第463話 説得
俺は神社の境内に入り、参道からそれて表の道路から見えない位置に移動して、後に付いてきたご婦人に振り返る。
「あの…それでお話はとはどの様なことでしょうか?」
ご婦人は少し不安な表情を浮かべながら尋ねてくる。
「…率直に言う、二宮さん、自殺はやめとけ」
直視して述べる俺の言葉に、ご婦人は驚いて目を見開く。そんなご婦人に続けざまに告げる。
「後、自殺してもあの世で娘さんとは絶対に会えない」
俺の言葉に信じられないという顔をしつつも困惑して口元に手を当てる。
「どうして!? その事を… それにあの世で娘の玲子に会えないとは…一体どういうことですか? もしかして、宗教的に自殺すると地獄に落ちるとか…そのような事をおっしゃりたいのですか!?」
俺に考えを見抜かれて驚きつつも、自分の計画を否定されたことに、ご婦人は食い気味に尋ねてくる。俺はそんなご婦人に首を横に振る。
「いや、宗教とは地獄とか関係ない… 恐らく、娘の玲子さんは…生きている」
俺は、聞き間違いを起こさないようにゆっくりとそして確実な口調で告げる。
するとご婦人は更に目を見開き、俺の言葉の意味に混乱したのか、強張った顔で固まる。そして、暫くの間、固まったまま頭の中で思考を巡らせ、暫くした後、小さく肩と唇を震わせながら、口を開き始める。
「貴方…どうしてそんな事を言い出すのですか… 私は…私は玲子の死を受け入れるのに半年もかかったのですよっ! ようやく玲子の死を受け入れた私に… 玲子が生きているなんて… あまりにも酷いじゃないですかっ!!」
俺がその場しのぎの気休めや嘘をついていると考えたご婦人は怒りの表情で声を荒げる。
「でも、娘の玲子さんの遺体は見つかってないんですよね?」
俺は極めて冷静な顔をして確認する。
「どうして!! それを!! 警察と消防…遺族の方にしか知らされていない情報なのに… 貴方! 一体何者なんですかっ!」
ご婦人は驚愕の表情をして声を上げる。
やはり、ばっちし。俺の予想通りだ… これで俺の予想が外れていたら、平謝りどころか、手をついて頭を擦り付けて土下座しなければならなかっただろう。
俺は内心、冷や汗をかきつつも平静な顔を装う。
「私も玲子さんと同じなんですよ」
「玲子と…同じ?」
呆気にとられた顔で聞き返す。
「えぇ、私も火事に遭い、遺体も残らず焼け死んだと思われていますが、今こうしてここにいます」
ここまで首を突っ込んでしまったので、俺はある程度の情報をばらしてしまおうと考えた。後で口封じ…じゃなくて口止めをするつもりだし、このご婦人は口が固そうなので心配はなさそうだ。
「えっ!? えっ!? ちょっと意味が分からない… 焼け死んだ人が生きているなんて…」
ご婦人は激しく困惑して、どう答えたら良いのか分からない感じだ。
「困惑するのは分かります、でもこれは真実です。調べて貰えば、他のも遺体が残るはずの事件なのに被害者が行方不明の事件は出てきますから」
「他にも!? 他にもそんな事があるんですかっ!! …でも… でも、そうなら…そうなら、どうして玲子は私に会いに来てくれないんですかっ!!」
ご婦人は俺の話を半信半疑で受け入れつつも、当然の疑問を俺に投げかけてくる。
さて、ここからが問題だ… 普通、死んだと思われた時に、異世界に飛ばされましたなんて話は、現実味が無くかなり説得力に欠ける。俺でも自分自身で体験していなければ、他人に言われても信じる事は出来ないだろう…
「なかり突飛で現実味の無い話ですが… おそらく娘さんは、俺と同じように…その…別の世界に移動…いや飛ばされているんですよ…」
「えぇ…」
ご婦人は信じる信じないの前に、俺の話が突飛すぎて何を言っているのか分からないと言った顔をする。まぁ…当然だわな…
「本当に信じられなくて不思議な話で、誰がやったのか、どの様にしてやったのか私にも分かりませんが、これは紛れもない事実なんですよ」
まだ、ご婦人は理解が追いつかない様子だ。
「私も飛ばされた当初は信じられなくて、困惑しました。でも確かに他の世界に飛ばされていたんです… その証拠に…」
俺はチラチラと他に人気がないのを確認してから、片手を胸の高さに上げて、手のひらの上に明りの魔法を発生させる。だが、ご婦人はそれだけでは手品と思ったのか、ピンと来ていない様子だったので、俺は、作り出した光球を自分の身体の周りにくるくると巡らせ始める。
すると、ようやく現代科学では無しえない不思議な事が起きている事に気が付き驚き始める。しかし、最初に光球を出した時に驚いてくれなかったので、現代日本でも魔法が使えるようになったのかと、少し焦った。
「そ、そんな光の球が宙を舞っているなんて…」
「これが俺が異世界で身に着けた力であり、異世界に行っていた証拠です…」
俺の魔法に驚くご婦人に、俺の胸の奥に潜む中二マインドが沸々と湧き上がるのを感じるが、ここは現代日本だし、俺ももうそんな事をやっても良い歳ではなくなってきたので、我慢する。…静まれ…静まれよ… 胸の深淵に潜む闇の中二力よ…(ちなみに『中二力』は『なかにか』ではなく、『ちゅうにりょく』と読む)
ピコーンッ
その時、俺に何かが当てられる!
当てられると言っても物理的なものではない… これは…魔法…?
しかも探知魔法のソナーか!?
俺ははっとして辺りを見回す。物理的なものではなく、魔法の感覚的なものなので、正確に距離と方角を測る事は出来ない…だが…大体の方角は…
俺は西…いや北西か… しかし、その方角には山しか見えない…
「あ、あの…どうかされましたか?」
いきなり挙動不審な素振りを見せる俺に、ご婦人が心配そうに尋ねてくる。…一体、どういう意味で心配されたのだろうか…
「いや…なんでもありません… ただの思い違いです…」
俺は適当に言葉を濁して答える。
「兎に角、二宮さん… 娘の玲子さんは他の世界で生きている可能性が高い… 私の様にこの世界に戻って来れるかどうかは難しいが… だが、苦労して戻って来た時に、貴方が亡くなっていたら彼女はどう思うでしょう?」
「た、確かに辛いと思います…」
ご婦人は悔い改める様に答える。
「そうです… 逆にもしかしたら帰ってこないかも知れません… その場合、貴方は無為な時間をずっと過ごす事になります… その事を踏まえてこれからの人生を考えて下さい」
恐らく帰って来れない可能性の方がかなり高い。しかし、あの世で娘と会うために自殺するよりも、これから有益な人生を送れるかもしれない、40代ほどに見えても平均寿命から考えれば、まだまだ人生は長い。何かいいことだって起きるかも知れない。
「分かりました… 例え僅かであっても、娘が返ってくる可能性があるなら…私、生きて待っていようと思います…」
そう言ってご婦人は俺に深々と頭を下げる。
「私も二宮さんが娘さんと再会出来る事を祈ってますよ」
俺はそう言って、ご婦人の前を立ち去ったのであった。
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