第496話 居候作戦
俺はベッドの上でムクリと起きて、身体を反らせて伸びをする。昨日の夕食の後、ミュリエールに一泊する部屋を割り当てられた俺は、久々のちゃんとしたベッドの上で熟睡したのだ。大自然のテントの中で眠るのも良いが、ちゃんとした家の中のベッドで眠るのは落ち着けるので心地よい。
さて…ガキどもの様子を見に行くとするか…
ベッドから出て居間に向かうと、やはりカローラとミュリエールが一晩中ゲームをしていたようだ。
「キィィィィィ!!! また負けたっ! 貴方! インチキしているんじゃないのっ!」
「インチキって… リアルでとなりでやっているし、途中なんどもコントローラーを交換したでしょ? しかも、貴方は最強のジョーカーを使って、私は最弱のリトル・マックを使ってあげてるのに…」
どうやら二人で一番中、スマッシュシスターズをやっていたようだな…
「おまえら、元気がいいというか、仲いいな…」
「あっ イチロー兄さま、おはようございます」
「起きたのね、貴方のお仲間、ゲーム弱すぎるわよ…」
ミュリエールが少し困惑した顔で告げてくる。
「それは少し手加減してやってくれ…っていうか、朝飯も俺がつくるけどいいか?」
「つくってくれるの?」
「あぁ、昨日の俺の料理の反応を見ていたら、鹿肉の調理方法に困っていたようだからな、俺が美味い鹿料理をつくってやる」
そんな訳で朝食も俺が料理を始める。今朝のメニューは鹿肉のローストだ。本来ジビエ肉はガッツリ火を通してウェルダンにして食中毒にならないようにした方が良いが、俺の様に慣れた人間なら、回避方法を持ち合わせている。
鹿肉にした処理を済ませ、フライパンで表面に焼き色を付け、アルミホイルでオーブンで焼く。その間に裏の菜園で付け合わせの野菜、クレソンが生えていたのでそれを摂ってくる。
焼き上がったあと、アルミホイルを外し、食中毒菌を殺菌するため、すこし電子レンジで温める。その後、更に切り分けて、クレソンとマスタードを添えれば、ジューシー鹿肉ローストの出来上がりだ。
「おら、ガキども、朝飯ができたぞ」
「えっ!? この鹿肉、中が赤いじゃないの! 大丈夫なの?」
「あぁ、ちゃんと中まで温めているから大丈夫だよ、マスタードかワサビを添えて醤油で食え」
そんな感じで朝食を始める。
「うまぁ~ 鹿肉なのになんだか刺身みたいですねっ!」
「あの鹿肉がこんな美味しい料理になるなんて…」
「これなら、朝からでもくどくないだろ?」
俺も鹿肉のローストをぺロリと食べる。脂滴る焼いた肉も好きだが、刺身の様な赤身の肉も醤油でたべるのも好きだ。
「夕食と朝食を作ってもらったけど、とりあえず、約束の一泊はさせてあげたから出て行ってもらえるかしら…」
「えぇ~ 昨日はあんなに一緒に遊んで友達になったのに追い出すって言うの?」
「友達って…その…接待よ接待…接待で一緒にゲームしただけよ…」
そう言ってカローラから目を逸らす。
「まぁ、俺たちの方もレンタカーを返しに行かないとダメだしな~」
「…そちらにも、そういう事情があるなら仕方ないわね…」
そう言って目を伏せた。
「そんな最後の晩餐のような顔をするなよ」
「そうね…まぁ、自由で 独りで静かで豊かな生活を邪魔されたのもあったけど、楽しい一日だったわ…」
俺の言葉に顔を上げ、少し寂しそうな笑みを浮かべる。
そうして、朝食を済ませた俺とカローラはこの家を出る。
「ネットで出会う事があれば、また揉んであげるわ」
玄関まで見送りにきたミュリエールがカローラに告げる。
「逆に今度こそぎゃふんと言わせてあげるわよっ!」
そんな言葉を返しながらもカローラも笑顔で答える。そして、二人して車に乗り込む。
「じゃあな!」
「バイバイ! ミュリ!」
車の窓を開いてミュリエールに別れの言葉を告げると車を走らせる。カローラはミュリエールの姿が見えなくなるまで手を振り続け、そして見えなくなったところで、俺に向き直る。
「イチロー兄さま… 本当によかったんですか? あっさりとミュリエールの事を諦めて…」
そう言って残念そうな瞳を向ける。
「ん? 別に諦めてねぇよ、いったん準備をするために引いただけだ」
「準備って?」
「あいつ、確かにカローラっぽい所もあるし、シュリっぽい所もあるからな…恐らくアノ方法が聞くはずだ… それと、もう一度あの家に戻る理由も作ってあるしな…」
「アノ方法? 戻る理由?」
カローラが首を傾げる。
「まぁ、見てろって、それとカローラにも協力してもらうからな」
「私も協力するんですか?」
「あぁ、頼むぞカローラ」
そう言って車を走らせる。
そして、五時間後…俺たちは再びミュリエールの家に戻ってくる。
「ほら、カローラ、頼んだぞ」
そう言って俺はカローラの背中を押す。
「えぇ…本当にやるんですかぁ~ 私が…」
「俺がやっている所考えてみろよ、キモいだろ? でも、カローラならキモくない」
「キモいキモくないの問題じゃなくて、尊厳の問題なんですけど…
「それはいつまでも子供の姿でいるカローラが悪い、いやだったらさっさとこの前のエロムッチムチモードが常態化できるようにしろ」
俺がそう言うと観念したかのように、ミュリエールの家に向き直る。そして、大きく息を吸い声を上げ始める。
「ミュ~リ~♪ ちゃん♪ 一緒に♪ あそびましょ~♪」
小学生の子供が、友達の家に遊びに来た時のような口調で声を上げる。
「本当にこんなので出て来てくれるんですかね…」
カローラが心配そうな顔で振り返る。
「大丈夫だって、まぁ見てろ」
俺がそう言った瞬間、ミュリエールの玄関の扉がバンッ!とけたたましく開かれる。
「ちょっと! どういう事よっ!!」
ミュリエールは開口一番、怒な顔で怒声をあげる。
「どういう事って、カローラがまたお前の所に遊びに来たいっていったから連れて来てやったんだよ」
俺は空々しい顔をして返す。
「いや、そういう事をいってるんじゃないわよっ! なによ! あれ!」
そう言って目を尖らせながら家の中を指差す。
「なによって家を中を指差されても分らんのだが?」
「そんなしらばくれちゃって… 貴方! うちの家に聖剣置いたままで帰ったでしょっ! 見送りが終わって家の中に戻ったら、聖剣がパソコンでレスバをしてて驚いたわよっ!!!」
「あれ~? そうだったの~? 気づかなかったよ~」
「くぅぅぅぅっ! 白々しい演技をしてっ!!」
俺の言葉のミュリエールはダンダン!と地団駄を踏む。
「とりあえず、お詫びに料理を持って来たんだが食べないか?」
「私もミュリちゃんと遊びたい!」
そう言って俺とカローラはミュリエールに有無を言わせず家の中に乗り込んでいく。
「ちょっと! 何勝手に入ってんのよっ!」
「いや、家の中に入らないと聖剣を回収できないだろ?」
「そんな事より、ミュリちゃん! ハム太郎電鉄ギャラクシーを買って来たら一緒にやろ!」
そう言ってミュリエールの制止を聞かずにずんずんと居間へと進んでいく。
「あら、イチロー、遅かったわね、この娘、貴方の作った鹿ローストを作ろうとして、ただの鹿肉の焼肉にしてたわよ、固くて美味しくなかったから、貴方がちゃんとした料理を作ってくれるかしら?」
「お前、ミュリエールの味覚を共有していたのか… 何でもありだな…」
「えっ? 食事の時に私の頭に触手を伸ばしてきたかと思ったら、そういう事なの!?」
ミュリエールが目を丸くする。
「そうだったのか、でも安心しろ! 俺が美味い料理を作って来たからな!」
そう言ってテーブルの上に収納魔法から焼きたての骨付きあばら肉を取り出す。
「ちょっと! 何勝手に広げ… 何それ…美味しそう…」
最初はテーブルの上に料理を広げる事に声を上げていたミュリエールであったが、骨付きあばら肉を見た途端、心奪われたかのように骨付きあばら肉をじっと見る。
「どうだ? うまそうだろ? テーブルに出している以外にも一杯焼いてあるから、ガンガン食べていいぞ?」
「し、仕方ないわね… そこまで言うのなら食べてあげるわよ…」
そう言いながら涎を拭う。
「カローラ、飲み物を用意してくれるか?」
「はい、イチロー兄さま、今回はレモンスカッシュでいいですか?」
そう言って、カローラは飲み物専用の冷蔵庫へ向かう。
「あぁ、頼む」
「ちょっと! また勝手に冷蔵庫を開けないでよ!」
「ミュリちゃんは何を飲む?」
「…コーラで…」
怒りつつもカローラの問いかけに素直に答える。
こうして、俺たちはなし崩しでミュリエールの家に住み着く事となった。
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