第472話 視線
BL本買い込み事件発覚以降、聖剣は開き直りなのか自分の趣味を包み隠さずオープンにするようになった。まぁ、隠れてこそこそとBL本を買い漁るよりかはマシなのであるが、俺に趣味友のように気軽にBLネタを話しかけるのは止めて欲しい…
「イチロー兄さま、おはようございます」
「あら、イチロー、起きたのね」
俺がロフトから降りるとカローラと聖剣が声を掛けてくる。
「二人ともおはよう」
「アーチャー×アーチャーの最新話が出たみたいよ」
「そうか…」
「ところで、イチローはキノレア×ゴソとレオリノ×クラヒカどっちが好き?」
「ところでじゃねぇよっ! 朝からBLの話を俺に振ってくんなよっ!」
俺は大声を張り上げる。
「なによっ! 折角、私が貴方の趣味に合わせて話しかけているのにっ!!」
「俺とお前とでは『趣味』の言葉の定義が違うんだよっ! 俺のは『ホビー』お前のは『セクシャルプレフェンス』なんだよっ!」
「日本語って…難しいわね…」
「なにが難しいだよ… 俺をBLに巻き込むな…」
「ところで、イチロー兄さま、今日も調査に向かわれるんですか?」
カローラが正しい『ところで』の使い方で話しかけてくる。
「あぁ、少しづつ行方不明者発生の事件で転移転生の痕跡を調べていかないとな… いざという時は自力で元に戻る方法を解析しなければならないし、またソナーを打ってきた人物についても調べないといけないしな」
ここ最近、亀岡方面を重点的に調べているが、未だにソナーを打ってきた人物からの接触はない。
もし、俺たちを捜索するために仲間たちの誰かが後を追って来たとするならば、なんらかのアクションがあってもおかしくないはずなんだが…
しかし、俺たちの仲間の中で世界を超えて探しに来れるって誰になるだろ? 魔力や魔力技術となるとアソシエとディートだな。聖女の奇跡を起こしたという事ならミリーズもあり得る。
「なぁ、聖剣」
「…なによ」
先程、BL話に乗らなかった事で、聖剣がまだへそを曲げている。
「もし、俺たちを探しにこれるとなれば、アソシエかディート、ミリーズになると思われるんだが、その三人が現れた情報が無いか探ってもらえるか?」
「…別にいいけど、アソシエとミリーズは知っているけど、ディートって人物は私知らないわよ?」
「あっ、そうだったな、ディートは留守番でホラリスについてこなかったから、あってないんだよな…」
俺はディートの説明をしなくてはならないが、そろそろ調査に出発する時間なので、どうするか思い悩む。
「それなら、私が聖剣にディートの事を説明しておきましょうか?」
そこへカローラがディートの説明を買って出てくれる。
「カローラ、頼めるか?」
「分かりました、ディートの事は私から聖剣に説明しておきます…それと…」
カローラが言いずらそうな顔をして俺を見上げてくる。
「なんだ?」
「食事の食材も買出しに行こうと考えているので…そのお金を渡して貰えますか?」
最近は飲み物の買出しだけではなく、ちょっとした食事の材料の買出しもカローラに頼んでいるので、そこは問題がないのだが、先日のスチーミィでの使い込みの件でお金の事が言い出しにくかったのであろう。
「…わかったよ、1万円渡しておくけど、今度は使い込みすんなよ… 後、ジュースもお菓子も買っていいけど、お菓子の食べ過ぎでお腹いっぱいになって食事が喰えないとか言い出したら、今後はお菓子もジュースも無しだからな、あといつものコーヒーも買っておいてくれよ」
なんか言ってて、子供に躾している親の様に思えてくる。
「は、はい…分かりました、中川珈琲ですね」
そんな俺とカローラのやり取りを聖剣がチラチラと見てくる。
「なんだよ…」
「私も心の食事を摂る為の食材を買って欲しいんだけど…」
「心の食事って…まさしく『おかず』だな…」
腐女子でもネタに使うものを『おかず』と言うかは分からないが、元々『おかず』という言葉はこういう経緯で生まれたのであろうか?
「それでどうなの?」
「ダメだ… ネットで見て回れるもので我慢するか、もしくは有益な情報を手に入れたら一冊分の購入権をやるよ」
「くっ! 私に飲まず食わずで働けと言うのねっ!」
お前にとってBL本は飲み物であり食い物であるのかよ…
「そんなに言うなら、自分で創作すればいいだろ?」
「…創作…そういう手があったわねっ!」
聖剣ははっと気が付いたような素振りをすると、メモ帳を開いてなにやら書き込み始める。…ちょっといらんことを教えてしまったか… まぁ、俺名義のカードでBL本を買い漁られるよりかはマシか…
そんな事もあったが、朝の準備を済ませ、俺は部屋を出て京都の亀岡方面へと向かう。最初の内は近鉄からJRの乗り継ぎに戸惑っていたが、何度も足を運ぶうちに慣れてきた。
そして、保津峡を超えて馬堀駅で降りる。駅前にはそこそこ高いビルが一本立っているが、後ろ側を振り向くと田んぼと山が広がっている。なんか奇妙な光景の場所だな…
駅から出た俺はロータリーでタクシーを拾い目的地へと向かう。今日の目的地は亀岡の心霊スポットと呼ばれる鍬山神社と頼政塚だ。一日で両方回れればいいのだが…
そんな訳でまず初めは鍬山神社へと向かう。神社に到着すると定年退職した老人かカップルの観光客ばかりで、独りで来ている俺はなんとなく浮いてしまう。
「…こんなことなら、カローラでも連れて来るべきだったか?」
そんな事も考えたが、流石に就学児童にしか見えないカローラを平日に連れ回すのは目立つのでそんなことは出来ないし、聖剣では、一日中BL話を頭の中でされそうである。
そんな事を考えながら境内を周り、魔力探知をしていくのだが、魔力スポットや異世界転移の形跡は見つける事が出来なかった。
「まぁ…そんな簡単には見つからんよな…でも、こんなに空振りばかりだと単なる観光をしている気分になって来るな…」
早々に探索を切り上げた俺は次に頼政塚に向かう。郊外にある鍬山神社と違って頼政塚は街の真ん中にあり、小学校の隣に位置する。こんな場所にカローラを連れてきたら猶更児童誘拐とかを怪しまれそうだ。
「うーん… ここも何も成果無しか…」
人気の無い塚のある高台に昇って、辺りを見渡しながら一人呟く。
ここなら人気もないし、もう一度魔法を使えば向こうからの反応があるのではないかと思いつく。
「いっちょやってみるか…」
そう呟いた俺は、手に魔力を集中して照明魔法を使う。そして、前回の様に魔法を自分の周りにぐるぐると回してソナーを打ってこないかを確かめる。
「………」
魔法を使って、三分…五分…十分程待ってみる。しかし、ソナーの反応はない。
「やっぱダメか…」
そう漏らして、魔法を使うのを止める。すると、俺はとある感覚を覚える。
「見られてる!?」
見られていると言っても、近くに人がいて直視されている事では無く、俺がいつも使う望遠魔法で見られているような感覚だ。
「やはり…誰かいる…しかも望遠魔法で俺に気づかれないようにしてくるなんて…」
普通の冒険者だったら気が付かないであろうが、俺は良く望遠魔法で狙撃をしていた事があったので、自分がされないように対策を打っていたのだ。
「ソナーを打って俺の事を探している仲間なら、俺に分かるように反応してくるはずだ…しかし、気が付かれないように調べてくるとは…」
俺は視線を感じた北の方を眺める。視線を感じる事は出来ても、流石に魔法を打ってこない限り場所まで特定する事は出来ない…
「ソナーを打ってきた相手はもっと北側にいるって事か…」
俺はどうするか考えたが、時間は午後三時を回っている。
「…また、今度にするか…」
その日は大人しく帰る事にしたのであった。
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