第503話 違和感

 俺は車を走らせる。目的地まではあと少しだ。だが、車内は水を打ったように静まり返っている…


 俺は助手席のチャイルドシートに座るミュリをチラリと見る。ミュリは何かを成し遂げたかのような穏やかな顔をして目を閉じている。



 スッキリした顔してるだろ。ウソみたいだろ。吐いてるんだぜ。それで…



 俺の視線に気が付いたのか、ミュリがパチリと目を見開いて俺をジト目で見る。



「なによ…文句あるの…」


「あるに決まってるだろっ! もう少しって所で吐きやがって…」


 

 俺は視線を前に戻す。



「だってしょうがないじゃないのっ! 乙女の限界だったのよっ! それに幼女汁を浴びたぐらいで大げさな…」


「おまえっ! えなり風に言っても誤魔化されんぞっ! それに何が幼女汁だよ… 普通に胃液の溶解液じゃねぇかっ!」


「溶解液じゃないわよ幼女汁よっ! それなのにバルスをされたムスカみたく『目が、目がぁぁ!』って叫んじゃって、大げさじゃないのっ!」


「お前! ゲロを目に浴びたらそりゃ叫びたくなるぞ! 俺は生まれて初めてムスカの気持ちが分かったよ… まぁいい…この話は止めにしよう… 俺もお前も恥ずかしくて人に話せない事だからな…」


「そうね…お互いの傷口をいじり合うのはやめにしましょう… 私は今を生きる女…過去の男の事にはこだわらないクールな女なのよ…」


 そう言いながら、ミュリは視線を窓の外に移す。


 何が今を生きるクールな女だよ… チャイルドシートにピッタリジャストフィットした幼女のくせしてそんな大人の女が言いそうなことを言いやがって…


 そんな会話を交わしながら車を走らせていると、カーナビが、そろそろ目的地付近だと知らせてくる。



「カーナビが目的地付近って言ってるぞ? どこに車を止めたらいい?」


「あそこに山の管理に入る為の舗装されてない道が見えるでしょ? 車で奥まではいけないけど、あそこに車を止めておけばいいわ」


「あそこか…」


 ミュリの指差す先に山に入る脇道を見つけて、そこを曲がっていく。すると、車数台分は駐車できるスペースがあり、奥に続く道は車は進む事の出来ないゲート封鎖されていた。


「ゲートで封鎖されているけど、ここでいいのか?」


「えぇ、ここでいいわよ、恐らく管理者以外の者が不用意に侵入することを警告するための物だと思うわ」


 車を降りてゲートに近づいてみると、一応ゲートはしているが、ゲートの脇からは普通に人の通れる隙間があるし、この先の道は崩落の恐れがあると注意書きの看板があった。俺がその看板を見ていると、ミュリが自分でシートベルト外して車を降りて、俺の隣にやってくる。


「それで、お前が転移してきた場所はどれぐらいの距離があるんだ?」


「普通に歩いたら半日近く掛かるんじゃないかしら?」


「えっ!? そんなに?」


「そうよ、だから国道から離れたら飛行魔法で飛んでいくわよ」


 ミュリはそう言ってゲートの横を潜り抜けて奥の道を進んでいき、俺もその後に続く。


「なぁ、ミュリ」


 前を大股であるくミュリに声を掛ける。


「なによ」


 ミュリは振り返らずに答える。


「俺が抱っこしてやろうか?」


「はぁ!? 急に何言いだすのよっ!」


 ミュリが足を止め振り返り声を上げる。


「いや、お前の身体じゃ山道は危険だし、時間が掛かりそうだから、俺が抱えて歩こうかなって思って」


「バカにしないでよっ! 私はこれでも18だし、この山の中で1年間サバイバルをして生き抜いた女なのよっ! 自分の足で歩けるわよっ!」


ミュリはそう言って怒り出す。


「そうか…カローラならこんな道や人混みの多い所は、抱っこしてくれって言ってくるんだけどな…」


「はぁ? カローラって私より大きいし、実年齢も私より上だったわよね… それなのに抱っこを頼んでくるの? ちょっと甘やかしすぎなんじゃないの?」


 聖剣にも前に言われたが、ミュリにまで言われるとは…やはり甘やかし過ぎなのか?


「まぁ、貴方とカローラの関係だから、好きにすればいいわ、それよりもう国道からは見えないし、さっさと飛んでいくわよ」


「分かった…」


 そうして二人して飛行魔法を使い山の谷間を縫うように飛行していく。


「ここまで来れば山が陰になって国道からは見えないわね、高度を少し上げるわよ」


 ミュリはそう言って高度を上げ、周りの地形を確認しながら、ミュリが転移した場所を探す。


「確かあの辺りね… イチロー、あの辺りに降りるわよ」


 そう言ってミュリが指差す。


「おう、分かった」


 そうして俺たちは木の枝をよけながら、山の斜面に降りた。この辺りは人が入った杉林の山ではなく、自然に生えてきたであろう雑木林だ。辺りには低い繁みもあり、やや鬱蒼としている。


「で、どのあたり…」


 俺は詳細な場所を聞き出そうと口を開きかけた所で、違和感を感じて視線をミュリから違和感を感じる先に向ける。


「貴方も気付いたの?」


 ミュリも違和感の先へと目を向ける。


「ミュリ… お前がこの日本に転移したのっていつだっけ?」


 俺は違和感に視線を向けながら尋ねる。


「…八年前よ…」


「八年!?」


 って事は、ミュリはリアル幼女の時にこの日本に飛ばされてきたのか!?


 いや、今はそんな事は問題ではない… 目の前の違和感の方が問題だ…


 八年前にミュリを転移させた場所であるが、今でもその影響が残っているのだ…


 ミュリは転移した時の追われていた状況からか足がすくんでいる様だが、俺はゴクリと唾を飲み込んで違和感に向けてゆっくりと足を進める。


 そして、違和感のすぐ目の前にまで辿り着く。普通の視覚情報では全くなんら変哲の無い場所であるが、俺にとっては目に見えない何者かが存在するような違和感を感じる。



「イチロー…大丈夫なの…?」



 背中からミュリが不安げな声を掛けてくる。


「分らん…でも…ちょっと試してみる…」


 俺はそう答えると、そこらに落ちている枝を拾って違和感を感じる場所をつついてみる。しかし、枝は普通に空を切るだけだ。何も変化がない。とりあえず、すぐさま違和感に吸い込まれるような事は無さそうだ。


 では、次に俺は袖を捲って手を突っ込もうとする。



「ちょっと! イチローっ!」



 今度は、ミュリの心配する声が背中から掛かる

 


「枝に何の変化がなかったんだ…今度は地肌で何か感じるか試してみる…」



 俺も背中を向けてミュリに答えると、ゆっくりとそして慎重に違和感に腕を伸ばしていく。そして、違和感に手が届く。



「だ、大丈夫!?」


「…大丈夫だ… 何も変化…いや!?」


 

 最初は全く変化を感じ取れなかったが、ほんの僅かであるが変化を感じ取ることができた。おそらくこの現代日本だからこそ感じ取れたもので、もし異世界だったら感じ取る事は出来なかったであろう、僅かに変化だ。



「吸われている… 僅かだが…吸われている…」


「吸われているって…何をよ!?」


 俺は違和感に手を伸ばしたまま振り返る。


「魔力だ… 魔力がこの違和感に吸われているんだ…」


 俺はそう答えたのであった。

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