第477話 別れ

「ムルティさん… どうしてここに? ネカフェに避難してたんじゃないのか?」


 俺は目を丸くしてムルティさんに話しかける。


「イチローさんトカローラちゃん達ノ事ガ心配デ息ヲ顰メテ、ズット家ニイタンデスヨ…」


 ムルティさんは伏目勝ちで答える。


「そうだったのか…心配かけて済まなかったな…」


「イエ、イインデス、イチローさん達ガ無事ナラバ… デモ…ココヲ去ルノデスネ…」


 寂しげな顔をしたムルティさんは顔を上げて俺を見る。最初の一言もそうであったが、ムルティさんが俺たちがここを去る事を知っている事に息を呑む。


 どう答えるべきか… 二人で散歩に出かけると嘘つく? 

 …いや、カローラが着け狙われている事を教えてくれて、そしてもし部屋にDQNの襲撃があれば加勢するつもりで部屋に潜んでいたであろうムルティさんに嘘なんてつく事は出来ない。

 誠意には誠意を持って返さねば、男が立たない。



「あぁ、ちょっと色々と事情があってな… ここにいるのはマズくなったんだ… ムルティさんとは仲良くなれたけど済まねぇな…」


「ソウナノデスカ…デモ、理由ハ聞カナイデオキマス… デモ、最後ノオ別レニ、コチラヲ用意致シマシタ、オ受ケ取リ下サイ」


 そう言ってムルティさんは紙袋を差し出してきた。


「これは?」


「結局、私ノ料理ヲ召シ上ガッテ貰ウ事ガ出来ナカッタノデ、オ弁当ヲ作リマシタ。途中デ召シ上ガッテ下サイ」


 袋の中には、チーズナンとタッパに入ったカレー、タンドリーチキンが三人分入っていた。


「あれ? 三人分?」


「ハイ、モウ一人、オ仲間ガオラレルノデショ? ココハ壁ガ薄イノデ分カリマシタヨ」


 ムルティさんは笑顔で答える。


「ハハハ…なんだ…丸聞こえだったのか…」


 俺は苦笑いして答える。…という事は…カローラの漏らしそうになった事も、聖剣のBL騒動も丸聞こえだったのか… しかし、忠告して貰ったり物を貰ってばかりではなんだか悪いな…なにか恩返し出来る事は無いだろうか…


「なぁ、ムルティさん、もし邪魔でなければ俺たちが使っていたソファーを貰ってくれないか?」


「エッ!? アノソファーヲデスカ!?」


「あぁ、流石にあのソファーは持っていけないからな、残していくしかないんだけど…どう?」


 なんだか粗大ごみを渡す様で心苦しいか、俺たちとムルティさんの縁の始まりの品なので、ムルティさんに使ってもらえるのならありがたい。


「エェ! 是非トモ頂キマス!! イチローさんとのサンバンド、繋ガリノ品デス!! イチローさん達ハ日本デ初メテノ友達デス!! 是非トモ欲シイデス!!」


 先程まで寂しげな顔をしていたムルティさんが顔を開いて喜ぶ。


「じゃあ、また運ぶの手伝ってもらえるか? ムルティさん」


「ハイ! 是非トモ!!」


 そういう事で俺たちは一度部屋に戻り、駐車場側の扉を開いてソファーを動かす。今回は俺がソファーの右側を持ち、ムルティさんが左側を持つ。


「大丈夫か? ムルティさん」


「大丈夫デス! イチローさん!」


 男二人でえっこらえっこらとソファーを運び、ムルティさんの部屋に運び入れる。


「ふぅ、なんとか運べたな」


「ゴ苦労様デシタ、イチローさん」


 汗を拭った後、チラリとムルティさんの部屋の中を見る。すると、あまり物は無く、ほぼ入居時のような状態で、ムルティさんの私物らしいものと言えば、壁に貼ってある曼荼羅の絵だけであった。


「マンダラか…」


「ハイ、インドカラ日本ヘ来ル時ニコレダケハ持ッテキマシタ。今ノインドデハヒンドゥーノ教エガ主流デスガ、母ガ持タセテクレマシタ、何デモ無数ト思ワレル世界ハ神ヤ仏ノ元、一ツニ繋ガッテイテ、私ガインドカラ離レタ日本ニ居テモ、世界ハ繋ガッテイルト言ッテイマシタ」


「世界は繋がっているか…」


 そうだよな…現代日本にいた俺が異世界に行って向こうの世界の人間と知りあい、また戻ってきて、今度はインド人のムルティさんと知り合うんだから、不思議な縁だよな…


「じゃあ、ムルティさん、俺、そろそろ行くわ…」


 そう言って、握手するために俺は右手を差し出す。


「デハ、行ッテラッシャイ、マタ何処カデオ会イデキルトイイデスネ、イチローさん」


 ムルティさんもそう言って、俺の差し出した右手を強く握り返す。


「ムルティさん、またね、ゲーム、楽しかったよ!」


 カローラもそう言って右手を差し出す。


「アァ、カローラちゃん、ソウデスネ、スト6デ会エルカモ知レマセンネ、私モゲームヲ買ッテ、ムルティの名前デ始メマスヨ、見ツケタ時ハ遊ンデ下サイネ!」


 そう言ってムルティさんはカローラとも固い握手を交わす。


「じゃあな、ムルティさん」


 そう言って俺たちは歩き出す。


「イッテラッシャイ! ガリビドース! イチローさん! カローラちゃん!!」


 俺たちは何度も振り返ったが、ムルティさんはずっと俺たちに手を振り続けていて、俺たちも何度かムルティさんに手を振り返して歩き続けた。きっとムルティさんは俺たちの姿が見えなくなっても手を振り続けていただろう…


 そのムルティさんの見送りを背に俺たちは駅に向かって歩き続けた。



「イチロー兄さま、ムルティさん、いい人でしたね」


 手を繋いで歩くカローラがちょこちょこと歩きながら、俺を見上げて言ってくる。


「あぁ、いい友人だった… もっといろいろ知り合う時間が欲しかったな…」


「また、スト6で会えるかもしれませんよ? その時はイチロー兄さまにも声を掛けますね」


「あぁ、頼む…」


「ところでこれからどうするんですか? どこへむかうんですか?」


 結構ハードな状況だが、カローラは屈託のない表情で聞いてくる。


「とりあえずは、この街や名古屋から離れないとマズいな…」


「別の街に行って、新しい部屋を探すのですか?」


「いや… 部屋を借りる時の身分証、身分証で作った通帳も使えないし、ちょっと難しいな…」


 あのDQNから奪った免許証やスマホもこれから使う事は出来ない… 幸い金だけはあるから何とかなるが…今のご時勢、身分証無しでホテルや旅館に寝泊りするのも難しいな…


「まぁ、これだけ物と人が溢れた所なので、どうにでもなるでしょう」


 カローラがそんな風に答える。


「お前、随分と逞しい事を言うな…」


「そりゃ、何もない荒野に放り出される事を思えば、楽勝ですよ」


 そう言ってニッコリと微笑む。


「確かにそうだな、とりあえず新しい街についてから考えるか!」


 

 そうして、俺たち二人は始発の電車に乗り込み、この名古屋を離れたのであった。

 

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