであろうか…
この際、カローラや聖剣の様な余計な人物もいないので、一思いに聞いてみる事にする。
「なぁ、ミュリ」
「何よ… 転移門の魔力の充填方法なら思い浮かんでいないわよ…」
俺が一声かけただけなのに、気怠そうに答える。
「いや、その事は、今後時間を掛けてゆっくりと考える」
「じゃあ、なによ?」
ミュリは外の景色を眺めたまま答える。
「お前自身は元の世界に戻りたくは無いのか?」
俺はミュリの様子を伺うように尋ねる。
「あぁ、その事?」
しかし、ミュリは他人事のどうでもいいような事の様に答える。
「ミュリ、お前、自分の事なのにどうでもいいような答え方だな…」
「実際に元の世界に戻る事はどうでもいいというか…帰りたくないからよ」
俺も両親のいる実家に帰りたいかと問われれば、帰りたくないと答えるが、日本そのものには忌避感情を抱かなかった。
「帰りたく無いって…確かにこの日本の方が、楽だし安全だし娯楽に溢れているけど、元の世界に全く興味がないのか? やはり、ゲームのある日本の方が良いとかか?」
異世界に戻ろうとしている日本人の俺が言うのもおかしな話だが、ミュリにそんな感じに尋ねる。
「確かにこの日本の方が過ごしやすいしゲームもあるから良いけど、それだけじゃないのよね…」
「…もしかして、他国の侵攻によって肉親や知人が…」
「あぁ、そういう可能性もあるけど、また別の問題よ」
俺の言葉に被せる様にミュリが口を開く。
「また別の問題って…聞いてもいいのか?」
「えぇ、大した話じゃないわよ… 前にも言ったけど、私はこれでも公爵令嬢なのだけど… 第三夫人の末子…日本風で言えば妾の子なのよ…」
その言葉だけで大体察することが出来る…
「急に侵略されたと言っても、現当主のお父様や、第一夫人、その嫡男は無事逃げおおせていると思うし、そんな所に、第三夫人の子の私が帰った所でね… 逆に復興の事があるから、こんな体の私を喜ぶ変態貴族の元に嫁がせて支援の材料にされるのじゃないかしら?」
ミュリは自嘲気味に薄ら笑みを浮かべてそう語る。
確かに貴族のやり取りだったらありそうな話だ… なんで18歳のミュリが幼女のまま成長しないのは分からないけど、変態紳士にとっては合法ロリだからな… 垂涎ものだろうな…
もし、俺に置き換えるならビアンやカズオに嫁がされるようなもんか… それは確かに願い下げだ… でもまぁ~ 貴族の義務という事で、戻ったら従わなくてはならんよな… 領民の税で暮らしていた訳だし… 帰らなければ貴族の義務に従わなくてもいい訳か…
「そら、貴族の務めとか義務とかあっても断りたくなって帰りたくなくなるわな…」
「確かに貴族の義務ってのもあるけど、私の場合はそもそも貴族の恩恵を受けてなかったから、貴族の義務を果す義理も無いわね… 食べてもいない料理の代金を支払わせられるようなものだわ」
ミュリはそう言って口をゆがめる。
「えっ!? 愛人状態の第三夫人の末子とは言え、公爵令嬢だろ? 童話のシンデレラみたいな扱いを受けていたのか?」
「お父様は、元々第三夫人には別の女性を考えていたみたいなんだけど、私のお母様にお手付きして、私が出来ちゃったのよ… で、その第三夫人にする予定の女性にバレないようにするために、私は家から追い払われていた訳、でも、結局はバレちゃって仕方なく私と私のお母様を認知することになったのよ… まぁ、結局お母様は私の物心がつく前に死んじゃって、私は再び厄介者に逆戻りだったけどね…」
「お前、思った以上にハードな人生送っているんだな… よくそんなんでやって来れたな…」
この日本での暮らし方はかなりイージーモードに見えるが元の世界ではそんな人生を送っていたのか…
「爺やだけはずっと私の味方だったからね… 本来はお母様の執事だったんだけど、ずっと私の面倒を見るというか…生きる力を教えてくれたのよ」
「生きる力って?」
「お母様が亡くなってからは、屋敷どころかその敷地にも入らせてもらえなくて、爺やの作った山小屋でずっと暮らしていたのよ、そんな場所だから私の面倒を見てくれるようなメイドなんて居なくて、服を着る事から、今日食べる食べ物まで爺やに教えられて自分で採っていたわね」
サバイバルを始めていたのは、日本に転移してからではなく、元の世界にいた時からサバイバルしていたのかよ… 道理で幼女のなりして山の中で一年間も過ごせたわけだ…
「そう言えば…私、向こうの世界でも日本人を見たわよ」
「えっ? そうなのか?」
ホント、猫も杓子も異世界転生や転移をしまくってんな…
「なんでも、本家の方に醸造の研修に来た転生者の名前はなんて言ったっけな… 確か、ミズハラ・カオリって関西弁を喋る女の人が着てたわね… 研修の合間に気分転換って言って私の住んで居た山小屋のある森に入って来た時に会ったわ。それからちょくちょく来るようになって話友達になったけど、もしかして貴方の知り合い?」
「まさか、向こうに転移や転生している日本人なんて腐るほどいるんだぞ? 俺自身も何人かと出会ったけど知り合いなんていねぇよ」
俺がそう答えるとミュリは何故か残念そうな顔をする。
「お父様やお兄様たち本家の人間の心配はしてないけど…カオリはどうなったのかしら… セントシーナの侵攻があった時に私を助けようとしたけど、離れ離れになっちゃって… 生き残っているといいのだけど…」
「転生者なんだろ? じゃあそこらの一般人のような存在じゃねぇから簡単にはやられないはずだ」
「そうなの?」
先程の残念そうな諦めた顔から、少し希望を見いだせた顔で俺に向き直る。
「あぁ、どういう理屈か分からないけど、日本から向こうの世界にいった転移者や転生者は肉体を強化されるようだからな」
「良かった…じゃあ…カオリはきっと逃げ延びて生きているんだわね…」
俺が答えてやると、ミュリは安堵したような顔をする。
「ところで、もうひとつ聞いていいか?」
俺はそんなミュリに言葉を投げかける。
「なに?」
カオリという人物の生存に希望が持てた事で、ミュリは機嫌のいい顔を俺に向ける。
「初めてお前と出会った時…どうしてお前はあの女の子を必死に助けようとしていたんだ? お前にとってあの女の子は何者なんだ?」
俺の言葉にミュリの顔が強張った。
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