第504話 転移門

 目には見えないが、確かにそこに存在する違和感… それに手を伸ばす俺… そして、ほんの僅かではあるが魔力を吸われている状況…



「ねぇ…何か起こらないうちに手をひっこめた方がいいんじゃないの? もしかしたら、それに腕を持っていかれるかも知れないわよ…」



 ミュリが眉を顰めて不安げな声を掛けてくる。俺はミュリの言うように一度手を引っ込めて、頭を捻って考える。そして、とある予測を思い付き、それを確認する為ミュリに顔だけ向き直る。



「なぁ、ミュリ、お前がこの日本に転移してきたときはこんなのは無かったんだよな?」


「一番最初に転移してきた時は、向こうの世界で追われていた状況だったから、すぐに離れたけど… その後、落ち着いてから確認した時には無かったわね…」


「なるほど…それで一番最後に確認したのはいつだ?」


「それは私が日本人に保護される少し前… 7年程前よ…」



 ミュリは俺を直視して答える。



「そうか…なるほど…」



 俺は一人納得したように頷く。



「ちょっと、一人で納得したような顔をしないで私にも説明しなさいよ」



 ミュリがムッとして言ってくる。



「あぁ、すまんすまん…でも俺の憶測だし、実際は異なるかも知れんがいいか?」


「言ってみなさいよ」


 

 その言葉に俺はミュリに向き直って説明を始める。



「恐らくだが…この転移の仕組みはまだ生きている… だが、この魔力の希薄な日本では再稼働出来てないんだと思う…」


「えっ!? ってことは、それに魔力を注ぎ込んだら、また向こうと繋がるっていうの?」


「多分な… 大量の魔力を使って一度転移すると、また魔力を使ってチャージするような仕組みだと思う… でも、この日本のマナが薄すぎるせいで全然チャージ出来てないんだと思う… だから、7年間もこの辺りのマナを吸い込んで、まだこんな違和感な存在でしかなってないんだと思う…」


 そう言って再び違和感に向き直り、手を翳して見る。



「じゃあ… 時間をかければ再び転移門が開いて向こうの世界とつながるという訳? 追っても来るって事?」


 

 そう言ってミュリは違和感から後ずさる。



「どうだろう…時間をかければって言っても、マナの希薄なこの日本じゃ相当時間が掛かると思うぞ… 恐らく再び起動する時には、ミュリの方が寿命で死んでるか婆さんになっていると思うし、その頃には日本の科学技術の方が進歩していて、追手が来たとしてもお巡りさんが何とかしてくれるはずだ… だから安心して老後を過ごすなり永眠しておけばいい」


「寿命で逃げ切るってのもなんだか変な気分よね… 反応に困るわ…」


 

 ミュリは呆れつつも納得したような顔をする。



「それよりもだ… 俺としては折角元の世界に帰れるかも知れない転移門を見つけたんだ… 上手く制御して、俺が元居た時間軸に繋げることは出来ないか…」



 俺は真剣な目でミュリを見つめる。ミュリもハッとした顔で俺を見つめ返す。



「ミュリ、俺はお前と会う前は世界を渡るなんて、雲を掴むような話で到底無理だと思い始めていた。だが、お前と出会い、お前から魔法の深淵を除く方法を教えてもらった… それでも世界を渡る方法なんて、一から組み立てのはちょっとやそっとで出来るような事じゃない… それこそ、人生を掛けて出来るかできないかの代物だと思う…」



 俺は縋るような思いで違和感のある場所を見つめる。



「だが、ここに既に完成した転移門がある… 時間軸をコントロールする方法と魔力さえあれば、俺は皆の待つ世界に帰る事が出来るんだ…」



 そして、俺は再びゆっくりとミュリに向き直る。



「ミュリ…コイツの解析を手伝ってくれないか? 俺とお前で解析すれば、俺たちは元の世界に帰る事が出来る… そして、転移先の時間軸を俺がいた時代に書き換えれば、例え何かの拍子にこの転移門が起動しても、お前を追ってくるセントシーナの人間は出てこないはずだ… どうだ?協力してくれないか?」


 

 俺は真剣な目でミュリを見る。するとミュリも真剣な顔で考え始める。そして目を伏せて暫く考え込んだのち、再び顔を上げて俺を見る。



「分かったわ… 私にとってもいつ追手の者が現れるか分からない不安な状況で過ごすより、貴方の言う通り不安の元を断ち切った方が安心できるわ… だから、協力してあげるわ…」


 そう言って、ミュリは口元をニヤっと綻ばせる。


「済まないなミュリ、そしてありがとう… これでなんとか元の世界に帰れる目途がついたよ…」


 俺はそう言って、ミュリに頭を下げる。


「まぁ、なんだかんだ言って、貴方には美味しい料理を作ってもらっているしね、これぐらいのお礼はしないとね… じゃあ、さっさと一度解析するわよ、夕食までに戻って料理を作ってもらわないとダメだしね」


 そう言って、ミュリは先程の怖がっていた様子とは異なり、てくてくと違和感の方に歩いていく。



「じゃあ、早速解析を始めるわ、私の方がまだまだ技術が上だと思うから、貴方は後ろで見ていて」


「あぁ、分かった」



 重要な解析を幼女のミュリに任せるのは、後ろめたいが、実際に現時点ではミュリの方が技術が上だから仕方が無い。俺は黙ってミュリが解析する様子を眺める。



「…むっ…」


「どうしたミュリ?」


 

 解析をしていたミュリが小さな声を漏らす。



「転移門に充填されている魔力量が少なすぎて、転移門の制御の魔法すら解析できないのよ… ちょっと、貴方、転移門に魔力を充填してくれる?」


「分かった、それなら俺に任せてくれ」


 

 そう言って俺はミュリの横に進み、違和感に手を翳して、魔力を注ぎ込み始める。



「魔力を充填し始めたぞ、ミュリ、解析を始めてくれ」


「分かったわ、私が合図するまで魔力を注ぎ込み続けて」



 そうして、俺が魔力を充填し、ミュリが解析を始める。俺の方はどの程度、魔力を充填すればいいのか分からないので、少しづつ魔力を注ぎ込む。



「まだまだよ、もっと注ぎ込んで」


「分かった」



 解析をするミュリがもっと魔力を注ぐように声を上げるので、俺は少し魔力を注ぎ込む量を増やし始める。



「まだよ、もっと」


「おぅ、分かった」



 俺は更に注ぎ込む量を増やす。



「…どうだ?」


「まだ、制御式が読み取れるほど魔力が充填されて無いわ…」



 ミュリがそう答えるので、魔力を注ぎ続ける。最初の注ぎ込む量は例えるなら、自分しか聞き取れない呟き声程度であったが、そこから囁き声、今では普通の会話程度の声量のような感じで、注ぐ魔力量を増やしている。これ以上は制御式を吹き飛ばしそうなので、今の注ぐ量を維持し続ける。



「どうだ?ミュリ、結構注ぎ込んだと思うんだけど…」



 いつしか俺の持てる魔力量の半分は注ぎ込んだと思うのでミュリに尋ねる。



「…まだね…制御式がピクリともしないわ…」


「…俺もこれ以上注ぎ込むと帰りの飛行魔法を使えなくなっちまうな… ある程度で切り上げて、魔力を回復させてから別の日にするか?」



 俺自身の帰還の重要な事柄であるが、飛行魔法も使えなくなるほど魔力を使い切って、この山で遭難するような事まではしたく無い。別にこの転移門は逃げたりしないので、また万全な魔力量で来ればよい、そう考えた。



「いや…もう魔力を注がなくていいわ…」



 そんな俺にミュリがそう告げてくる。



「制御式が起動したのか!?」



 俺は期待の声をあげる。するとミュリは転移門からすっと手を降ろして俺に向き直る。



「ん?もしかして、もう解析できたのか?」



 俺は期待の眼差しでミュリを見る。



「イチロー、ちょっと重大な話がある… かなり重大よ…」



 そう語るミュリの顔は朗報を告げる顔ではなかった。


 

 

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