第471話 トラウマ

 俺はカードの使用明細を見て思わず声を上げてしまう。



「あっ、ちょっと私はお花摘みに…」



 カローラはわざとらしく声を上げ、トイレに向かおうとする。



「ちょっと待て…カローラ…」



 俺はそんなカローラのパーカーのフードを掴んで摘まみ上げる。



「ちょ、ちょっと何するんですかっ! イチロー兄さまっ!」


 

 カローラは手足をバタバタさせて抗議の声をあげる。



「お前にちょっと聞きたい事がある…」


「そんなのお花摘みが終わってからで良いじゃないですかぁ~」



 そう言いながらカローラは俺から目を逸らし続ける。



「お花摘みが終わるも何も… お前、ステッキ持ちながらトイレに向かうって事は、トイレの中に立て籠もるつもりだろ…」


「そそそっ! そんな事はありませんよっ! ちょっと目を離せない場面なので持っていくだけですよっ!」


「目を離せない場面なら、ポーズしてスッキリしてから続きをやればいいだろ? それともなにか? トイレに籠る別の理由があるのか?」



 カローラはオドオドと目を泳がせてだらだらと冷や汗を流し始める。



「ゲ、ゲームをする時はですね… 誰にも邪魔されず 自由で なんというか救われてなきゃあダメなんですよ… 独りで静かで豊かで……」


「独りでって… じゃあネットワークプレイも対戦プレイも出来ないようにネットを切断してもいいのか?」


「うっ…それは…」



 カローラは観念したように項垂れる。そんなカローラのパソコンの画面に突きつける。



「で、俺の聞きたい事は、カードの請求にオンラインゲーム販売のスチーミィの請求がクソほど来ているんだが… これはどういうことなのか説明してもらえるか?」


「い、いや…イチロー兄さまも課金していいって言ってたじゃないですかぁ~!!」


 なんかカローラが逆切れし始める。


「確かに言ったけど限度ってものがあるし、ゲームを新規購入するって話はしてないぞっ! それになんだよ!お前!! こんなポロポロとゲーム買いやがってっ! 何本ゲームを購入してんだよっ!」



 購入したタイトル数を見ると軽く20本ほどはある。



「い、いや…一応…気を使ってセール中の物や元々販売価格の安い物を購入しているんですよっ!」



 カローラがそんな言い訳をしてくる。俺はカローラを摘まみ上げながら改めて画面を確認してみると、確かに本数は多いが、一本一本の値段は1000円前後でフルプライスソフトを買う事を考えれば安い。それでも全体では2万円ほど使い込んでいた。

 しかし、カローラが購入していたゲームの中にヴァンパイアサバイバルがあるんだが…カローラは自分がヴァンパイアであることを自覚しているのか?



「…確かに金額は2万程か…まぁ、以前親衛隊から貰ったジャングルギフトで補填してもらえれば1万程の使い込みだな… 俺もPCゲームなら遊べるから勘弁してやるか…これからは俺に相談してからにしろよ…」


 俺は手を離してカローラを解放してやる。



「す、すみませんでした…」



 ぺこりと頭を下げたカローラの頭に、パーカーのフードがふわりと被さってゲキゲンガーのニヤリとした顔が俺の目に入る。ちょっと、ムカつくな…この顔…反省している様に見えない…



「さて…問題は…」



 俺は聖剣の方に向き直る。すると先程までカチャカチャとレスバをしていた聖剣は、キーボードを叩かず、まるで物言わぬただの剣のようにコートハンガーにぶら下がっていた。

 どうやら、本人は物言わぬただの剣としてやり過ごすつもりなのであろう…



「おい…何を物言わぬただの剣を装ってんだよ…」


「………」


 聖剣は無言で答えない。



「…お前…そうやってただの物のふりをしてやり過ごすつもりか?」


「………」


 やはり、聖剣は答えない。



「お前がそういうつもりなら… 購入したデータを全部削除させてもらうぞ…」



 俺はそう言いながら立ち上がり、聖剣のパソコンに手を伸ばす。



「やめてよっ!!! 消さないでっ!!」



 すると今まで無言を貫いていた聖剣は声を上げ、手を伸ばして自分のパソコンを自分の我が子のように抱き締める。



「このデータの一つ一つは私にとって大事な我が子の様な物なのよ…」


「やっぱりお前だったのかよ… しかしな、限度ってもんがあるだろ!! それにだ!」



 俺は自分のパソコンを掴んで聖剣に画面を見せつける。



「お前!! 俺の名義のカードを使って、こんなもんをしこたま買いやがって!!! どうしてくれるんだよっ!!!」


 

 画面の明細には『俺がケモナーになれるまで』とか『抱きたい男1位を脅しています』とか『ベッドイン・マナー』とか…BL本らしきタイトルが恐ろしい数連なっていた。



「お前…女には男に秘密にしたい買い物があるって言ってたけど…まさかBL本を買い漁っているとは… しかもどれだけの数買ってんだよ…残高が無くなっているじゃねぇか…」


「これもイチロー!! 貴方の所為なのよっ!!」



 すると聖剣がそんな声を張り上げる。



「なんでBL本が俺の所為になるんだよ…」


「貴方が私を手に入れる時に、私に淫らな気を送り込んだから、私は汚されてしまったのよっ!」


「だからって、なんでBLに走るんだよ…俺にはBLの趣味はねぇーぞ?」


「貴方の愛妾が私に勧めてきたのよっ!」


「俺の愛妾って…くっそ!アソシエの奴か… 聖剣にまで腐教活動をしたのかよ… なんてこと仕出かしてくれたんだよ…」


 俺はアソシエのBL腐教活動で聖剣まで腐レンズになった事に頭を抱える。



「かと言って、こんなに買う事も無かっただろ… どれだけ買ってんだよ…」


「いいじゃない!! 貴方たち二人が食事をとって栄養を補充するように、私も心の栄養を補充する必要があったのよっ!」


「心の栄養って…おま… 仮に心の栄養が必要だとしてもどんだけ食うんだよ…」


 僅か一週間かそこらで3万円分のBL本を買い漁るって…


 俺は一体何冊買ったのか調べる為に、明細画面をスクロールして下に降ろしていく。するとBL本に混じって、俺の好きなボクシングの漫画のタイトルを発見する。



「あれ? 俺の好きな作品も買っているのか… お前がボクシングに興味あるなんて以外だな…」


「えっ? イチローも興味がある作品があるの? 見てみる?」



 俺が興味を示した事に聖剣は、趣味友が出来たかのように機嫌を良くして、パソコンの画面を俺に向けてくる。



「えっと…はじめ…あったあった」


 男同士が絡み合うサムネイルの中から、見慣れた主人公の姿を見つけてクリックする。


 しかし、そこに映し出されたのは、俺の予想に反し、リングの上で男同士が絡み合うとんでもない内容の同人誌であった…



『真柴…なんてリーチの長い奴だ…』


『小僧! わしとの特訓を思い出すんじゃ!!』



 俺は余りにもショッキングな光景にマウスを握る手が震え始め、再び本のタイトルを確認する。それは本来のタイトルに一字加わった『はじめての二歩』と記されていた…



「…なんてもの… なんてものを…見せやがって…」



 俺は拳を握り締める。



「クソアマァァァ!!! 俺の青春の日の思い出の作品を穢しやがってっ!!! なんてことをしてくれたんだぁぁぁ!!!」



 俺がまだ若かりし頃、この漫画を読んで、照明の紐を相手にボクシングのトレーニングをしていた日々を思い出す。



「なによっ! 貴方もBLに目覚めたんじゃないのっ!?」


「目覚めるかっ! ボケェ!! それより、こんなもんを見ちまったら、もう二度とまともに作品が読めなくなるじゃねぇかっ!! どうしてくれるんだよっ!!!」



 余りにも衝撃的な内容に、今後、真柴を見てもアレが長いとか… 会長のおっちゃんが二歩とどんな特訓をしていたのか気になってまともに読む事は出来ないであろう…



 こうして、休みを取ってストレス発散をするつもりが更にストレスを溜める事になってしまったのであった…

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