第461話 刺身

「イチロー兄さま…これ…本気なんですか…」


 カローラは信じられないものでも見たような顔をする。


「えっ? カローラ、なんでそんな顔してんだよ?」


 俺はその理由が分からずにカローラに尋ねる。


「だって…だってこれっ! 生ですよ! 生! 生魚ですよっ!」


「確かに生魚だけど… これは刺身っていうんだよ、 向こうでは生魚を食べた事がないのか?」


 テーブルには俺の目には美味そうな刺身にしか見えないが、カローラはまるでゲテモノ料理でも目の当たりにしたような顔をしている。


 今日の晩御飯は異世界では食べた事の無かった刺身を久々に食べたくなってスーパーで買って来たのである。


「食べませんよっ! 生魚なんてっ! 野蛮じゃないですかっ! そもそも、私は親の食育とやらで、そのままの生レバーを食べさせられて以来… 生の物がダメなんですよ…」


 カローラはトラウマを思い出したのか、両手で顔を覆う。


「あぁ…そういやそんな事を言ってたな… 確かに俺でも生のレバーのそのままの形で出されたら嫌だけど、これはちゃんと調理してんだぞ?」


「これのどこが調理なんですかっ! ただ切り分けただけじゃないですかっ!」


 普段の事なら仕方ねぇかと流すところであるが、今回の言葉は俺の怒りの琴線に触れる。


「このクソガキィィィ!!! 刺身をただ切り分けただけだとぉぉぉぉぉ!!!」


「えっ!? そこ…怒るところなんですか!?」


 突然の俺の怒りモードに先程まで我儘言っていたカローラがたじろぐ。


「いいかっ! 刺身ってのは洗礼された匠の技から生み出される…食の芸術なんだよ芸術っ! 複雑な魚の構造から、食べた時に口の中に骨が残らないように、小さな骨もよけて切り身を取り出し、その歩留まりの悪い切り身から、魚本来が持つ味を最大限楽しめるように、食感を味わえるギリギリの厚さに切り分けているんだよ!!! だからただ切り分けたもんじゃねぇんだっ!!!」


 俺はカローラに詰め寄って刺身について熱く語る。


「分かりましたっ! 分かりましたからってっ! だけど…本当に生ものはトラウマがありますから…勘弁してください…」


「いや! 刺身を侮辱した罪は勘弁ならんっ!!」


 俺は刺身の中のサーモンの一切れを醤油につけるとカローラの口の前に向ける。


「食え! 一口食ったら、お前の罪は水に流してやろう…」


「ちょっと、イチロー、止めておきなさいよ…大人気ないわよ…」


 聖剣が俺の行いに口を挟んでくる。


「ちょっと聖剣は黙っててくれ…ってか、父親が子供叱る時のオカンみたいなことを言い出すな…」


「そう言う例え…口が裂けても言わないでくれるかしら… 鳥肌が立ってきたじゃないの…」


 そう言って聖剣が押し黙る。


「さぁ! 食え! カローラ! 我が妹ならば食えるはずだ!」


「えぇ~ここでその設定持ち出すんですか… 分かりました…分かりましたよっ! 一口食べればいいんでしょっ!」


 カローラはそう言うと目を瞑って、パクリと食らいつく。


「どうだ? カローラ…匠の技が作り出した刺身の味は?」


 カローラはカッ!と目を見開き、サッとご飯茶碗を差し出す。


「ご飯下さいっ!」


「クククッ… ようやく、カローラも目覚めたようだな…」


 俺はほくそ笑みながらご飯茶碗を受け取り、ご飯をよそって返す。


「…貴方たち…何気味の悪い事をしているのよ…」


 聖剣が俺達二人を見て言葉をこぼす。


「イチロー兄さま! 美味いなら最初から美味いといって下さいよっ! 怖がって損したじゃないですか!」


 そう言って、カローラがご飯をかき込み始める。


「俺がマズい物を食わせる訳がないだろ? うはっ! このブリうまぁ~っ!!」


 俺も刺身を一切れ食べて、ご飯をかき込む。


「しかし、魚をただ切り分けて醤油を…」


「あ?」


「すみません…匠の技で芸術的に魚の身を切り出し、醤油を付けただけなのにこんなに美味しいとは…そもそも魚ってこんなに美味しかったのですね、今まで生臭いだけかとおもってました」


 カローラは自分から刺身をつまむと醤油に付けてモグモグと食べ始める。


「カローラ、今まであまり魚とか海産物を食べて来なかったのか?」


「えぇ、基本的にはヴァンパイアですからね…主食は血になりますし、城に移ってからも、あそこは内陸部なので、海産物なんて中々手に入りませんよ」


 そう言ってマグロの刺身を食べる。


「それは勿体ない人生だったな… 海産物の美味さを知らないなんて人生損してるぞ」


「確かに損をしてますね… 人生の中で初めて食べた海産物が猫の国のアレですから…」


「あぁ…アレか… あれは確かに不味かった…」


 俺はミケの祖国フェインでの一件を思い出す。


「ところでイチロー兄さま、帰還方法の調査はどんな感じなんですか?」


「あぁ、明らかに異世界転生が発生した事件を見つけたからな、明日はその調査に行こうと思う」


 鯛の刺身をパクつく。


「そうなんですか? で、どれぐらいの時間なんですか?」


「ん~ そうだな、こないだと同じ片道1~2時間の距離だろ、だから、朝出て夕方には帰って来れるぞ」


「じゃあ、また何かお土産をお願いしますね」


 カローラは俺が旅行でも行くような感じで言ってくる。


「おいおい、お土産って…事故現場に行くんだぞ? 何をお土産として持って帰ればいいんだよ… 供えてある花でも持って帰ればいいのか?」 


「花なんて食べられないじゃないですか、食べるものでお願いします」


「花より団子かよ…しかも事故現場のというと… 被害者の遺体の一部でも持って帰ってきらいいのかよ…」


「…まともな物でお願いします…」


 そう言って、ご飯茶碗を差し出してお代わりを要求する。


「分かった、ちゃんとしたお土産を買ってくるから…」


 俺はお代わりをよそって渡す。


「イチロー、私も前回と同様に留守番でいいかしら?」


 聖剣が尋ねてくる。


「あぁ、この現代日本で武器が必要になるような物騒な事は先ず起きないからな」


「…ここに来た直後に起きましたよね?」


 カローラが突っ込みを入れてくる。


「あれは…神が俺たちに初期アイテムを持ってきてくれたんだよ…」


 俺はカローラにそう答えた。







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