第495話 先ずは胃袋を掴む

「マジか…」


「えぇ…マジよ…」


 この金髪幼女のミュリエールから元の世界への帰還方法を聞き出すつもりであったのに、ミュリエールは自分も飛ばされてきて帰還方法を知らないと言い出す。


「ミュリエールは一体どんな状況でこの日本に飛ばされてきたんだよ」


「私? 私は…そうね…これぐらいの事は話しても大丈夫かな? 大陸全土にある災害が襲い掛かって、その時に海峡を予め渡航していたセントシーナの軍隊がベルクードに侵攻してきたのよ」


「へぇ~ そんなことが…」


 俺がいた時代は魔族との闘争の時代であるが、魔族が居ない時代だと人間同士の戦争も珍しくはない…というかしょっちゅうあるだろうな。セントシーナの侵攻もその一つだろう。


「ところで、イチロー兄さま、何か飲み物が欲しくないですか?」


 隣のカローラがそんな事を聞いてくる。


「あぁ、ちょっと欲しいな」


「じゃあ、何か取って持ってきますね」


 そう言って部屋の片隅にある小型冷蔵庫の所へ向かう。


「ちょっと! 何を勝手に人んちの冷蔵庫開けてんのよ!」


 ミュリエールが目を尖らす。


「客人が来ているのに何も出さない貴方の方が悪い。えっと…コーラとレモンスカッシュしかないですね…イチロー兄さまはレモンスカッシュですか?」


「あぁ、それで構わない」


「じゃあ、私はコーラで」


 ミュリエールがコーラを注文する。


「さっき勝手に開けるなって言っておいて、なんで貴方が頼むのよ」


「ついでよ、ついで」


「仕方ないわね…」


 カローラは俺の分のレモンスカッシュと自分とミュリエールのコーラを運んでくる。


「で、ミュリエール、話を続けてくれ」


 俺はペットボトルのキャップを捻りながら話を促す。


「しかし、貴方たち本当に図々しいわね…まぁいいわ、その侵攻してきたセントシーナの戦士に追われていた時に研究所の中に逃げ込んだんだけど、その時敵の放った魔法で研究所の設備が暴走して、それで私はこの日本に飛ばされてきたのよ」


「じゃあ、何か? この世界に飛ばされた原理とか全く分からないのか?」


「えぇ、分からないわ」


「あんなに魔法を色々使えるのにか?」


 ミュリエールとどんな関係か分からないが、あの少女を助ける時に幾つもの魔法を同時に使用し、尚且つこのマナの希薄な日本であれだけの魔力を使っていた事を思い出す。


「飛ばされた当時はそんなに魔法が使えなかったから、当時どんな魔法の効果で飛ばされたのか分からないのよ…」


「ん? 当時って事は、魔法技術を高めたのはこの日本に来てからなのか?」


 するとミュリエールはしまったという顔をする。


「ちょっと…コツを覚えたのよ…」


「いやいやいや、あれはちょっとのコツで出来る程度の魔法じゃないぞ? それに人の命を救うとは言え、マナの薄いこの日本であれだけの魔力を使えるのはおかしいだろ?」


 俺は詰め寄り気味に尋ねる。するとミュリエールは俺から目を逸らす様に視線を落とす。


「それは…企業秘密よ…」


「企業秘密って…あの女の子を救うのを助けてやっただろ?」


 この日本での異世界転移や転生の痕跡を探すのも重要であるが、見つけた痕跡を調査解析をする魔法技術も需要である。そして、解析できたとしてもそれを行使する魔力が無ければ話にならない。

 この幼女に見えるミュリエールは、その魔法技術と魔力の両方を持ち合わせているのである。絶対にこの幼女を逃す手はない。


 だから、ここはあまりやりたくは無いが、女の子を助ける手伝いをしたことで、恩着せがましく迫るしかないであろう。


「………」


 俺が女の子の事を出しにしても、ミュリエールは俯いたままで答えない。


「なんだったら、俺の猪ソーセージもやるからさぁ~ もしかして猪ベーコンの方がいいか?」


「そんなのいらないわよっ! でも…彼女の命を救うのは感謝しているわ… だから、一晩の宿だけは恵んであげるわ」


「一泊だけ? そんなケチ臭い事を言わずに、一泊三食ぐらい付けてくれよ」


「分かったわよ…今日の夕食と明日の朝食ぐらいは付けてあげるわよ… その後の事は知らないわ…朝食を食べたら出て行ってもらえるかしら… 私は自由で 独りで静かで豊かで誰にも邪魔されない生活をしたいのよ…」


 カローラの血が混じっているだけあって、カローラと似たような事を言い出すな…


 すると、隣にいるカローラが耳打ちをしてくる。


「イチロー兄さま…いいんですか? このままだと明日の朝には追い出されちゃいますよ? 期間方法を調べる為にも、私の充実した生活の為にも、後、フィーラちゃんのネット環境的にもここに住み着いた方がいいんじゃないですか?」


 やはり、カローラはここの環境をかなり気に入っているのか… 俺でもこんな部屋は憧れるからな…


「いや、そうは言ってもレンタカーを返しに行かないとダメだから、一度出ないとダメなんだよ…」


「えぇ!? でもこんな機会逃したらもう二度と訪れませんよっ!」


「俺もそのままバイバイするつもりはねぇよ、なんとか考える」


 どうしてもここに住み着きたいカローラをレンタカーを返しに行かなくてはならないと言って説得する。ここの場所は覚えたので後から再び来ることも出来る。だが、レンタカーは返さないと警察のお世話になるからな…


「えっと…肉しかないのだけど、夕食は肉でいい?」


 俺とカローラがひそひそ話をしていると、夕食の準備でキッチンの冷蔵庫前に立つミュリエールがそんな事を聞いてくる。


「あぁ、別に構わんが…しかし、しぶしぶ夕食を出すような口ぶりだったのに、肉を出すとはえらく豪勢だな… なんなら夕食の手伝いを俺もしようか?」


 自称18歳とは言え、幼女姿のミュリエール一人に夕食を作らせるのは気が引けるので、俺も夕食の手伝いをする為にミュリエールのいる冷蔵庫前に向かう。


「うわぁ! 冷蔵庫の中、肉だらけじゃねぇか! なんでこんなに肉ばっかり入ってんだよ!」


 冷蔵庫の中を見るとまるでホラー映画で殺した人間を冷蔵庫の中で保管する時の様に、どこもかしこも肉の塊で埋め尽くされていた。


「昨日の狩猟で鹿が二匹も取れたから、たまたま冷蔵庫の中がパンパンなのよ…」


「狩猟って…お前が?」


「えぇ、そうよ… この日本に来た時は誰もいない山の中に転移したから、狩猟はお手のものなのよ… とりあえず、鹿肉のステーキでいいかしら?」


 そう言って足一本分はあろうか肉の塊を取り出す。


「いや、流石に鹿肉のステーキだけって…しかもこんな量… ちょっと、今日のメニューは俺に任せろ」


「え? 貴方、料理できるの?」


 俺の情報を知っているはずなのに、俺が料理が出来る事は知らない様だ。


「当たり前だろ、冒険してたらいやでも覚えるぞ」


「じゃあ…今日は貴方に任せるわ…」


 料理を任された俺は袖を捲って準備を始める。


「えっと、フードプロセッサーかひき肉器はあるか? あと玉ねぎと卵」


「フードプロセッサーならあるわよ、玉ねぎと卵もうちの畑と鶏が産んだものがあるわ」


 そう言って、ミュリエールは勝手口を出て、玉ねぎと卵を持ってくる。

 ゲーム好きな所はカローラの血だが、こういった生活感のあるところはシュリっぽいな…


「おう、そこへ置いといてくれ」


 材料の揃った俺は、先ずは鹿肉をミンチにしていく。そのままでの鹿肉では脂身が少ないので、猪からとった背脂を少し加えておく。次に玉ねぎをみじん切りにして卵と一緒にミンチと混ぜ合わせる。これで一段階目は終了だ。

 次に収納魔法から自作した猪ベーコンを取り出し、薄切りにしていく。それを交互に編んで布状にして、まな板の上に敷く。そこへ先程のミンチを乗せて、中に猪ソーセージを仕込む。後はベーコンでつつみ込むようにすれば下ごしらえは終了だ。

 後はコイツをオーブンの中に入れて焼き上げる。


 焼いている間に次はソースを作る。材料はケチャップ、中濃ソース、それに砂糖、醤油、

コショウ、ナツメグに料理用ワインを少し入れて、火にかける。アルコールが飛べばソースの完成だ。


 他に何か付け合わせは出来ないかと思い、冷蔵庫を開けてみるとやはり肉の塊しか入ってない。野菜室を開けても同様だ… どんだけ肉を喰うつもりなんだよ… そう言えば、先程ミュリエールが勝手口を出て玉ねぎと卵を持って来たことを思い出し、勝手口を開く。

 すると、そこはすぐ外ではなく、ちょっとした保管室になっていて、他にもじゃがいもなどが保管されていた。そしてもう一つ扉があり、開けてみると裏の畑に繋がっていた。


「マジでシュリみたいなやつだな… 畑に何かないか?」


 月明りの下、畑を物色してみるとサニーレタスとトマトを見つける。


「これで色どりも少しはマシになるだろ…」


 サニーレタスとトマトを持ってキッチンに戻った俺は、それらを良く洗いカットしていく。


「そろそろ焼けたかな?」


 ミトンを手に嵌めて先程の肉を取り出すといい感じのこげ茶色に焼けている。


「よし! いい焼き上がりだ!」


 その肉汁滴るグリルパンに野菜で飾り付け、上からソースを掛けると…



「ベーコンエクスプロージョン!鹿肉ハンバーグ仕立ての完成!!」


 ミュリエールの反応を見ようかと思ったが、キッチンには見当たらない。視線を上げると、今のところでカローラと二人でゲームをしている様だ。やはり、血は争えないな…


「おらおら! ガキども! 夕食が出来たぞ! さっさとゲームを片づけろ! 電源落とすぞ!」


 すると二人はビクリと肩を震わせる。


「もう…夕食の準備が整ったから…この試合はドローという事で…」


「いやいや、私のストックが3で貴方は1でしょ? 私の勝ちじゃないのっ!」


「いやいやいや、ここから三縦で巻き返す可能性も微粒子レベルで存在するから…」


 なんだかんだ言ってゲーム好きな所が似ているだけあって、仲良くしている様だ。しかし、カローラの奴は弱いな…


「ほらほらほら、さっさとコントローラをしまえ」


 俺はテーブルの上にドンと料理を置く。グリルパンに肉汁が滴りじゅぅ~っという音を立てながら、食欲を誘う肉の香りが辺りに漂う。


「うわぁ~ イチロー兄さま! なんですかこれっ!」


「ベーコンエクスプロージョンという料理だ」


「これ…なんてカロリー爆弾なの…」


 ミュリエールはゴクリと唾を飲み込んで呟く。


「じゃあ、さっさと喰うぞ! 頂きます!」


「「頂きます!」」


 頂きますの合図をすると、ベーコンエクスプロージョンを取りやすい大きさに切り分けてやる。


「えっ? 中に鹿肉のハンバーグが入っているの?」


「あぁ、そうだ、そしてその中にも猪ソーセージが入っているぞ! 食ってみ」


 俺がそう言うとミュリエールはパクリと一切れ食らいつく。


「えっ!? これ本当に鹿肉!? いつもは味が淡白で固いのにこんなに柔らかくコクがあってジューシーだなんて…信じられない!」


「あぁ、鹿肉は脂身が少ないからな… だから猪肉の脂で補完してやったんだよ… おっ! 我ながら美味くいけてるな!!」


 俺も自分の分を取り分けてモグモグと頬張る。


「イチロー兄さま! ご飯! ご飯は無いんですかっ! 肉といったらご飯ですよっ!」


 カローラはリスの様に頬を膨らませてモグモグしながら言ってくる。


「えっと、俺はおかずを作っただけだから…」


 そう言ってミュリエールを見る。すると口の中の物をゴクリと飲み込んで答える。


「客人が来るなんて思ってなかったから一合しか炊いてないわよ?」


「それでもいいからご飯を!」


 カローラが叫ぶ。


「仕方ないわね…ちょっと待ってなさい」


 そう言うとミュリエールはご飯茶碗にちょこっとだけご飯をついで持ってくる。


「うぅ…これだけの肉があるというのに… ご飯がこれだけなんて…」


「ご飯より肉の方が多いなんて贅沢な食べ方だよな…」


 そんな事も言いつつも、俺たち三人はガッツリとベーコンエクスプロージョンを楽しんだのであった。



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