第462話 残された者

「ふぅ~ ようやくついたか…」


 俺は市営バスを降りて周りを見渡す。京都駅まで電車で行くのは特に困る事はなかったが、問題は駅から降りてバスを使う時である。


 どこそこを上がるだの下るのだの、わけわからん。区画も升目になっているから、方向感覚もくるってくるし… こんな事なら金は掛かるがタクシーを使えばよかったと後悔したほどだ。


 まぁ、俺がいた大阪の方でも東天満西とか西天満東とかどっちがどっちだよと言いたく地名もあるが、京都よりはマシだ。いや、どっこいどっこいか?


 まぁ、日本が文明崩壊したら梅田の地下はダンジョンと化すのは間違いないだろうな…


 兎に角、ある程度事故現場に近い所まで辿り着いたので、後はスマホのナビだよりに徒歩で向かう事にする。


 しかし、こうしてスマホのナビを使っていると、現代日本の技術は改めて便利だと思う。異世界では地図も正確ではないし、場所によってはランドマークになる目印もない。そんな所を勘と経験で徒歩で進んでいかなくてはならない。冒険などでは尚更だ。


「まぁ、その手探り感が醍醐味っていったら醍醐味なんだけどな…」


 そんな独り言を漏らしながら、トボトボと歩く。


「その角を右か…」


 角を曲がると目的地であるファミレスが見えてくる。今回はゲーゲルのストリートビュー通りの見た目である。道路から店舗の敷地に入る駐車場の入口はカラーコーンで封鎖されており、店舗自体もブルーシートで囲われている。


 流石にタンクローリーが突っ込んで、死者行方不明10人を出した店舗を再開することは出来なかったのであろう… 殆ど手つかずのまま閉鎖されているのだ。


 しかも、再建する気もないらしく、駐車場には工事車両も無く、工事関係者らしき人物もいないのだが… ただ一人だけ人がいた。


 それはどうも被害者の遺族らしく、40代ぐらいのご婦人で建物に花を供えて、懸命に祈っている。


 流石に遺族が被害者に冥福の祈りを捧げている所を邪魔したくないので、離れた場所で、お参りが終わるのを待っていたが、10分経っても30分経っても、遺族は終わろうとはしない。


 肉親の死を悲しむのは分かるけど、事故からもう半年も経っており、月命日でもない平日に30分は流石に長すぎる。


 そう思う反面、異世界転生もので、現世の事を顧みない話が多いが、残された遺族の中にはいつまでも肉親との別れを割り切れない遺族もいるんだろうなと思う。


 マサムネたち特別勇者の連中も、そんな遺族への思いが強かったから、何とかして現世を戻ろうと考えたのであろう… さて、こっちで死んで向こうでも死んだら、次はどこへ行くんだろうな…


 そんな事を考えていると、そこでずっと祈りを捧げているご婦人の事が気になってきた。



(ちょっと、様子を伺ってみるか…)



 俺は聞き耳魔法を使って、遺族がどんな祈りを捧げているかを聞いてみる。




「玲子… 玲子… 貴方が居なくなってからもう半年が経つのね…」



(玲子? 確か被害者の中にファミレスに来店していた客に高校生の被害者で二宮玲子という名前があったな… あのご婦人はその遺族か?)



「玲子が居なくなって半年…私も玲子の死を受け入れようと思う… 私…玲子がいてくれたから…生きて来れたの… でも…玲子が居なくなったら… 生きる気力も…意味も亡くなってしまったわ…」



(ちょっと…これ、ヤバい流れになってないか?)



「私もこれから玲子のいる所へ行こうと考えているの… だから玲子…そのお迎えに来てくれるかしら…お母さん、今日はそのお願いに来たのよ…」



(マズイ!マズイ!マズイッ! あのご婦人、自殺するつもりだ!! 死んであの世で娘の玲子と会うつもりであろう… だが…俺の憶測が正しければ、娘の玲子の遺体が無いという事は、俺の様に転生している可能性がかなり高い… そうだとすると、あのご婦人が自殺してもあの世でも娘と再会するのは先ず不可能であろう… それに後追い自殺で転生者同士が再会できたなんて話は聞いた事がない!)



 逃亡犯に近い状態の俺としては厄介ごとに首を突っ込みたくはないのだが、聞き耳を立てて話を聞いてしまった以上、知らなかった事としてあのご婦人が自殺するのを止めないのは寝起きが悪い… それにこんな俺でもあのご婦人が気の毒に思う…


 そう考えた俺は、ファミレス跡地に向けて歩き出し、入口の柵をまたいで、祈りを捧げるご婦人の所へ向かう。そして、その祈りを捧げるご婦人の背中に声を掛ける。



「あの…ちょっとよろしいですか?」



 俺に声を掛けられたご婦人は小さくビクリと肩を震わせて、ゆっくりと振り返る。



「いつもすみません…すぐに出ますので…」



 そう答えながら振り返るご婦人は、俺の姿を確認するとキョトンとした顔をする。どうやら、いつもはここの関係者に声を掛けられているが、まったく見知らぬ俺から声を掛けられた事が分からないのであろう。



「貴方は…新しいここの関係者の方ですか?」



 ご婦人が尋ねてくる。ご婦人はやや髪が乱れていて、表情も憔悴しきっていて痩せこけているが、それでも元々の品の良さを漂わせる女性だ。



「いえ、関係者ではありません、私はアシヤ・イチローというものです」



 俺は自分の本名を名乗ってから、しまったと考える。思わず身体が動いてご婦人に声を書けてしまったが、何をどうするかはまったくのノープランである。



「では、貴方もあの事故のご遺族の方かしら… 私はあの事故で被害にあった二宮玲子の母、二宮京子と申します…」



 そう言って京都人らしい礼儀正しい挨拶をしてくる。



「玲子さんのお母様でしたか、私のその…なんていうか遺族ではなくて…」



 ホント、ノープランで出てきてしまったので、どの様に話を切り出すかを考えて困惑する。



「もしかして…玲子のお知り合い? それとも…玲子の彼氏?」



 ご婦人は自分の知らない娘の話を聞けるのではないかと、期待する表情を浮かべる。


 ここで被害者の知人や彼氏を偽ろうとしても、俺はネットで調べた高校生という事と名前しか知らない。それだけの前情報ではすぐに嘘がバレるのは明らかだ。


 では、どうするか…


 俺はある覚悟を決めて、辺りをキョロキョロと見回す。すると人気の無い小さな神社を見つける。あそこなら話をするのに良いだろう。



「二宮さん、お話があります… 貴方自身の事、玲子さんの事、そして、私自身の事について… ちょっとその神社まで御足労願えますか?」



 ご婦人は少し怪訝な眉をしながらも、縋るような表情でコクリと頷いた。


 


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