第478話 放浪

 名古屋から旅立ってから数日が経った。その間、俺たちがどうしているかと言うと絶賛放浪中である。やはり、現代日本で生きていくためには身分証が無いということはかなりのハンデになる。俺一人であればどうにでもなるであろうが、やはり子供姿のカローラが一緒という事は打てる手段がかなり制限されてしまう。


 くっそ…道路を見れば道交法違反の車なんてそれこそ腐るほどいるのに、児童に関する事だけは滅茶苦茶厳しい… 普通の宿泊施設、ネカフェ、カラオケ店など… 身分証の提示無しで深夜を超えて入店しようとするとすぐに法律やら条例やらで、断られたり退店をお願いされてしまう。


 かと言って何も言われないコンビニで時間を潰すのも限度がある30分を超えれば、店員から何かと怪しまれる。いくら都心部にコンビニが多いと言っても30分ごとにコンビニを渡り歩くのは別の意味で怪しまれるであろう…


 そんな俺たちが何とか見つけたのが24時間営業のスーパー銭湯であるが、そこも問題なく入れたのかと言うとそうでもなく、なんとかゴリ押しして入った状態である。というのもやはり小さなお子様は入店お断りという事なので、カローラを高校生と偽って入ったのである。まぁ、やり方はDQNのゴリ押しと同じだから、何回も使える手段ではなく一回きりである。


「はぁ~ 都会の事をコンクリートジャングルとは良く行ったものだな… 住み家なしでサバイバルするのは大変だ…」


 俺は夕食の為に入った小さな中華料理屋でそうぼやく。


「私はもともと夜型の生活サイクルなので、夜の街をウロウロするのは特に問題ないですが、イチロー兄さまの方はかなり堪えてますよね…」


 前の席に座るカローラがステッキを取り出しながらそう言ってくる。


「あぁ… まともに夜に眠れたのはスーパー銭湯だけだったからな… 睡眠サイクルが狂って少し辛いな…」


「どうにかして、再び身分証を手にする事は出来ないんですか?」


 ちょっとヤバめの話なのでカローラが小声で尋ねてくる。


「俺もそれは考えているんだが… なんせ役場に人が多すぎるからな… 魔法で何とかしようと思っても全員に魔法を掛けなくちゃならなくなるからかなり難しいんだよ…」


「あー 今の状況は魔力を使ってもマナが薄すぎて魔力を回復できませんからね…」


 魔力さえ回復出来れば色々と方法はあるのだが、この非常時に魔力を枯渇させることはできない。


「参ったよな…」


 そう言って、俺は椅子の背もたれに身体を預ける。


 そこに店内に設置されたテレビがニュースを伝える。



「次のニュースです。SNSに大量の犯行現場動画が上がり、殺人事件にも発展したナカハラ ユウセイ容疑者の事件ですが、被害者が愛知だけではなく、他県もまたいでの犯行であったことが判明したことから、広域犯罪となり、所轄が愛知県警から合同捜査本部が設置されることになりました。これを受け、ナカハラユウセイ容疑者の父、ナカハラ県議会議員は辞職し…」


「イチロー兄さま、あれって…」


 そう言ってカローラがテレビに映る容疑者を指差す。


「カローラ、気にするな、もう終わった事だ…」


 カローラにそう言って俺はタンブラーの水を飲む。


 あの日の深夜の後、俺はDQN達の悪事をSNSにばら蒔いてやったのだが、あのDQNが言っていた通り、父親が県議会議員や警察、メディアの人間だったらしく、DQNたちが加害者ではなく被害者として扱われていた。つまり県内の事件であるなら揉み消されそうになっていたのである。


 だが、スマホ内の動画にあった被害者の中には県外の被害者がいたようで、県警内だけで処理できず広域捜査となって他県の警察も動き、揉み消す事が不可能になったようだ。


 ホント、親子そろってクズだな…


「はい! チャーシューメン大盛一丁! チャーシューメン普通盛一丁! 唐揚げ一人前! 餃子二人前! チャーハン一つ! ご注文は以上でよろしいですか?」


 店員が俺たちの注文を威勢のいい声を出して持ってくる。


「あっ 済まない取り皿もう一つもらえますか?」


「はい! わかりました!」


 俺が取り皿を頼むと、店員はカウンター越しに厨房の店員から取り皿を受け取り、すぐに俺に渡してくる。


「ありがとうな」


「いえ、どういたしまして! ごゆっくり!」


 俺は取り皿を受け取った後、取り皿にチャーハンを小分けする。


「カローラ、ホントにチャーハンは少しでいいのか? 今からでも一人前頼んでやるぞ?」


「いえ、シュリに食事量を鍛えられたと言っても、ラーメンに餃子、唐揚げにチャーハン一人前は流石に入りませんよ、ちょっと味わうだけでいいです」


 そう言って小分けしたチャーハンを受け取りながら、餃子をモグモグと食べ始める。


「しかし、カローラ、お前、本当に餃子も食えるんだな… マジでニンニクは大丈夫なのか?」


「前にも言いましたけど、基本的にニンニクを食べた人の息が嫌いなだけで、自分で食べる分には少量なら大丈夫です。城にいる時はメイド達に気を使って食べていませんでしたが…」


 そう言って餃子をパクつく。


「そう言えば、確かにそんな事を前にも言ってたな… 杭に心臓を貫かれたり、首を切り落とされたりされて死ぬのは人間もヴァンパイアも一緒だとか…」


 そう言って俺はずるずるラーメンを啜る。鶏ガラ系のコクのある醤油ラーメンだな…このガツン!とくるコクがたまらんな~


「後、こちらでは十字架が苦手って話でしたよね? 向こうでもヴァンパイアは宗教的シンボルを持つものは避けますが、それはシンボルそのものが苦手じゃなくて、そんなシンボルを持っている者は神聖魔法が使えたり聖職者が多いので避けているだけなんですよ、あっ唐揚げにレモンかけていいですか?」


「あぁ、かけていいぞ、なるほど、納得できる理由だな、今の俺たちが警察を避けているのと似たような理由か…」


「ヴァンパイアをただの犯罪者みたく言わないで下さいよ…」


 カローラは少しぷくっと頬を膨らませる。


「すまんすまん、ちょっとした言葉の綾だ」


 俺は唐揚げを一つとり齧り付く。流石、本職が作る唐揚げは美味いな!


「それで寝泊りするところですが、映画のレイトショーもダメ、スーパー銭湯もそんなに24時間営業をしている所は無い、勿論、ホテルもダメとなると… どこかネカフェでまた探すんですか?」


 カローラが今夜の宿の事を聞いてくる。


「いや、この辺りは名古屋にあった個人店みたいな所は見つからなくて、殆どチェーン店だから、身分証が無いとオールナイトは入れないんだよ…」


「やはり、身分証が無いと厳しいですか…」


 カローラはラーメンをずるずると啜る。


「まぁ、身分証が無くてもなんとかなる場所があるにはあるんだが…」


「えっ? そこはどこなんですか?」


 カローラが目を丸くして聞いてくる。


「ラーメンが伸びちまうから、食い終わったら教えてやるよ」


 そう言って俺は盛大にラーメンを啜ったのであった。




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