第479話 キャンプ場

「どうだ? カローラ」


 俺は目の前に広がる光景に隣のカローラに感想を求める。


「どうだと言われましても、山と森、渓流ですね… 都会のコンクリートジャングルでは生きづらいからって、何も慣れた山野で本当にサバイバルをしなくても…」


 カローラは目の前に広がる大自然を前に、呆れたようにそう答える。


「カローラ、これはサバイバルではない! キャンプだ! 日々を現実をひたすら生き抜くだけのサバイバルとは違い、キャンプは人と自然とが一体となって自然の豊かさを享受するものなのだ!」


 俺は力強くキャンプとは何たるかをカローラに説明する。


 今、俺たちは都会のコンクリートジャングルから離れて、郊外のキャンプ場に来ている。ここであれば、身分証無しでも寝泊りできるし、カローラの様な子供と一緒にいても怪しまれることは無い。我ながらナイスアイデアだ。


「えっ? じゃあなんですか? 向こうの世界で使っていた馬車がない状況で、そこらの木や枝を刈り取って、ねぐらを作ったり竈を作ったり、ポチみたいに獲物を捕まえて調理するところから始めるんですか?」


「いや、ここに来る前に立ち寄ったホームセンターで買ったテントも寝袋もあるし、食材も名古屋を出る時に持って来たものがあるから獲物を取らなくても大丈夫だぞ?」


 そう言って収納魔法からテントやバーベキューセットを取り出してカローラに見せる。


「野外活動をしなくて済むのはいいですが… それって、家のテレビで自然を見ながら普通の食事をするのと何が違うんですか?」


 カローラは日本のキャンパーに聞いてはならぬことを聞いてくる。


「いや、そこはほら… 大自然が発するマイナスイオンとかなんとかあるだろ? それを直接肌に感じてだな…」


「マイナスイオンって… 確かテレビの宣伝でマイナスイオンを発生させる空気清浄機とかありましたよね? あれ使えばいいんじゃないですか?」


 くっそ! カローラの奴、中世ヨーロッパ並みの世界で暮らしていたのに、考え方が完全に現代っ子だ…


「いやいや、現代人が忘れがちな大自然の中で生きる事の大変さを再認識するために、こういった行為は必要なんだよ!」


「私としては自然の中で生きるよりも、現代社会の中で生きる事の方が大変だと思うんですけどね…現にこうして、都会での居場所が見つからないからここへ来たわけですし…」


「ぐぬぬ…」


 カローラめ… ひろゆきキッズみたく屁理屈ばかりこねやがって… 近頃の子供を持つ親御さん達も子供に大自然の良さを教えようとしてこんな苦労をしているのであろうか…


 あぁ…いつから人は自然との共存を忘れてしまったのであろうか…


「まぁ、とりあえず、警察の目を気にしなくて済むのはいいですね… 私も昼間は寝たいのに中々眠ることが出来なかったので、ここなら熟睡できそうです。イチロー兄さま、早くテントを立てましょう!」


 街の真ん中で深夜に居場所を求めてウロウロと彷徨い、俺が寝不足になっていたのと同じように、カローラも昼間の喧噪で静かに熟睡していなかったので、ゆっくりと睡眠をとりたがっているようだ。


「そうだな…ここは異世界と違って何かと騒がしくてうるさいからな、城で静かな睡眠に慣れているお前じゃ、熟睡できなかっただろう… 俺もスーパー銭湯でしか熟睡できなかったけどな」


「そうです、二人の安眠の為にさっさとテントを建てましょう! テント!」


 カローラも積極的に手伝ってくれる様子なので、早速良さそうな木陰の下を見つけてテントを建て始める。木陰の下であれば、雨が降ってきても雨音がうるさい事はないであろう。


「カローラ、ペグ持ってそこで押さえといてくれ」


「ここですか? イチロー兄さま」


「おう、そうだ、ちょっと待ってろ」


 テントがピンと張る位置にペグ立てて地面に打ち込んでいく。


「雨風はこれで防げますが、寝る時は地面が結構固そうですね…」


「それなら安心しろ、ちゃんと良い物を準備しているから」


「良い物?」


 四方のペグを打ち終えてテントの設置を終えた俺は、カローラと二人してテントの中に入る。


「おぉ~ 見た目よりも結構広いですね~」


「だろ? 4人用の大き目な物を買ったからな、しかもUVカット使用だから、カローラにも安心だ」


「UVカット? あぁ、あの伝説のヴァンパイアになれる秘薬の効能ですね、それで良い物といっていたのは何ですか?」


「ちょっと待ってろよ、今広げるから」


 俺は収納魔法からあるものを取り出すと、テントの中に広げてシュコシュコと空気を入れていく。


「おっ! おっ! おっ! これはマットですか!? しかも空気で膨らむ!?」


「そうだ! これなら地面のゴツゴツした感じも気にならないだろ? しかもこの上に寝袋を広げれば…」


 二人用のエアーマットを広げた上に更に二人用の寝袋を広げる。


「どうだ? これなら寝心地もいいだろ?」


「わーい♪」


 カローラは早速寝袋の上に転がる。


「おぉぉ!! これは凄い! 凄いですよ!! 以前部屋で使っていた布団より寝心地がいいんじゃないですか!?」


「えっ? そんなに? ちょっと俺も試してみるか…」


 俺もカローラの隣に寝転がる。


「おぉぉ~ 確かに… エアマットのふわふわ感が何とも言えない心地よさだな…」


「これ、キャンプの時だけじゃなくて普段使いでもいいんじゃないですか?」


 カローラはパフパフとエアマットの感触を楽しみながら言ってくる。


「そうだな… 部屋を借りてた時は、マットなんて大きなもの運べないから諦めていたけど、これなら簡単に運べるからな」


 俺は仰向きに寝転んで、エアマットの枕部分の感触を楽しむ。


「それに最初は文句を言ってましたけど、ここは静かでいいですね…」


 カローラも仰向きになって寝心地を確かめる。


「そうだな、24時間営業のファミレスで夜を過ごしていた時は、何かとうるさかったからな… 新しい客が来たり注文を運ぶたびに目が覚めそうになってたからな…」


 俺はファミレスで夜を過ごした事を思い出す。


 そして、静かに目を閉じてエアマットの寝心地を堪能し続けた。





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