第498話 交換条件

 ミュリと一緒に畑仕事をしながらサバイバル話を聞いてから数日が経った。ミュリは時々、愚痴を言いつつも俺たちを完全に受け入れている。俺が作る料理で胃袋を掴んだ事と、カローラのゲーム接待が功を奏したのであろう。


 とはいえ、ここでの生活が安定した事もあってカローラの生活パターンが元のサイクルに戻りつつある。つまり夜型生活だ。朝寝て夕方に置き始める感じだ。そして夕食後、ミュリとのゲーム接待である。最初はミュリも『居候の癖に、朝から寝て夕方に起きるなんて』と言っていたが、ヴァンパイアなら致し方なしと諦めたようだ。


 そう言う訳で、ミュリが昼過ぎに昼寝するまでの間は、俺とミュリの二人だけの時間になり、会話する機会が多くなった。



「なぁ、ミュリ」


「なによ?」



 朝の畑仕事が終わって、居間でお茶をしている時にミュリに話しかける。



「いくつか聞きたい事があるんだが、いいか?」


「私のサバイバル話がまた聞きたいの?」



 ミュリが番茶をずずずと啜りながら答える。



「あ… その話もどんなことがあったのかめっちゃ聞いてみたいけど、今は別の話だ」


「別の話? 話しが長くなるのなら、何かお茶請けを欲しいわね…何かあったかしら?」



 そう言ってミュリがお茶請けを探しに行こうと腰を上げかける。



「あっ、それなら良い物があるぞ」


「なに?」


「ようやく試作品が出来たんだ、お前も一度食べてみろ」



 俺は収納魔法から、予てより作っていた鹿ジャーキーを取り出す。



「これって、貴方が作っていた鹿ジャーキー?」


「おう、そうだピリッと甘辛に作ってあるから口に合うはずだぞ」



 ミュリは鹿ジャーキーを一本手に取ってガシガシと食べ始める。



「コショウと一味でピリッとアクセントつけて、それでいて砂糖…いやザラメかしら? 醤油とザラメで味付けしているわね… よく私の好きな味付けが分かったわね… 食べるのをやめられないし止まらないわ…」


 まぁ、味付けは俺とシュリの好みの味付けだから、俺とシュリの血が混じっているならそうなるわな… 俺も一つ摘まんでガシガシと食べる。うん、いい感じに出来てる。テーブルの端でレスバしている聖剣がこそりと手を伸ばしてきて俺の頭に手を置いて味覚を共有する。慣れてきた事だが… なんだか奇妙な状況だよな…



「それで、私に聞きたい事って何なのよ?」



 ミュリが口に鹿ジャーキーを齧りながら聞いてくる。



「そりゃあ、お前の魔力量や魔法技術の事だな、俺もカローラも元の世界に戻る事を目的にしている。今まで異世界転生や転移についてその痕跡を調べてきたが、正直、今の俺の魔法技術では確たる転移や転生の痕跡を見つけた所で、その方法を解析することは出来ないだろう… また、出来たとしても恐らく世界を渡るには莫大な量の魔力が必要になると思われる。でも、マナの希薄なこの現代日本でそんな魔力を用立てるのは困難だ」


 俺がそう話していると、ミュリが鹿ジャーキーを齧りながら徐々に俺から視線を逸らしていく。



「そこで、ミュリ、お前の持つ魔法技術と魔力量の秘密が知りたいんだよ、あんなにも多重に魔法を行使し、それでいてその魔力を補える魔力量…何か秘訣があるんだろ?」



 俺もガシガシと鹿ジャーキーを齧りながら尋ねる。するとミュリは齧っていた鹿ジャーキーをゴクリと飲み込んでからこちらに向き直る。



「貴方、シミュレーションゲームはやったことある?」


「突然なんだよ…まぁ、栄光のゲームはもちろんの事、洋ゲーのアイアンハート系や文明開化もやってるぞ、それが何か?」


「その辺りのゲームをやっているのなら分かるはずよ、独占技術を無料公開するバカはいると思う?」



 ミュリはそう言って再び鹿ジャーキーに手を伸ばす。



「ってことは、教えてほしかったら何かよこせってことか? 金に換金できるものなら持っているけど、お前は金持ってそうだしな… 俺に何か交換条件として出せるものがあるかな?」


「まぁ、交換条件が必要と言う所もあるけど、その相手が信用できるかって事もあるわね、技術を渡した途端、その技術で攻撃してこないとか… まぁ、貴方たちはここ数日を見る限り信用は出来そうだし、なし崩しに居候しているけど、私としてはもとの独り暮らしに戻りたいから教えるのもやぶさかではないけど…」



 ミュリは言い終わると、番茶をコクコクと飲み、鹿ジャーキーを飲み下す。



「じゃあ、教えてくれるのか?」



 俺は少し前のめりになる。



「えぇ…でも、ただって訳じゃないわよ」



 そう言って、ミュリは再び鹿ジャーキーに手を伸ばす。結構、味を気に入ったようだな。



「ただじゃないって事は、何か渡さなければならないって事か… 俺の持っている価値あるものと言えば… もしかして聖剣か?」


「一日24時間ずっとレスバしている聖剣なんていらないわよっ! もはや聖剣どころか呪われたアイテムじゃないのっ! こんなのがずっと居間にいたら気持ち悪いわよっ!」



 ミュリが聖剣を指差して声を荒げる。すると俺の頭に載っていた手がミュリの頭に向かい、頭を鷲掴みにして孫悟空の金冠のようにキリキリと締め上げ始める。



「あら、言ってくれるじゃないの、この小娘… それと私もずっとレスバばかりしているのではなくて、ちゃんと女の子らしい婦人会に参加して、互いの趣味を語り合いながら愉悦に浸っているのよ?」


「いたたたたたたたっ! 痛い! 痛いじゃないのっ! ちょっとやめてよっ! それに婦人会に参加しているって… それって801板に入り浸っているだけじゃないのっ! 何が婦人会よっ!」


「あら、知らないの? 腐ると書いて『腐人会』というのよ? 小娘ちゃんには分からなかったかしら?」



 そう言って聖剣は更にミュリの頭を締め上げる。



「いだだだだっ! 痛い! 痛いっていってるじゃないのっ! ちょっと!あなた! この聖剣の飼い主なんでしょっ! やめさせてよっ!」


「いや…飼い主と言われてもな… 俺でも聖剣のネット中毒に関してはどうしようも出来ん状態なんだ… ミュリ…素直に謝っておけ…」


「素直に謝っておけって… いだだだだっ! ごめんなざいっ! ごめんなざいっ! もうバカにしませんからっ!」



 ミュリが締め上げられる頭の痛み、涙目になりながら謝罪の声をあげる。



「聖剣…もう謝っているんだから、その辺にしてやってくれ… ミュリの頭の中の情報が知りたいのに、スイカの様に割られてしまったら意味がない…」


「仕方ないわね…もう許してあげるわ… でも、もう二度と軽口を叩くんじゃないわよ…」


「分かりました…聖剣様… もう二度と逆らいません…」


 

 そう言ってミュリはアーチャー×アーチャーのネコピトーがゴソに謝罪するポーズをして詫びを入れる。すると聖剣は手を戻してカチャカチャと早速レスバを始める。



「大丈夫か? ミュリ… 後、喧嘩売る相手はちゃんと選べよな…24時間ずっとネットでレスバしている時点で相当ヤバい相手だってことは分かるだろ?」


「分かったわよ… しかし…聖剣様の凄さと恐ろしさを身をもって知ったわ…」


「いや…本来の機能じゃ無い所で、凄さと恐ろしさを知ってもな… ところで話は戻るけど…」


「なんの話だっけ?」



 ミュリは涙目になって締め上げられた頭に回復魔法をかけながらこちらをみる。



「魔法技術とかの情報を教えてもらう交換条件の事だよ、で、俺から何を差し出せばいいんだ?」


 俺はテーブルに出していた鹿ジャーキーが無くなったので、収納魔法から新たな鹿ジャーキーを出しながら答える。



「それよ」 


「それって、鹿ジャーキーの作り方か?」


「いえ…いや、その作り方も教えて欲しいけど… 私が欲しいのは自由に物を出し入れする収納魔法よ」


 

 ミュリはそう告げたのであった。


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