第476話 旅立ち

「ただいま~」


 深夜をとうに回っているので、小さな声で部屋の中に入る。


「イチロー兄さま、おかえりなさい」


「あら、時間が掛かったわね」


 夜行性のカローラと24時間営業の聖剣の二人から、当然の如く返事が返ってくる。


「まぁな、色々あったもんでな」


 俺はそう答えながら部屋の中に入る。すると二人は聖剣はレスバ、カローラはゲームと普段と変わらない日常の光景を繰り広げていた。


 俺はそんな二人に口を開く。


「突然ですまんが、ここを引き払うぞ」


 すると、聖剣はキーボードを叩く手を止めて、パソコンをパタリと閉じ、カローラはセーブをするとステッキの電源を切る。



「お前ら、やけにあっさりと応じるな… もっとだだこねると思っていたが…」



 あっさりと俺の指示に従う二人に、少し拍子抜けしてしまう。



「まぁ、元々、私たちは逃亡犯みたいなものですからね」



 そう言って、カローラはステッキやその他の周辺機器を収納魔法に締まっていく。



「それになんとなく、何があったか察しがついているから」



 そう言って、聖剣は自分のノートパソコンを俺に収納して貰う為に差し出してくる。



「なんだ、聖剣、分かっていたのかよ…」


「魔王相手に戦っていた私が分からないはずはないでしょ、でも、まぁあんなクズなら貴方一人でも大丈夫そうだから、あえて付いて行かなかったんだけどね」



 俺も聖剣に人間に危害を加えないように気を使っていたんだが、聖剣の方も俺に気を使っていたんだな… まぁ、自分で蒔いた種は自分で刈り取らんといかんしな…



「それで、イチロー兄さま、荷物はどうするんですか? 収納魔法に入るものは持っていきますか?」


 カローラが尋ねてくる。


「そうだな、容量に余裕はあるし、持っていけるものは持っていくか、いつどこで再び使えるようになるか分からないしな」


 すると、カローラがソファーからぴょんと降りて、とたとたとテレビの元へ行く。


「じゃあ、これも持っていくんですよねっ!」


 そういって、テレビをぺんぺんと叩く。


「いや、その大きさじゃお前の収納魔法に入らんだろ?」


「だから、イチロー兄さまにお願いしているんじゃないですか~」


「俺だってそんなものが入る収納入口なんて前屈でもしないかぎり無理だぞ? 俺が前屈してたら誰が運ぶんだよ」


 収納魔法は身体を使って輪を作り入口を作らないといけない。だから42型のテレビの寸法が入る輪を作らなければならないが、俺でも前屈でもしないと無理だと思う。


「分かったわ、私が手伝うからカローラも少し手伝いなさい」


「えっ?」


 聖剣の言葉に少し驚く。


「私の手を使えば運ぶことが出来ると思うわ、でも、こんなハンガーじゃ土台が不安定だから、カローラに手伝ってもらえればいけると思うわ」


「ありがとう、フィーラちゃん!」


 カローラが聖剣に向かって礼を言う。


「えっ? あぁ、フィーラって聖剣の事か… ってか、お前ら名前で呼び合う仲になっていたんだな…」


「それはこの部屋に住み始めてからずっと二人きりで過ごしていたからね、イチローよりカローラの方が私について詳しいのじゃないかしら? ほら、イチロー、早く準備して」


 うーん、俺のいない所で、二人っきりにさせていたのは俺だけど… 二人でどんな会話をしていたのか気になるな… まぁ、喧嘩してギスギスするよりかはいいけど…


「こ、これでいいか?」


「カローラ、線を外して支える様に持って」


「わかった、こう?」


 そんな感じに三人がかりでテレビを収納していく。


「さて、テレビはなんとか出来たから、他の物だな」


「電気ケトルに、炊飯器、ホットプレートは持っていくでしょ?」


「あぁ、当然だ。使い慣れた物だからな、それに新しい住み家が決まって買い直すのもめんどくさい」


 俺は収納魔法に家電をポイポイと入れていく。


「後、冷蔵庫の中のものはどうしますか?」


「うーん… 収納魔法の中って、腐らないのだろうか… そもそも、生き物は入らなかったけど、生ものはどうなんだろ?」


「一度試してみますか?」


 冷蔵庫を開く俺の隣にカローラが覗き込んでくる。


「まぁ、そうだな…置いて行っても仕方が無いし試してみるか…」


 そう言って、冷蔵庫に残っている食材を収納魔法に放り込んでいく。これで温度も変わらず腐らないのだったら、スゲー便利になるな。スーパーで安売りの時に買い溜めしたり、作り置きした食べ物を好きな時に食べる事が出来る。

 また、どこでも身体一つでハイキング気分で旅ができるな。


「入りましたね… これで温度も保てたら、好きな時に冷たい飲み物や暖かい飲み物がのめますね… あっ ごみ捨てが面倒な時は収納魔法の中に放り込むのもありですね…」


「いや、収納魔法の中が温度は変わらず腐りもしないのならいいけど、そうでなければ…大変な事になるぞ… 収納魔法を使うたびに腐敗臭が漂って…」


 俺が昼間、調査に出かけている時に食べ終わったカップ麺や飲み干したペットボトルをそのままにしていることが多いカローラは収納魔法を使ったずぼらを考えたようだが、俺は最悪の事態を想定して忠告しておく。


「… ちゃんと、ゴミ捨てはします…」


「その方が良い、ここではメイドはいないからな… ちゃんと片づけをする習慣を身に付けろ」


 冷蔵庫の食材や、キッチンの調味料や料理器具を収納魔法に納めた後、再び部屋に戻る。


「さて、持っていく荷物は以上だな」


「そうですね、さすがにソファーは持っていけませんからね」


「それじゃ、出ましょうか」


 そう言って聖剣が俺の中に入ってくる。


(パパ! また邪悪な存在がパパの中に!!!)


 聖剣が俺の体に入るなり、マイSONの声が頭に響く。


(誰が邪悪な存在よ!! 貴方の様な汚らわしい存在に聖剣である私が貶められるなんて… そんなに元聖女である私を嫌うならば、お前は触手同士で絡まり合って、性欲も男同士で解消しろ! あまりにも侮辱にその衝撃が受け止めきれず、悔しくて泣けてきて 怒りで震えて涙が止まらない! 謝罪しなさい! このおしゃべり触手が!)


(パパぁ~ この人、どうにかしてよぉ~)


 聖剣が頭の中で大声を上げ始める。


「頼むから…俺の頭の中で大声で喧嘩すんなよ…」


 これから部屋を出るというのに、この有様かよ…先が思いやられるわ…


 そんな事を考えながら、扉を開けて外に出る。すると、外に出てすぐに声が掛かる


「イチローさん… ヤハリ、ココヲ出テイカレルノデスネ…」


 そこには寂しげな顔をしたムルティさんの姿があった。


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