第484話 過疎化の町 

 バタンッ!



 タクシーは俺とカローラが降りると扉を閉めて走り去っていく。



「イチロー兄さま…」


 

 隣のカローラが俺を見上げて声を掛けてくる。



「なんだ? カローラ」


「フィーラちゃんに脅されたから、キャンプ場を引き払ってすぐに動かなくちゃならないってのは分かるんですけど… こんな所に来てどうするんですか?」



 そう言ってカローラは辺りを見回す。俺たちが今いるのは京都の山間にある過疎化が進み切ったとある町…というか村である… 周りを見ても山と田んぼと所所に古めかしい民家しかない。俺たちはそんな寂れた村の中央にある施設の前に立っている。



「名古屋や大阪ではどこを見ても蟻の様に人だらけだったのに、ここは全く人の姿を見ませんよ? もしかして、特殊な病気が発生して村人全員が死に絶えて廃村になった場所なんですか?」


「いや、そんなツクツクボウシの鳴く頃に出てくるような場所じゃねぇよ… ただ単に過疎化が進んでいるのと、人が家の中にいて出てこないだけだ」


 カローラの奴、結構定番ネタのアニメとかも履修済みなんだな…


「そうなんですか、それでここでどうするつもりなんですか? もしかして、空き家を住み家にするつもりとか?」


「いやいや、人がいないように見えても、こんな場所は噂が回るのが早いから、すぐに無断進入していることがバレてしまう」


「じゃあ、ここでどうするおつもりなんですか? 私にも教えて下さいよ」


 カローラは答えが分からないから降参って感じに聞いてくる。


「もしかしたら、ここで身分証が手に入るかも知れないからな…」


「身分証が? こんな人のいない場所で?」


 カローラが首を傾げる。

 

「あぁ、その為にはカローラ、お前にも協力してもらうぞ」


「別に協力は構わないですけど… 人気が無い事を利用して、何処かの家に押し入り、身分証を奪うんですか?」


「なんでそんなダイレクトな犯罪方法を思いつくんだよ…」


「いや、イチロー様の配下になる前はそんな感じでしたからね」


 そう言えば、カローラ城にあった趣味の物はそうやって手に入れていた話だったな。


「まぁいい… 今回はここでお前の力を使ってもらう」


 そう言って、俺たちの立っている後ろの建物を指し示す。


「ここって…何の施設ですか?」


「役所の支所だよ、まぁ、中に入ってみるか」


 俺は説明するより実際に行った方が早いと考え、カローラを引き連れて支所の中に入っていく。すると支所の中は俺が思った通り、利用客は誰一人おらず、職員も3人程いるだけだった。


「えっと、すみませーんっ!!」


 俺は全員の注意がこちらに向くように、大きな声で呼びかける。


「はい? なんですか?」


 全員の注目が俺たちに集まる。俺はすかさず側にいたカローラを脇に手を入れてネコの様に抱え上げて、衆目に見せつける様に晒す。



「カローラ、魔眼を使え」


「えっ!? わ、分かりましたっ!」



 突然、猫のように持ち上げられたカローラは戸惑いつつも俺に言われた通り、支所の職員三人に対して怪しく瞳を輝かせて魔眼を使用する。



「魅了出来ましたよ、でも、事前にいって下されば、もっとカッコよく魔眼を使えたのに…『私の右目が疼く… 静まれっ…我が闇の魔眼っ!』って感じにやりたかったのに…」



 そう言ってカローラは中二病の間者の様にサッと片目を手で隠してポーズを取る。



「そんな事までラーニングしやがって… まぁ、お前は元々C4レベルで中二病を発症していたからな… お前にとってはこの現代日本はネタには困らないだろうな… 兎に角、これでここの職員はお前のいう事を聞くんだよな?」


「えぇ、そうですよ、なんならイチロー兄さまのいう事も聞くようにしましょうか?」


 カローラが肩越しに振り返って聞いてくる。


「あぁ、頼めるか?」


「任せて下さい! 牧場から家畜を運ぶ以外で魔眼が活躍した機会が無かったですからね! 汚名挽回のチャンスですよっ!」


 カローラの奴、蟻の時や魔獣の時に魔眼が効かなった事を未だに思っているのか… しかし、汚名挽回って… これって現代日本でラーニングしたネタを言っているのか、本気で間違っているのか判別つきにくいな…


「…できましたよ、イチロー兄さま、これでイチロー兄さまのいう事も聞くはずです」


「お、おぅ…そうか…じゃあ…」


 俺は猫の様に持ち上げていたカローラを降ろして、ゲームのNPCのように棒立ちしている職員に向き直る。


「この辺りに、外に出ず家で引き籠っている男性はいるか?」


「はい… 川沿いのシラセさん所の長男、アキラ君が…大阪の大学を出た後にこっちに戻ってきたみたいだけど… 見かけたことが無いです… 28歳にもなるというのに部屋に引き籠ってパソコンばかりして… 働きもしない、農作業も手伝わないでので父親のトオルさんが良くぼやいているそうです…」


 職員の一人、受付のおばちゃんが洗脳されたうつろな目で答えてくれる。


 しかし…やはり、田舎は恐ろしいな… 家庭内の情報が筒抜けだな…だが、都合がいい人物が見つかった、年齢も20代だから丁度いいだろう…


「俺がその…シラセアキラなんだ… いままで親父に迷惑をかけたから独り立ちしようと考えているんだが、住民票とか身分証明の出来る書類を発行してもらえないだろうか…」


「あら…貴方がシラセさん所のアキラちゃんなの? 暫く見ない間にいい男になったわね… 私、てっきり…まぁいいわ、今すぐ準備してあげるわ、構わないでしょ?課長、係長」


 受付のおばさんがうつろな目をしながら梅江さんみたいな顔をして答える。



「あぁ…シラセさんの所なら構わないよ…」


「シラセさん所はいつも自治会で世話になっているからね…」



 課長と係長と呼ばれた初老の二人は、うつろな目で快諾する。



「じゃあ、お願いできますか? 今日中に就職の面接にも行きたいので」


「任せて! 仕事が無くて暇していた所だから、急いで仕上げるわ!」



 受付のおばさんは、端末からシラセアキラなる人物の情報を検索して、テキパキと書類を準備し始める。カローラの魔眼で洗脳しているのもあるが、そもそものシラセアキラの父親が役所に貢献している人物らしく、忖度してくれているのもあるのだろう。


 しかし、人間相手ならカローラの魔眼は思った以上に使えるな…


「ねっ? 私の魔眼って家畜を行進させること以外にもちゃんと使えるでしょ?」


 カローラがドヤ顔で言ってくる。


「あぁ…そうだな、感心していた所だ、でも、魔眼がこんなに使えるなら、なんで強盗みたいな犯罪行為をしていたんだよ、魔眼の方が騒ぎが起きなくて楽に品物を手に入れられるでしょ?」


「あぁ、それはですね、最初に人間の所にいったのが、あの城で、骨メイドに色々話を聞いたから、とりあえず王族みたいな悪人面は殺しておくことにしたんですよ」


「そ…そうなのか…」


 とりあえず王族みたいな悪人面は殺すって… まぁ、商売人は腹黒い奴が多いからな… 本人にとっては顔つきで殺されてはたまったもんじゃないと思うが…


「はい! 出来たわよ!」


 受付のおばさんは笑顔で書類の入った封筒を渡してくるが、目がうつろなのでちょっと怖い。


「頑張ってね、アキラ君」


「シラセさんによろしく」


 後ろの課長と係長もうつろな目で励ましてくる。



「ありがとうございます! 皆さん」



 俺は三人に深々と頭を下げて、目線があったカローラに小声で話しかける。



「カローラ、三人の記憶を消す事ができるか?」


「大丈夫です。消せますよ」


「なら、やってくれ」


「わかりました」


 カローラは三人に向き直ってウインクピースのポーズをとりながら魔眼を使用する。


「チェキッ! はい、おわりました」


 そう言って、普通のポーズで真顔に戻る。


「…何だよ… そのチェキッ!ってのは…」


「ノリですよ…ノリ…」


「ノリって…」

 

 俺とカローラが話していると、職員の三人がうたた寝から目覚めたようにはっと我に返る。


「じゃあ、行くか…カローラ」


「はい、イチロー兄さま…」


 俺たちは支所を後にしたのであった。


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