第453話 インド人が右

「うわぁ~ この馬車面白いですね♪ イチロー兄さま、どうせならこの馬車も買っちゃいませんか?」


 助手席に座るカローラが初めての自動車にはしゃいでそんな言葉を掛けてくる。


「カローラ、ちょっと話しかけんな… 今、俺はスゲー集中してんだよ…」


 俺はガチガチに緊張しながらハンドルを握り、カローラを見もせずに答える。


 ハウス・オフィサーで買い物を終えた俺たちは、軽トラックを借りて荷物を新居に運んでいる途中である。俺は軽トラックを運転しているが、車を運転するのは3年ぶりであり、しかも今の免許はDQNの物で、事故でも起こせばややこしい事になる。


 だから、久しぶりなのと事故を起こさないようにで、ガチガチに緊張している訳である。


 そして、俺は運転しながら考える。


 確かにカローラの言った通り、今後の活動を考えると車があった方が何かと便利だと思う。しかし、先程の買い物で15万程使ったので、そんなにホイホイと車を買う事は出来ない。中古車で探せば安い物もあるかも知れないが、DQNの身分証でローンを組むまでの事は出来ないので一括購入となる。しかも万が一事故を起こした時の事を考えると保険も必要だ。


 そこまで考えると今の俺の状況では車を持つことは難しいだろう…


「おっと、なんとか無事に新居についたようだな」


「おぉ~ 馬車よりもずっと速いですね~」


 車を停車させると同時にカローラが口を開く。普通に速さの感想を述べただけなのに…なにか引っかかるな…なんでだろ?


「とりあえず、車を借りる時間制限があるから、さっさと荷物を運ぶぞ」


 そうは言ったものの、収納魔法に納められるものは、既に納めているので、手で運ばなければならないものは、収納魔法に納められない大きなものになる。だが、そんな大きなものはカローラでは運べないので、必然的に俺が運ぶことになる。


「くっそ! 重さの方は身体を鍛えているから問題ないけど、テレビを傷つけないように一人で運ぶのは面倒だな… 店もせめてぷちぷちで梱包するぐらいの事はしてくれよ…」


 俺はぼやきながら、慎重に40型のテレビを運ぶ。


「イチロー兄さま、早速、遮光カーテンを取り付けて貰えますか?」


(私はさっさと休みたいから台座代わりのコートハンガーを組み立ててもらえるかしら?)


 部屋にテレビを運ぶとカローラと聖剣の二人が早速我儘を言ってくる。


「うるせー!! 時間制限があるって言ってんだろ!! しかも俺一人で運んでいるのに、何から何までできるかっ!!」


 俺は二人に怒鳴り声を上げる。


(うるさいのはそっちよ! 男でしょ? さっさとやりなさいよ)


 口の減らない聖剣だ…


「そんなの関係ないだろ! そう言えばお前、なんか見えない手が使えたよな? あれで手伝えよ!」


(あの時はちゃんとした石の台座に固定されていたから、私も踏ん張れたのよ、何もない所で力を出せるわけないでしょっ! それとも、ここの床に突き刺さって手伝いをすればいいの?)


「…いや、それは困る…」


(だったら一人で頑張りなさい)


 聖剣のいう事は理解できるけど…くっそ腹立つなぁ~


 俺は玄関と車を止めている駐車場まで何度も往復をするのが面倒と考えて、居間の扉を開けて、そこから直で荷物を運ぼうと考えた。


 とりあえず、駐車場から扉を開けた部屋の中へどんどん荷物を運んでいく。片づけは後でゆっくりとやればいいだろう。しかし、問題はソファーだ。一人掛けのソファーなら問題なく運べるが、購入したのは二人掛けのソファーである。窓ガラスにぶつけない様に部屋に入れるのが難しい…バランスが取りにくいし視界がソファーに遮られて良く見えない。


 ソファーに気を遣えばガラスにぶつかってしまいそうだし、ガラスに気をつければ扉を開けた隙間に入れる事が出来ない。


 誰だよ…こんなソファーを買おうって言ったのは… 俺か…



「オ手伝いシマショウカ?」


 ふいに後ろから声が掛かる。振り返って見ると、堀の深い顔に大きな目、褐色の肌、口髭と顎髭に頭にターバンを巻いて、白い服を着た人物が立っていた。


「えっと…どなた?」


「貴方ノ隣ノ部屋ノ者デス」


 そう言って、謎のインド人は俺の隣の部屋を指差す。どうやらこのインド人がお隣さんのようだ。


 俺は一端ソファーをトラックの荷台に置いて、インド人に手を合わせて頭を下げる。


「隣に引っ越ししてきた、アシヤ・イチローです。ナマステー」


「オォ、ワタシノ国ノ挨拶シテクレマスカ! 私、マヘーシュ・プラサード・ムルティとイイマス、ナマステー」


 インド人も頭を下げて挨拶してくる。


「えっと…マヘーシュさん…って呼べばいいのかな?」


「ムルティさんとヨンデクダサイ、イチローさん、トコロデ、私が右ガワヲ持チマスノデ、イチローさんハ左側ヲ持ッテ、先に部屋ノ中ニ入ッテモラエマスカ?」


「あぁ、済まない」


 そうして謎のインド人がソファーの右側を持ち、俺が左側を持ってソファーを部屋の中に運び込む。


「ふぅ~ なんとか部屋の中に運び込めた… ありがとうムルティさん」


 俺はそう言って握手するために右手を差し出す。


「イエイエ、コレカラお隣さん同士デスカラ、コレグライノお手伝イハ当然デスヨ、イチローさん」


 そう言ってムルティさんは俺の手を取って握手をする。


「では、俺は軽トラックを返してこないといけないから、また今度!」


「ハイ! ムルティさんモコレカラ用事ガアリマスノデ、マタ今度!」


 そう言って、ムルティさんはカレーの残り香を残して自分の部屋に入っていく。


「カレーの匂い… 今日の晩飯はカレーにするか…」


 そう呟くと窓から部屋の中に身を乗り出してカローラに声を掛ける。


「これから俺はトラックを返してくるから、大人しくしてるんだぞ!」


「えぇ~ カーテンを付けて行ってくれないんですか?」


(私の台座も後回しなの!?)


 再び二人が自分の要望を言ってくる。


「すぐに返ってくるから、それぐらい待っておけよ!」


「はーい、分かりました…」


 カローラは少し頬を膨らませて、すごすごとロフトへと上がっていく。


(私は待てないのだけど…)


「お前は300年も倉庫にいたんだろ!? 高々30分ぐらい我慢しろよ!」


 俺は聖剣に声を上げると軽トラックへ乗り込んだ。



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